第71話:聖職者の捨て台詞と、メイドの嘆き
「……見事です。完敗、と言っておきましょうか」
舞踏会場の片隅で、セレニティと一緒に居た聖職者風の男が静かに拍手をした。
彼の表情に、焦りはなく、洗脳された様子もない。
ただ、実験結果を確認する研究者のような、冷ややかな納得があるだけだ。
「私はゲメリア神聖国の司祭ユリウスというものです。それにしても、リオ嬢、貴女の精神は、私の想像を遥かに超えていました。愛をささやいても情に流されず、断罪して追い詰めても平然とやりすごす。まさか、あれほど完璧に整えられた『舞台』を、こうも無惨に破壊されるとは」
「三文芝居だったもの。演出家を変えた方がいいわよ」
私は、ドレスの裾を払いながら答える。
私の隣では、エイデン殿下が剣を杖にして立ち、油断なくユリウスを睨みつけている。
足元では、まだ意識の戻らないセラス殿下とセレニティが、糸が切れたように横たわっていた。
「貴様……!よくも、僕の弟や学友たちを!」
エイデン殿下が怒りの声を上げるが、ユリウスは意に介さない。
彼は、残念そうに私を見て、首を振った。
「誠に残念です。もし、貴女が『完璧な聖女』……すなわち、あの心優しき『リオ』の人格だったなら……今頃、貴女は私の手を取り、神の国へと喜んで同行していたでしょうに」
「……!」
その言葉に、私の心臓が冷たく脈動する。
やはり、そうか。
彼らの狙いは、私(破星)ではなく、私の中の『リオ』だったのだ。
乙女ゲームのようなイベント、甘い言葉、そして断罪。
それらは全て、私の中の『リオ』の人格を刺激し、肥大化させ、私の代わりに再び主導権を握らせるための儀式。
私が「ヒロイン」として完全に振る舞い、彼らに心を許せば、私は「私」でなくなり、彼らの意のままになる人形が完成する。
それが、今回の作戦の全貌なのか。
「ふざけるな!リオはリオだ!誰かの代わりでも、人形でもない!」
エイデン殿下が叫ぶ。
その言葉が、少しだけ私の胸を温めた。
「貴女の中の『異物』は、まだしぶとく残っていたようだ。……今回は、引きましょう」
ユリウスの姿が、揺らめく。
転移魔法か、あるいは幻影か。
「ですが、覚えておきなさい。貴女が人間としての心を……『愛』を知れば知るほど、貴女は弱くなる。そしていつか、その弱さが、貴女自身を滅ぼすでしょう」
「……負け惜しみね」
「フフ……神の軍勢は、間もなく動き出します。その時、貴女の『科学』とやらがどこまで通じるか、楽しみにしていますよ」
言い残し、ユリウスの姿は霧のように消え失せた。
後には、静まり返った会場と、倒れ伏した生徒たちだけが残された。
「……逃げたか」
アノンが、忌々しげに舌打ちをする。
「追うか?」
「いいえ、深追いは禁物よ。それに、彼らの精神汚染の後遺症が心配だわ」
私は、倒れているセラス殿下や生徒たちを見渡した。
エイデン殿下も、悔しそうに剣を収める。
「……すまない、リオ。奴を取り逃がしてしまった」
「いいえ、殿下がご無事でよかった。……さあ、後始末をしましょう」
◆
騒動の後始末は、駆けつけた教師たちと、遅れてやってきた王宮の近衛兵に任せた。
私は、「ショックを受けた被害者」を装い、早々に自室へと引き上げることにした。
サンジェルマン家のタウンハウスに戻り、重厚な扉を開ける。
そこには、鬼の形相……ではなく、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたメアリーが待っていた。
「お、お嬢様ぁ……!ご無事で……ご無事で何よりですぅ……!」
彼女は私を見るなり、駆け寄ってきて抱きついた。
ボロボロのドレスで出かけて行ったことが、よほど心配かけたらしい。少し、心が痛む。
「ただいま、メアリー。心配しなくていいわ。見ての通り、私は無傷よ」
私は、彼女の頭を優しく撫でながら、少し胸を張って報告した。
「それにね、今回は褒めてくれてもいいのよ?今日は、一発も銃を撃っていないし、爆弾も使っていないわ」
「……はぇ?」
メアリーが、涙に濡れた顔を上げる。
「本当よ。エイデン殿下たちを止める時も、私は何も物騒な事はやってない。誰も殺していないし、血も流れていない。……どう?私だって、女の子としての矜持を守って、平和的に解決できるのよ」
私は、どうだと言わんばかりに微笑んだ。
かつて「最終破壊者」と呼ばれた私が、敵(洗脳された王子たち)を殺さずに制圧したのだ。これは、驚異的な進歩であり、私の理性が勝利した証拠だ。これからは、平和主義者のリオと呼んでほしいくらい。
これなら、メアリーも文句はないはず――。
だが、メアリーの視線は、私の顔ではなく、その下へと注がれていた。
「……お嬢様」
「何かしら?」
「物理的戦闘は、なさっていないと?」
「ええ、誓って」
「では……」
メアリーが、震える手で、私のスカートの裾をつまみ上げた。
そこは、無惨に引き裂かれ、煤で汚れ、見るも無惨なボロ雑巾と化していた。
私が、舞踏会に向かう前に、すでにボロボロになっていたのだけど。
「この、見るも無惨なドレスの残骸は、一体、どういうことなのでしょうかあああああ!!」
メアリーの絶叫が、屋敷中に響き渡る。
「あ、これは……最初からこうで、ほら、決して私のせいではないわよ……貴女も知っているでしょ。そう、全部あの悪役令嬢のセレニティが悪いのよ」
「そういう問題ではありません!そもそも、お嬢様は敵が多すぎます。お嬢様が動けば、とにかくドレスが死ぬのです!ああ、なんてこと……!わたくしの最高傑作が……!」
メアリーは、出かけるときと同じようにボロボロの裾を抱きしめて、その場に泣き崩れた。
(絶対……私のせいじゃないのに)
どうやら、乙女の矜持とやらは、物理的な戦闘回避だけでは守られないらしい。
私は、嘆くメイドの背中をさすりながら、平和とは何と難しいものなのかと、改めて思い知らされるのだった。
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