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二計画  作者: 喰ったねこ
序章:ホパ村編
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閑話 僕の聖女様【バーン視点】

僕の隣に住んでいたリオは、いつも可哀想な女の子だった。


ホパ村という、ただでさえ貧しいこの村で、魔法が使えない彼女は「魔無し」という烙印を押され、誰からも蔑まれていた。黄金色の髪と空色の瞳は、僕たち村人とは明らかに違う異質の証。それが、彼女をさらに孤独にしていた。


村長の息子のゲルムが、鬱憤晴らしに彼女をいじめているのを見るのは日常茶飯事で、そのたびに僕は割って入った。僕が騎士団を目指して魔法の鍛錬を積んでいることを知っているゲルムは、いつも捨て台詞を吐いて逃げていく。


「ありがとう……」


そう言って俯くリオの姿は、ひどくか細くて、守ってやらなければすぐにでも壊れてしまいそうだった。彼女の優しさを、僕は知っていた。自分の食べる分すらないのに、こっそり幼い子にイモを分けている姿を何度も見たことがある。


そんな優しい子が、魔力がないというだけで、もうすぐ奴隷として売られてしまう。この村の大人たちの決定に、僕は言いようのない怒りと無力感を覚えていた。だから、従騎士になって、こんな息苦しい村を出て、もっと大きな世界で力を証明したかった。リオのような、理不尽に虐げられる人を守れるような、強い男に。


魔族が村を襲う、あの日までは。


あの日も、僕はゲルムに殴られていたリオを助けた。その帰り道、彼女は不思議なことを言ったのだ。


「ねえ、バーンは、魔法が何か知っている?」


魔法は神様の祝福の力だ。子供だって知っている。でも彼女は「私はいつか魔法の謎を解いてみたい」と、まるで世界の真理を探求する学者のようなことを言った。やっぱり、リオはどこか変わっている。そう思った。


そんな彼女を元気づけたくて、僕は村はずれの祠へ連れて行った。「ここで特訓すると魔力が上がる」という言い伝え。少しでも彼女が魔法を使えるようになれば、奴隷にならずに済むかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。


それが、全ての間違いの始まりだった。


リオが祠の石に触れた瞬間、聞いたこともない不気味な音が鳴り響き、彼女は気を失って倒れた。


その後しばらくして、奴らはやってきた。


魔族。


本でしか見たことのない異形の怪物たちが、僕たちの日常を、悲鳴と炎で塗りつ潰していく。僕が必死に放った炎弾(ファイアーショット)は、彼らの岩のような皮膚に弾かれ、何の役にも立たなかった。村で一番の魔法の使い手だと自負していた僕の力は、本物の脅威の前では、赤子の戯れに等しかった。


「逃げるぞ、リオ!」


僕はリオの腕を掴み、洞窟へと走った。あの時、僕の頭にあったのは、ただ一つ。この可哀想な女の子を、僕が守らなければ。その一心だけだった。


だが、その決意は、洞窟の中で無残に砕け散る。

子供たちを庇った僕は、下級魔族の一体にいとも簡単に捕らえられた。首筋に食い込む爪の痛みと、迫りくる死の恐怖。ああ、結局僕は、誰一人守れないのか。騎士になるという夢も、ここで終わりか。


絶望に目が眩んだ、その時だった。

奇跡は、僕が守ろうとしていたはずの、一番か弱いはずの少女の手によってもたらされた。


棺の中から現れたリオは、僕が見たこともない杖――黒光りする鉄の塊を手にしていた。そして、それが火を噴いた瞬間、僕を捕らえていた魔族の頭が、熟れた果実のように弾け飛んだのだ。


何が起きたのか、理解できなかった。

あれは魔法なのか? 詠唱も、魔法陣もなかった。ただ、乾いた破裂音と嗅いだことのない匂いだけが、やけに現実感を伴って鼻をついた。


彼女は、昨日までの気弱な少女ではなかった。その空色の瞳は、氷のように冷徹な光を宿し、一切の躊躇なく、流れるような動きで洞窟内の魔族を「処理」していく。その姿は、騎士というより、もっと純粋な「暴力」そのものに見えた。


