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二計画  作者: 喰ったねこ
第六章:神聖国編
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閑話 老兵は悪魔の夢を見るか

帝都へ帰還する軍用馬車の車輪が、ガタガタと不快な音を立てている。 だが、私の心臓が打つ早鐘の音は、それ以上に不快で、耳障りだった。


「…………」


私は、膝の上で震える手を、もう片方の手で強く抑えつけた。 目の前では、スコルツェニー将軍が鹵獲したワインを片手に、「見たかあの花火! ハハハ! 鳩だぞ鳩!」と上機嫌で騒いでいる。 狂っている。 彼も、そしてあの幼き皇帝陛下も。


私はロキヌス帝国に半世紀近く仕えてきた。 北のゲメリア神聖国とは、長きにわたり血を流し合ってきた。だが、それはどこか「管理された戦争」だった。 互いに国境を押し合い、適度に兵を消耗し、痛み分けで終わる。まるで増えすぎた人口を調整するかのような、暗黙の了解すらある儀式。 少なくとも、最近まではそうだった。


だが、今回の侵攻は違った。 奴らは、ついに「タガ」を外してきたのだ。


痛みを感じず、手足がもげても笑って進撃する『聖堂騎士団』。 空から一方的に魔法の光を降らせる、伝承の怪物『天使』。 そして、人の軍隊と連携して襲い来る『魔族』の群れ。


あれは戦争ではなかった。人類という種に対する、一方的な「処分」であり「殲滅」だった。 従来の騎士道も、戦術も、魔法も通じない。 司令室で報告を聞いた時、私は悟ったのだ。「ああ、帝国の歴史はここで終わるのだ」と。我々は、化け物たちに食い殺される運命なのだと。


――しかし。あの少女皇帝は、 私のその絶望を、もっと恐ろしい「何か」で塗り潰した。


『死の霧(毒ガス)』。 あれは、魔法ではない。ただの物理的な「猛毒」だ。 痛みを感じないはずのゾンビ兵たちが、喉をかきむしり、肺を焼かれて、泡を吹いて泥に沈んでいく。


鳩誘導弾プロジェクト・ピジョン』。 空の支配者である天使たちを墜としたのは、対空魔法ではない。 鉄の筒と、火薬と、空腹に狂った鳥だ。 魔力を持たぬがゆえに探知されず、命の危険など顧みず、ただ餌を求めて突撃する「特攻兵器」。


陛下は、あの神の軍勢を、強敵として迎え撃ったのではない。 ただの「害虫」として処理したのだ。


(魔法が無くても、あれだけの虐殺ができる。あれは、悪魔の所業だ)


私の常識が、倫理観が、悲鳴を上げている。 あのような非人道的な兵器を使う者に、人の上に立つ資格などあるのか?


「……モルトケ殿」


思考の迷宮に沈みかけていた私に、スコルツェニーが声をかけた。 いつになく真面目な声色に、私は顔を上げる。


「あんた、怯えてるな?」 「……馬鹿を言うな。私はただ、今後の補給線について考えていただけで……」 「嘘をつけ。あんたは常識人だ。だから怖いんだろう。陛下の、底なしの狂気が」


図星を突かれ、私は言葉を詰まらせる。 巨漢の将軍は、ニヤリと笑ってワインをあおった。


「俺はな、難しいことは分からん。だが、一つだけ分かることがある」 「……なんだ」 「『相手が人間を辞めたんだ。なら、こっちが悪魔になっても文句はあるめぇ』ってことだ」


スコルツェニーは、空になった瓶を窓の外へ放り投げた。


「綺麗事じゃ勝てなかった。あの天使どもが出てきた時、俺も死を覚悟した。剣も魔法も届かない空から、一方的に焼き殺されるんだとな」 「…………」 「だが、陛下は奴らを墜とした! ゴミクズみたいに殺し尽くした! ……俺たちが、喉から手が出るほど欲しかった『勝利』をくれたんだ!」


彼の言葉は、乱暴だが、真理だった。 そうだ。ゲメリアが「化け物」になり、我々を絶滅させようとした瞬間、正々堂々とした戦争のルールなど消滅したのだ。 化け物を殺せるのは、騎士ではない。 もっと残酷で、もっと冷徹な「悪魔」だけだ。


私は、自分の手が震えを止めていることに気づいた。 恐怖が消えたわけではない。 だが、その恐怖の正体が、「未知への畏れ」から「覚悟」へと変わったのだ。


「……ふん。野蛮人の貴様にしては、的を射たことを言う」 「ハッ! 褒め言葉として受け取っておくぜ」


私は懐から手帳を取り出し、ペンを走らせる。 書くべきことは山ほどある。 毒ガス製造ラインの拡充、鳩の飼育施設の予算確保、そして、これら新兵器を運用するための、兵站組織の抜本的改革。 悪魔に魂を売ってでも、私はこの国を、兵士たちの命を守らねばならない。


「……忙しくなるぞ、スコルツェニー」 「おうよ! 次は何だ? 天使も魔族も殺せるなら、次は神様でも殺しに行くか!」


窓の外には、帝都の灯りが見えていた。 かつては魔法の光で輝いていた街は、今は石炭の煤煙と、鉄を打つハンマーの音に包まれている。 スモッグに塗れたこの帝都は美しいとは言えない。 だが、そこには確かに、滅びの運命をねじ伏せ、自分たちの手で未来を掴み取ろうとする、力強い「熱」があった。


(……地獄までお供しましょうぞ、陛下)


老兵である私は、静かに覚悟を決めた。 この身が朽ち果てるその時まで、あの恐ろしくも頼もしい「悪魔」の共犯者となることを。


「御者! 急げ! 帰ったらすぐに会議だ!」


私の怒号に、スコルツェニーが豪快に笑う。 馬車は砂塵を巻き上げ、狂気と革新の帝都へと疾走していった。

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