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二計画  作者: 喰ったねこ
第六章:神聖国編
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第76話 空飛ぶ悪魔の晩餐会

毒ガスの海と化した峡谷の上空。 逃げ場を失った「天使」たちは、高度を維持しながら旋回を続けていた。 その美しい顔は、眼下の同胞たちが悶え死ぬ様を見て、怒りと恐怖に歪んでいる。


「悪魔め……! 神聖なる騎士団を、このような穢れた毒で……!」 「許さん! 貴様ら全員、聖なる光で焼き尽くしてやる!」


多くの天使たちが杖を構え、一斉に魔力を高める。 彼らは高度を保っているため、地上のマスケット銃の直撃コースからは外れている。 安全圏からの一方的な爆撃。それが彼らの勝算だった。


「……ふん。相変わらず、ワンパターンな連中ね」


私は、崖の上に偽装されていた「鳥かご(ピースメーカー)」――巨大な木箱に覆われた区画を見上げた。 アノンの手によって偽装網が取り払われ、その全貌が露わになる。


そこにあったのは、地面に垂直に立てられた、無数の鉄の筒。 縦横に整然と並べられたその姿は、巨大なパイプオルガンのようにも、墓標の群れのようにも見えた。


「な、何ですか、あれは? 煙突のようですが……」


モルトケ参謀総長が、怪訝そうに眼鏡の位置を直す。 彼の軍事知識のどこを探しても、あのような形状の兵器は見当たらないだろう。


「VLS(垂直発射システム)よ。……ただし、中身は特製だけどね」


私は、発射統制官(といっても、ただの飼育係だが)に合図を送った。


「総員、目標、上空のハエども。……数は十分よ、惜しまず撃ち尽くしなさい」


「了解! 全ハト(ピースメーカー)、スタンバイ! 斉射ッ!」


シュボボボボッ!!


無数の鉄筒から、一斉に白煙が噴き上がった。 次々と空へ射出される、数百発もの黒い鉄の飛翔体。 それは、先端にガラス窓がついた、無骨なロケット弾だった。



「なんだ!? 鉄の筒か!?」 「ハッ! 煙を吹く玩具おもちゃか! 魔力も持たぬ物理攻撃など、我ら『神の使い』に通じるものか!」


天使たちは、迫りくる鉄の塊を見て嘲笑した。 彼らの眼には、それが何なのか理解できない。だが、魔力を一切帯びていないことは分かる。 ただ轟音と煙を撒き散らして高速で直進するだけの、原始的な投石機か何かの類だと判断したのだ。 放物線を描くだけの物体など、空を自在に舞う彼らに当たるはずがない。


「見え透いた軌道だ! 迎撃せよ!」


彼らは余裕の笑みで杖を振るい、迎撃魔法を放つ。 火球や雷撃が、一直線に向かってくる鉄塊の未来位置を捉え――破壊するはずだった。


しかし。


ガクンッ。


衝突の直前。 先頭の鉄塊の尾翼がパタつくと、機首が強引にねじ曲げられた。


「なっ……!?」


魔法が空を切り、天使たちの表情が凍りつく。 それは慣性を無視した動きではない。だが、放物線を描くはずの物体が、魔法を避ける為に空中で自ら「舵を切った」のだ。


「よ、避けた!? 曲がったぞ!」 「馬鹿な! 魔力反応はないぞ! どうやって追尾している!」


驚愕する天使たちをあざ笑うかのように、鉄塊は空気を切り裂きながら旋回し、今度は逃げ惑う天使の背中へと食らいつくように軌道を修正した。


「し、視線を感じる……!? まさか、この鉄の塊、こっちを『見て』いるのか!?」


パニックに陥る天使たち。 当然だ。この世界に「誘導兵器」という概念は存在しない。 魔法の欺瞞も、熱源デコイも通用しない。一度狙いを定めた獲物を、物理法則の許す限り追い続ける死神。 その恐怖は、彼らの戦意を根底から揺さぶった。


「くそっ、振り切れない! 数が多すぎる!」 「障壁シールドだ! 展開しろ!」


回避は不可能と悟った天使たちが、防御態勢に入る。 だが、ここで彼らは致命的な選択を迫られた。 全方位を守る球体障壁は、魔力消費が激しすぎる。この数の「矢」を全て防ぎきるまで維持することは不可能だ。


「前方展開! 正面を固めろ!」


彼らは魔力を節約し、最も厚い防御力を得るために、迫りくるロケット(ピースメーカー)の正面方向だけに、黄金色の魔法障壁を展開した。 物理攻撃を弾く絶対の盾。正面からの直撃なら、防げたはずだった。


だが、相手は「生き物」だ。 障害物があれば、避けるに決まっている。


ガガンッ!