ゲルムが嬲り殺しにされるのを、彼女は眉一つ動かさずに見ている。昨日までのリオなら、きっと泣いて助けを乞うていたはずだ。


今の彼女は、まるで別人だった。僕の知らない誰かが、彼女の中にいるかのようだった。


「科学、よ」


僕の問いに、彼女はそう答えた。

科学? 聞いたこともない言葉だ。でも、魔族を一撃で葬るその力は、伝説に聞く聖女様の「聖属性魔法」そのものではないか。


昨日まで「魔無し」と蔑まれていた少女が、実は、神に選ばれた特別な存在だったのだ。村の誰もが気づかなかっただけで。


僕の確信は、上級魔族との戦いで、揺るぎない信仰へと変わった。


あれほどの脅威に対し、彼女は一歩も引かなかった。


杖が効かないと分かると、今度はナイフ一本で、あの巨体と渡り合ったのだ。その戦う姿は、あまりにも気高く、美しかった。僕は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


彼女が炎に焼かれ、倒れた時、僕の中の何かが弾けた。


聖女様が、僕たちを守るために傷ついている。僕がここで何もしなければ、騎士を目指す資格などない。なけなしの勇気を振り絞って放った魔法は、案の定、蛍の光のように消えた。それでも、良かった。ほんのわずかでも、彼女の盾になれたのなら。


全身を焼かれる激痛の中、僕の意識は闇に沈みかけた。もう駄目だと思った。

だが、その闇の中で、僕は再び奇跡を見た。


リオが、血まみれの体で再び立ち上がり、そして、もう一つの棺から、彼女を「破星」と呼ぶ謎の男が現れたのだ。


その男の強さは、常軌を逸していた。上級魔族を、まるで虫けらのように斬り伏せた。そして何より、その圧倒的な強者が、リオに対して絶対的な忠誠を誓っている。傷ついた彼女を、慈しむように抱きかかえて。


僕は、棺の中で治療を受け、奇跡的に一命を取り留めた。広範囲に炭化していたはずの皮膚は、いくつかの火傷の痕を残すだけですっかり元通りになっていた。


これも、聖女様が起こした奇跡に違いない。


滅んでしまった村に背を向け、メサリアへの旅が始まってから、僕の中のリオの面影は、日に日に薄れていった。


いや、違う。僕が知っていた「可哀想な隣人リオ」は、もうどこにもいなかった。


僕の前にいるのは、常に冷静に状況を分析し、的確な指示を出す指揮官であり、世界の理を探求する賢者のような瞳をした、聖女様だった。


記憶が混乱している、と彼女は言った。だから、僕が知る以前のリオのことも、村のことも覚えていないのだと。


きっと、聖女として覚醒する過程で、些末な人間の記憶は失われてしまったのだろう。


街道で本物の騎士団と聖女様を見た時、僕は興奮した。あれが、僕の憧れだった。

聖女様の強化魔法。貴族の血にしか流れない、特別な力。

でも、僕は知ってしまった。本当の奇跡を。


血筋も、家柄も関係ない。


絶望的な状況を、たった一人で覆す力。死にそうな人間さえ蘇らせる御業。

彼女が「科学」と呼ぶ、僕には理解できないその力こそ、この世界における本当の「神の祝福」なのだ。


メサリアの城壁が見えてきた。


その巨大な街を、彼女はどんな瞳で見ているのだろう。

僕の隣を歩く彼女の横顔は、もうか弱くなんてない。それは、これから対峙するであろう世界の全てを見据える、救世主の顔だった。


ああ、神様。

僕のような者に、聖女様のお側近くに仕える栄誉を与えてくださり、ありがとうございます。

この命、尽きるまで。僕は、僕の信じるただ一人の聖女、リオ様をお守りします。


従騎士になるという僕の夢は、今、新たな意味を持って、より強く、より熱く、この胸に灯っていた。

読んで頂きありがとうございます。

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