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二計画  作者: 喰ったねこ
第五章:学園編
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第72話:箱庭の終わりと、開戦の狼煙

舞踏会の騒動から一夜が明けた。 学園は、昨夜の事件――ユリウスの逃亡と、セレニティたち生徒の集団催眠騒動――によって、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。 王宮魔導師たちが血相を変えて現場検証を行っているが、集団催眠の術式には厳重なプロテクトがかけられており解析は難航しているようだ。


サンジェルマン家のタウンハウス。 私は自室で、昨夜のユリウスの言葉を反芻していた。


『もし、貴女が『完璧な聖女』……すなわち、あの心優しき『リオ』の人格だったなら』


その言葉が、喉に刺さった小骨のように引っかかっている。 この学園で起きる「乙女ゲーム」のようなイベント。 それは、私の中にある「村娘リオ」の人格に再び体を乗っ取らせるためのものだった。


(……黒幕は、ゲメリアの司祭ユリウス。そして、私の中にいる『彼女リオ』もまた、仕組まれた罠だとしたら)


でも、何故、わざわざこんなことを。私を篭絡する意味は。


私は、鏡に映る自分の顔を見つめた。 この内側で、無邪気に恋や平穏を夢見ている「彼女」。 彼女は被害者なのか、それとも……。


その時、私の感覚が、微かな、しかし異質な気配を感じ取った。


(……来たわね)


思考を中断する。 ユリウスの洗脳計画が失敗した今、敵が静観しているはずがない。 次の一手は、搦手ではなく、より直接的で、暴力的な手段だ。


ヒュッ、という風切り音。 私は反射的に椅子を蹴り、その場から飛び退いた。 直後、私の部屋に、何かが投げ込まれる。 床に落ちてガチャン、と割れて、中の液体が漏れ出した。


「……!?」


奇妙な臭いが部屋に立ち込める。火炎瓶ではない。何かのポーションの類か。


窓ガラスが音もなく切り取られ、数人の影が部屋の中に滑り込んできた。 白衣のようなローブを纏い、顔を仮面で隠した集団。 その動きは洗練されており、迷いなく私を取り囲む。


「催眠ポーションは効かぬか。だが……無駄な抵抗はするな」


先頭の男が、感情のない声で告げた。 その手には、拘束用の鎖が握られている。


「ゲメリアの、『掃除屋』か」


私が鼻と口を布で覆いながら問うと、男は首を横に振った。


「掃除などという単純な作業ではない。『回収』だ。我らが神が、貴女をお望みなのだ」


「神が? 何のために?」


「神の深遠な御心を、我らごときが知る由もない。ただ、貴女を生きたまま聖都ルミナスへお連れせよとの厳命だ」


男の声には、疑問を挟む余地など微塵もない。 ただ盲目的に、神の命令を実行する機械のような意志だけがある。


「手足の一本や二本は折れても構わぬとの仰せだ。……慈悲深い神に感謝して、その四肢を差し出せ」


男が合図を送ると、影たちが一斉に襲いかかってきた。 身体強化魔法で肉体そのものを暴走させた、生理的嫌悪を催す肉弾戦だ。


「お断りよ。私はどこかの神様のペットになる趣味はない」


「アノン」


私の影から、漆黒の刃が閃いた。 アノンの一撃が、鎖を構えた男の腕を切り飛ばす。 鮮やかな手際。本来なら、これで無力化されるはずだった。


だが。


ベチャッ。


床に落ちた腕が、まるで生き物のように跳ね回る。 そして、男の切断面からは鮮血ではなく、どす黒い粘液が噴き出したかと思うと――。


ボコォッ! グジュゥ……!


肉が泡立ち、骨が軋む音と共に、切断面から新たな「何か」が飛び出した。 それは腕ではなく、鋭利に研ぎ澄まされた、白い骨の槍だった。


「……ッ!」


男は痛みに呻くどころか、恍惚とした笑い声を漏らしながら、その骨槍でアノンを突き刺そうとする。


「あはぁっ! 神よ! 我が肉体を捧げます!」


痛みを感じない。恐怖もない。 自らの肉体が壊れることすら、彼らにとっては「神への奉仕」なのだ。


北方の大国、ゲメリア神聖国。

国民の全てが高い魔法適合を持つとされる、この世界の魔法先進国。

だが、神への適合率が高いということは、やはり、魔族と同じということらしい。

送られてきた刺客たちは、まるで魔族と区別がつかない。


「邪魔よ! ……気色悪い!」


私は吐き気をこらえ、枕元に隠していた愛銃(CZ75)を抜いた。


タン、タン!


