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二計画  作者: 喰ったねこ
第五章:魔法学園の謎編
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第65話 私の苦手なこと

寮にある自室のベッドに身を横たえ、私は、昨日の出来事を反芻していた。

図書館での、セラス第二王子との、あの奇妙なやり取り。


(……一体、何だったんだ)


私の言葉に、顔を真っ赤にして、何かを言いかけて、結局、何も言えずに逃げるように去っていった、彼の姿。

そして、すれ違いざまに聞こえた、「とんでもない女だ」という、あの呟き。

侮蔑しているようで、どこか悔しそうでもあり、そして、ほんの一瞬だけ、楽しそうにも見えた、あの複雑な表情。


理解、できない。

彼の行動原理は、兄であるエイデン殿下以上に、私の思考の範疇を超えていた。

ただ、一つだけ確かなのは、彼が私を見る目が、以前の「見下すべき格下の存在」から、全く別の何かに変わったということだ。それが、今後の私の実験に、どのような影響を与えるのか。


(……変数が増えすぎている)


私は、思考を打ち切るように、小さくため息をついた。



その翌日。

学園の掲示板の前に、ひときげわ大きな人だかりができていた。

女生徒たちの、甲高い、興奮したような声が、廊下にまで響いてくる。


「まあ! 今年も、建国記念舞踏会ですって!」

「今年はどんなドレスを着ていこうかしら!」

「エイデン殿下は、どなたをお誘いになるのかしら……!」


掲示されていたのは、年に一度、王立魔法学園で開かれる、最も大規模で、最も華やかな祭典の告知だった。王族や、王国中の有力貴族が一堂に会する、一大社交イベント。


(……最悪)


その告知を遠巻きに眺めながら、私は、心の中で悪態をついた。

【社交】【恋愛】【学校】――魔法を除く私の三大苦手要素が、完璧に凝縮されたイベント。

以前の舞踏会ではゲーレンの襲撃で、ある意味、うやむやになった。

だが、今回はそうもいかないだろう。


ロキヌス皇帝として、そして、大聖女候補として、この国の王子たちと顔を合わせている以上、不参加という選択肢はあり得ない。


これもまた、記憶にあるゲームの一大イベント。私が遂行すべき「実験」の一環のはず。私は「ヒロイン」として参加しなければいけない。


でも、考えただけで、うんざりする。

心が、おかしくなってしまうからだ。

だが、その憂鬱な気分とは裏腹に、事態は、私の知らないところで、急速に動き始めていた。



その日の午後、第一王子専用の訓練場。

エイデンは、従者から差し出されたタオルで汗を拭いながら、決意に満ちた目で、従者に告げた。


「建国記念舞踏会の件だが、もちろん、私は、リオ姫をエスコートする」


その言葉に、驚きはない。彼の心は、あの日、劇的な再会を果たした時から、完全に決まっていた。


「準備はいいか。ただ誘うだけではだめだ。彼女に、最高の思い出を贈りたい。王宮の温室に、今、最も美しく咲いている花は何だ? それから、彼女が好きな白詰草も、用意できないか?」


生死の淵から戻ってきた、彼のたった一人の「思い人」。

彼女を、今度こそ、自分が守り、そして、世界で一番、幸せな女性にするのだ。

その決意が、彼の全身から、輝くように溢れていた。


一方、その頃。第二王子セラスもまた、自室で、従者からの報告を受けていた。


「……ふん、舞踏会、か。あの女も、もちろん参加するのだろうな」


「はっ。ロキヌス皇帝陛下として、正式にご招待が届いているはずです」


「そうか」


セラスは、口元に、挑発的な笑みを浮かべた。

彼の脳裏に、昨日の、図書館での光景が蘇る。

自分の常識を、プライドを、いとも容易く打ち砕いてみせた、あの少女。

生意気で、腹立たしくて、そして、今まで出会った、どの人間よりも、面白い。


「……あの女、満足にダンスなど、できるのか?」


「さあ……サンジェルマン公爵令嬢として、一通りの作法は、身につけておられるかと」


「どうだかな。見てみたいものだ。あの、とんでもない女が、僕の前で、どんな顔をするのかを」


それは、兄への対抗心か、あるいは、ただの好奇心か。

彼自身、まだ、その感情の正体に気づいてはいなかったが、彼の心もまた、舞踏会で、あの少女――リオと再会することを、確かに、望んでいた。



そして、その日の夕方。

私が、退屈な授業を終えて、自室に戻ると、そこには、普段の十倍はあろうかという、尋常ならざる闘気を放つ、侍女メアリーの姿があった。

彼女は、広げられた設計図のようなものと、山と積まれた最高級の生地を前に、瞳を爛々と輝かせている。


「お帰りなさいませ、リオお嬢様!」


「……メアリー。その、禍々しいオーラは、一体……」


「ご覧くださいませ! 建国記念舞踏会の告知でございます!」


彼女が、一枚の羊皮紙を、恭しく、しかし有無を言わさぬ迫力で、私に突きつける。


「今度こそ! 今度こそ、このメアリー、持てる全ての技術と情熱を注ぎ込み、お嬢様を、この舞踏会の、いえ、この世界の、誰よりも輝く『華』として、咲かせてご覧にいれます!」


彼女は、固く、固く拳を握りしめている。その瞳には、炎が宿っていた。


「もう、刺客の血で汚されるなどという悲劇は、繰り返させません! どのような衝撃にも耐え、どのような汚れも弾き、そして、何人たりとも、お嬢様の美しさを損なわせることのない、完璧で、究極のドレスを、この手で……!」


(……また、始まった)


私は、遠い目をしながら、彼女の情熱的な演説を聞き流す。

どうやら、私の知らないところで、私のあずかり知らぬところで、嵐は、もう、すぐそこまで、迫っているらしかった。

読んで頂きありがとうございます。

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