先頭の数発は障壁に弾け飛んだ。 しかし、後続のロケット群は、前の機体が爆発した煙を避けるように、そう、爆発や魔法障壁は天使ではないと訓練されていたので、単に目標を見失わないように、大きく軌道を変えた。 障壁の縁を舐めるように旋回し、大きく弧を描いて――無防備な背後へと回り込む。


「なっ……後ろ!?」


天使が振り返った時には、もう遅かった。 ガラス窓の奥で、飢えたハトが「餌」を正面に捉え、激しくつつく。 信管が作動。


ドォォォン!!


ゼロ距離での炸裂。 背後から叩きつけられた衝撃波と鉄片が、天使の翼を根こそぎ毟り取り、脊椎を粉砕した。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


断末魔の悲鳴を上げ、天使が墜落していく。 一人が落ちれば、残ったミサイルは次の獲物へと殺到する。 前方だけを固めた盾など、三百六十度から食らいつく獣の群れの前では、何の意味もなさない。


「迎撃もできん! 防御もできん! なんだこれは!」 「悪魔だ! あの鉄の筒は悪魔だ!」


生き残った天使たちが、パニックをおこして逃げ惑う。 だが、VLSから発射された第四波、第五波の「ハト部隊(ピースメーカー)」が、空を埋め尽くしていく。 逃げれば追われる。防げば回られる。 神の軍勢は、ただの「鳩の餌」として、物理的な質量と数によって一方的に蹂躙されていった。



「……いい? モルトケ。ハトの視覚情報処理能力は、人間よりも優れているのよ」


私は、墜ちていく天使たちを見上げながら解説した。


「ロケット内部には、ハトが固定されている。彼らはオペラント条件付けで徹底的に訓練されているの。『天使の姿ターゲット』をクチバシで突けば、美味しい豆が出てくる、とね。だから彼らは必死よ。天使という餌が見える限り、どこまでも追いかけていくわ。そう、例え赤外線センサーやCPUがなくても、ハトで誘導ミサイル兵器は作れるのよ!」


「CPU? とにかく、魔力探知も通じない……あるのは、空腹という名の最強の執着心だけ、と申されるのですか……」


モルトケが、戦慄で顔を引きつらせる。 彼の常識では、動物を兵器の部品にするなど、狂気の沙汰でしかない。


「……ガハハハハ! 傑作だ! 鳥ごときに背中を刺されて墜ちるとは! これぞ数と食欲の勝利! 陛下、貴女の発想は底が知れませんな!」


一方、スコルツェニー将軍は腹を抱えて笑っている。彼にとっては、敵が死ねば手段は何でも良いのだ。


「……残酷な光景ね」


私は、双眼鏡を下ろした。 空は黒煙と爆炎で汚れ、地上は毒ガスと死体で埋め尽されている。 神聖なる戦場は、科学のゴミ捨て場へと変貌した。


「ですが、これで証明されましたな。神の軍勢とて、物理法則と物量の前では無力であると」


モルトケが、震える声で言う。その目には、畏怖の色が濃く宿っていた。


「ええ。魔法なんて、所詮は子供の補助輪よ。泥臭い現実(科学)の前では、何の役にも立たない」


最後の天使が撃墜され、峡谷に静寂が戻る。 ロキヌス帝国軍の完全勝利。 緒戦でのこちらの損害も大きかった。しかし、大量の毒ガスと火薬と鉄、そして500羽のハトを使い、敵の侵攻軍を完全に皆殺しにしたのだ。帝国にちょっかいを出せば一体どうなるか、聖国に対して十分な力を示すことができただろう。作戦目標は達成された。


「……さあ、引き上げましょうか」


私は、軍服のマントを翻した。


「え? 攻め込まないのですか? 今なら勢いに乗って、一気に……!」


スコルツェニーが、戦斧を振り回して残念そうに尋ねる。


「無理よ。弾薬は尽きかけだし、ハトの訓練も追いつかない。それに……」


私は、北の空を睨みつけた。


「『敵』の本隊は、まだ動いていない。中途半端な戦力で深入りすれば、すり潰されるわ」


私は、冷徹に撤退を命じた。


「一度戻って、準備を整えるわ。次に会うときは、もっと素敵な『オモチャ』を山ほど用意して、神の国ごと更地にしてあげる」


こうして、ロキヌス帝国とゲメリア神聖国の最初の激突は、帝国の圧倒的勝利で幕を閉じた。 だが、それは長い戦いの序章に過ぎない。 世界はこれより、凍てつくような冷戦と、常軌を逸した狂気の軍拡競争へと突入していくことになる。

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