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二計画  作者: 喰ったねこ
第五章:学園編
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閑話 深海の巨影と、少年が見つけた神話

カルテラドスから船で数日行ったところにある、サパー共和国首都アイアンポート。


大陸有数の貿易港であるこの街は、常に熱気と喧騒、そして欲望の匂いに満ちている。


その港の裏通りにある、薄暗い酒場の一角。

紫煙が漂うテーブルで、まだあどけなさの残る少年――バーンは、一人の老漁師と向き合っていた。


かつての彼は、ホパ村で畑を耕すだけの純朴な少年だった。

だが、今の彼の瞳に、田舎少年のおどおどした色は微塵もない。

あの時、聖女様(リオ)から託された「使いきれないほどの莫大な資金」。それを元手に商会を立ち上げ、海千山千の商人たちと渡り合い、時には騙し、時には頭を下げて、彼は「若き商会長」としての顔を手に入れていた。


「……で、爺さん。あんたが見たっていう『銀の山』の話、詳しく聞かせてくれよ」


バーンが、テーブルの上に金貨を数枚、チャリと積み上げる。

薄暗いランプの光に煌めく黄金に、老漁師はゴクリと喉を鳴らした。


「ああ……ありゃあ、ただの山じゃねえ。悪魔の墓場だ」


漁師は震える手でジョッキを煽り、声を潜めた。


「アイアンポートから沖へ出て南へ三日。潮流が激しくて、まともな船乗りなら近づかねえ『魔の三角海域』がある……。先日の大嵐の後、海が凪いで、驚くほど水が澄んだ日があったんだ。俺はそこで見たんだよ」


「何をだ?」


「俺の船には、魚群を探すために『探知魔法』が得意な魔術師を乗せてるんだがな……そいつが腰を抜かしたんだ。

魚じゃねえ。海の底に、とてつもなく巨大な人工物が沈んでるのが『視えた』ってな」


老漁師の言葉に、バーンは眉をピクリと動かした。

沈没船や、古代文明の遺跡の話なら、酒場の与太話としていくらでも転がっている。だが、漁師は「人工物」と言った。


「岩じゃねえ。明らかに誰かが作った、デカい城みたいな反応だったそうだ。

いいか、坊主。魔術師が言うには、あんな深い海に、あんなデカいもんを作れる人間なんざいねえ。ありゃあ、人が触れちゃならねぇもんだ」


バーンの胸中で、直感が激しく警鐘を鳴らした。

彼が世界中を飛び回り、必死に探しているもの。それは金銀財宝ではない。

リオ様が愛用している「自動拳銃」や、自分を瀕死の重傷から治療した不思議な「棺」と同じ――この世界の魔法文明とは異なることわりで作られた何かかもしれない。


「海底に沈む巨大な人工物」その言葉が、バーンの中でカチリと噛み合った。


「案内してくれ。報酬は弾む」


「よ、よせ! あそこには近づくな! あの海域から帰ってこれない船も多いんだぞ! 命が惜しくねえのか!」


「構わない。僕には……あの方に届けなきゃいけないものがあるから」


バーンは、テーブルの下で強く拳を握りしめた。

聖女様は、僕に大金を預けてくれた。

だからこそ、単にお金を増やすだけじゃダメだ。

あの方は強い。けれど、時折見せる表情には孤独と焦燥が見える。

あの方が本当に必要としている「力」を、僕が見つけ出さなきゃいけないんだ。



数日後。

バーンは、自身が購入した商船のデッキに立ち、荒れ狂う海を睨みつけていた。


『魔の三角海域』の名は伊達ではない。

空は鉛色に淀み、高いうねりが船体を木の葉のように揺らす。船酔いで顔色を悪くした船員たちが、恐怖に引きつった顔で作業を続けている。


「……オーナー! まだ進むんですか! これ以上は危険です!」


操舵手が悲鳴を上げるが、バーンは揺るがない。


「まだだ! 魔術師、探知を続けろ! 海底の様子を詳細に探るんだ!」


バーンが雇い入れた、高名な探索が得意な魔術師が、甲板の先端で杖を掲げ、詠唱を続けている。

彼は海中の水流と魔力を同調させ、ソナーのように周囲の地形を脳内に描く魔法《深淵の視界ディープ・ビジョン》を行使していた。


「……くっ、深い! 深度800……魔力が拡散して……!」


魔術師が脂汗を流す。

だが、次の瞬間。彼の閉じた瞼の裏に、ある「形」が結ばれた。


「こ、これは……!?」


魔術師が絶句し、魔力によって空中に投影された青白い水の幻影に、バーンも息を呑んだ。

そこに映し出されていたのは、常識を絶する巨大構造物だった。


海底の断崖に突き刺さるようにして、巨大な何かが鎮座している。

その大きさは、カルテラドスの街はおろか、王都すらもすっぽりと入ってしまうかもしれない。

自然の岩山ではない。直線と曲線で構成された、冷徹で幾何学的なデザイン。

装飾の一切ない、機能美のみを追求した銀色の巨塊。


それは、明らかに「人の手」によって作られたものだったが、同時に、この世界の建築様式とは決定的に異なっていた。


「な、なんだこれは……。遺跡? 神殿? ……」


魔術師が震える声で呟く。

魔法越しですら伝わってくる、圧倒的な威圧感。

冷たく、鋭利で、人間を拒絶するかのような鉄の城。


バーンの背筋に、戦慄が走った。

間違いない。これだ。

この「異質な気配」こそが、聖女様の持つ武器と同じ匂いを放っている。

これは、ただの遺跡じゃない。


「……リオ様が探しているものなのか」


バーンは無意識に呟いていた。

これが何なのか、誰が作ったものなのか、彼には分からない。

だが、これがあれば、あの方は――。


「……オーナー! これ以上の滞在は不可能です! 船が持ちません!」


船長の叫び声で、バーンは我に返った。

波はいよいよ高く、船体のきしむ音が限界を告げている。

今の装備で、生身の人間が深海へ潜ることなど不可能だ。


「……座標を記録しろ! 誤差は許さない!」


バーンは叫んだ。


「すぐにこの海域を離脱するぞ! 全速で港へ戻れ!」


「探索しないんですか、オーナー!?」


「ああ。今の僕たちじゃ、この扉を叩くことすらできない……出直すしかないさ」


船が大きく回頭し、魔の海域から逃れるように加速を始める。

バーンは、しぶきを上げる船尾に立ち、海面の下に眠る深海の巨影を見つめ続けた。


今はまだ、手が届かない。

だが、場所は突き止めた。


バーンは、懐の羊皮紙に記された座標を強く抱きしめ、前を見据えた。

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