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二計画  作者: 喰ったねこ
第六章:神聖国編
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第74話 聖戦

ロキヌス帝国北部、山岳地帯。


険しい山脈を断ち割るように走る「嘆きの峡谷」は、古来より帝国への侵入を阻む天然の要害であり、帝都ガラドへと続く街道を守る最後の砦でもあった。

もしここを突破されれば、敵軍は広大な穀倉地帯へとなだれ込み、そのまま帝都まで一直線に進撃することが可能となる。

まさに、帝国の喉元。絶対防衛ラインである。


峡谷を見下ろす岩場に設置された前線司令本部では、帝国軍参謀総長モルトケが、血走った目で戦況図を睨みつけていた。


「第一陣地、壊滅! 生存者からの応答ありません!」

「左翼の岸壁より、魔族の別動隊が出現! 迎撃部隊が食い止められません!」


飛び交うのは、悲鳴にも似た報告ばかりだ。

モルトケは、地図を握りしめる手を震わせた。


「馬鹿な……。地の利はこちらにあるはずだ。狭い峡谷ならば、少数でも大軍を食い止められるはず……。それが、なぜこうも脆く崩される!?」


彼の軍事的常識が、音を立てて崩壊していく。

その横で、巨躯の猛将スコルツェニー将軍が、忌々しげに舌打ちをした。


「常識が通じる相手ではないからだ、参謀総長。見ろ、あれを」


スコルツェニーが指差した峡谷の底には、この世の終わりのような光景が広がっていた。



峡谷の底では、帝国軍の兵士たちが、泥と硝煙にまみれながら、絶望的な戦いを強いられていた。

彼らが装備しているのは、配備されたばかりの最新鋭のマスケット銃と、急造されたバリケードだ。

訓練通りに隊列を組み、斉射を行う。


ドォン! ドォン!


轟音と共に、鉛の弾丸がゲメリア軍の先頭を行く聖堂騎士たちに吸い込まれる。

普通の人間なら、一発で行動不能になる威力だ。

事実、何人もの騎士が弾丸を受け、血飛沫を上げて倒れた。

だが――。


「な、なんだコイツら……!」


帝国兵の一人が、震える声で呻く。

倒れたはずの騎士が、ゆらりと立ち上がったのだ。

腹に風穴が空き、腕が吹き飛んでいるにも関わらず、その顔には恍惚とした笑みが張り付いている。


「神は我らと共にあり! 痛みなど、信仰の前では無に等しい!」


騎士たちは、血を撒き散らしながら、止まることなく前進を再開する。

恐怖を感じない。痛みを感じない。死ぬまで止まらない。

それは軍隊ではなく、殺意を持った肉の津波だった。


「ひるむな! 次弾装填! 撃てぇ!」


指揮官が叫ぶが、兵士たちの手は恐怖で震え、装填がままならない。

その隙に、敵の随伴戦力である下級魔族の群れが、壁を走るようにしてバリケードを乗り越えてきた。


「ギャアアアア!」


鋭い爪が兵士を引き裂く。

物理的な暴力と、狂信的な突撃。

地上戦力が崩壊寸前となったその時、さらなる絶望が空から降り注いだ。


ヒュン、ヒュン、ヒュン!


空気を切り裂く音と共に、後方の兵站陣地が次々と爆発する。


「上だ! 天使だ!」


兵士が見上げた空には、逆光を浴びて輝く、美しい翼を持った人影が舞っていた。

ゲメリアの「天使」部隊。

彼らは、戦場の遥か上空、マスケット銃の射程外から、高威力の攻撃魔法を雨のように撃ち下ろしていたのだ。


「くそっ、届かない!魔法使い隊、迎撃しろ!」


帝国軍の魔術師たちが応戦の火球を放つが、天使たちは空中で華麗に舞い、いともたやすく回避する。

その動きは、生物としての飛行能力を超越していた。重力を無視した機動。

まるで、空中に見えないレールが敷かれているかのようだ。


「おのれ、ハエどもが……! 私が空を飛べれば、一匹残らず叩き落としてくれるものを!」


スコルツェニー将軍が、地団駄を踏んで悔しがる。

彼の剛力も、魔法による身体強化も、空を飛ぶ敵には届かない。


「陛下はまだ来ぬのか!」

モルトケがうめくようにつぶやく。


「愚かな……地を這う虫けらが、天に届くと思うてか」


天使の一人が、無感情な声で呟き、杖を振るう。

放たれた極大の雷撃が、司令本部のある岩場を直撃した。


ズガァァァン!!


岩盤が砕け、モルトケとスコルツェニーが吹き飛ばされる。

指揮系統の寸断。

それは、敗北の決定的な合図だった。


「もうダメだ……勝てるわけがない……」

「神よ……お許しください……」


武器を捨て、祈り始める兵士たち。

バリケードが突破され、ゲメリア軍の濁流が、峡谷の奥へと雪崩れ込もうとしていた。

このままでは、帝都への道が開かれる。

ロキヌス帝国は、今日、終わる。


誰もがそう確信した、その時だった。


峡谷の出口の方角から、地響きのような音が近づいてきた。

それは、軍靴の足音ではない。

もっと重く、機械的で、規則正しい音。

そして、立ち上る黒い煙。


蒸気機関を搭載した輸送車輌と、それを取り囲む黒衣の軍団。

その先頭に立つ、一台の異様な車(指揮車)が、逃げ惑う味方の兵士たちをかき分けるようにして、戦場の最前線で停止した。


扉が開き、一人の少女が降り立つ。

漆黒の軍服。黄金の髪。そして、地獄のような戦場には似つかわしくない、冷徹なまでに落ち着き払った空色の瞳。


「陛下!」


瓦礫の中から這い出したモルトケが、救世主を見る目で叫ぶ。

スコルツェニーもまた、血を拭いながら、凶悪な笑みを浮かべた。


「お待ちしておりましたぞ、陛下! ……奴ら随分と、喰い散らかしてくれました」


「ええ。散らかし放題ね」


彼女――皇帝リオ・フォン・ロキヌスは、迫りくる死の軍勢を見ても、眉一つ動かさなかった。

むしろ、その口元には、獲物を見つけた猛獣のような、凶悪な笑みが浮かんでいた。


「総員、位置につけ。……大掃除の時間よ」


彼女の背後で、科研の技術者たちと工兵隊が、巨大な陶磁器のタンクや、奇妙な鉄の筒を、手際よく展開し始めた。

絶望に沈んでいた峡谷に、新たな、そして異質な戦いの風が吹き始めた。

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