二発の銃声。 迫りくる刺客たちの眉間と心臓を、正確に撃ち抜く。 脳漿が飛び散り、胸に風穴が開く。 即死だ。生物なら、これで終わるはずだった。


しかし――。


「神よ……導きたまえ……」


頭の半分を失った男が、ゆらりと立ち上がった。 残った口だけで、聖歌のようなものを呟き続けている。 心臓を失った別の男も、這いずりながら私に手を伸ばしてくる。


「なっ……!?」


死なない。 脳を破壊されても、心臓を潰されても、細胞の一つ一つが「任務を遂行しろ」と叫んでいるかのように動いている。 これは兵士ではない。 人間という器を使った、悪趣味な生物兵器だ。


「しつこい男は嫌われるって言ったでしょう!」


私は舌打ちし、机の上の花瓶を掴んで、這い寄る男の顔面に叩きつけた。 グシャ、という嫌な感触。 それでも動こうとする男の脊髄を踏み抜き、ようやく動きを止める。


アノンもまた、再生しようとする骨の化け物を、細切れになるまで斬り刻んでいた。


数分の戦闘の後、部屋は地獄絵図と化していた。 肉片と粘液、そしてポーションの香りが混じった冒涜的な臭気。 私は、辛うじて原形を留めているリーダー格の男の胸を、裸足のまま踏みつけた。


「さて、遺言はある?」


私が銃口を突きつけると、男は、血の泡を吹きながら、どこか哀れむような、それでいて狂気に満ちた目で私を見た。


「……無駄だ。我らを退けても、運命からは逃れられん」


「どういう意味?」


「貴女がここで、おままごとのような学園生活に興じている間に……『聖戦』の火蓋は、すでに切られているのだよ」


男の言葉に、嫌な予感が走る。


「……まさか」


「そうだ。我がゲメリア神聖国の主力軍は、すでにロキヌス帝国国境を越えた。今頃は、貴女の可愛い部下どもが、神の鉄槌に焼かれている頃だろう」


男は、恍惚とした表情で告げる。


「我らの任務は、貴女を保護し、戦火から遠ざけることでもあったのだ。……皇帝不在の帝国など、数日で灰になる。戻ったところで、貴女に見るべきものは何もない」


「……随分と舐められたものね」


私は、冷たく言い放った。


「私が戻れば、戦況が変わる。それだけの話よ」


男は何かを言いかけようとしたが、奥歯に仕込んだ毒を噛み砕き、絶命した。


静寂が戻る。 だが、私の心の中では、最大級の警鐘が鳴り響いていた。


「……やられたわね」


私が学園での「乙女ゲーム」という謎解きにかまけている隙を突かれた。 いや、昨夜の舞踏会での騒ぎ自体が、私の目を帝国の防衛から逸らすための、陽動だったのかもしれない。 そして、あわよくば私自身も「回収」してしまおうという、二段構えの罠。


「破星。どうする」


アノンが、血濡れの刀を拭いながら問う。


「決まっているわ。……帰るのよ。私たちの戦場へ」


私は、クローゼットを開け放った。 そこには、メアリーが用意してくれた数々のドレスが並んでいる。 だが、私が手に取ったのは、一番奥にしまってあった、漆黒の軍服だった。


「メアリー!」


私が呼ぶと、部屋の外で震えていたメアリーが、おずおずと顔を出した。


「は、はい! お嬢様! 今の音は……」


「着替えを手伝って。……それから、荷物をまとめなさい。こんな狭い箱庭での遊びは、もう終わりよ」


私の言葉に、メアリーは一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに覚悟を決めたように頷いた。


「かしこまりました。……どちらへ?」


「ロキヌス帝国。……再び戦争をしに行くわ」



翌朝。 私は、学園長への挨拶もそこそこに、校門へと向かった。 退学届けは、シオンに後で送りつけさせればいい。 今は一分一秒が惜しい。


馬車に乗り込もうとした時、背後から駆けてくる足音が聞こえた。


「リオ!」


エイデン殿下だった。 彼は、息を切らして私の前に立ち塞がる。


「行くのか? ……本当に」


「ええ。国が、燃えているわ。皇帝である私が、ここに留まる理由はない」


私は、冷たく言い放つ。 昨夜の騒ぎで、彼も「世界の異常さ」に感づいているはずだ。だが、これ以上巻き込むわけにはいかない。


「待ってくれ。僕も行く。ナブラ王国としても、ゲメリアの暴挙は見過ごせない。僕が父上に掛け合って、援軍を……」


「無駄よ、殿下」


私は、彼の言葉を遮った。


「相手は『神』を名乗る化け物たちの軍団。中途半端な戦力では、薪をくべるだけになる。……貴方は、ここに残りなさい」


「……君を、一人で死なせたくはないんだ!」


彼の悲痛な叫び。 私の胸の奥、リオの部分が、きゅっと痛んだ。 でも、だからこそ、連れてはいけない。彼は適合率が低いとはいえ、物理的な戦闘においては脆弱な「こちらの世界の人間」なのだ。


「死なないわ。私は、しぶといもの」


私は、彼に背を向け、馬車に乗り込んだ。


「さようなら、エイデン殿下。……貴方との学園生活、悪くなかったわ」


それは、私の、精一杯の嘘であり、本音だった。


「リオッ!!」


彼の手が伸びるが、届かない。 馬車は無情にも動き出し、速度を上げていく。 窓の外、遠ざかっていく学園の尖塔が、朝霧の中に霞んで見えた。


私は、車窓から目を逸らし、前を見据えた。 そこには、アノンと、不安げなメアリーがいる。 そして、その先には、地獄のような戦場が待っている。


「……行きましょう。戦争の続きを始めにね」


私は、軍服の襟を正し、冷徹な皇帝の顔へと戻った。 平穏な時間は終わった。 これから、世界の命運を賭けた地獄の総力戦が始まるのだから。

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