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二計画  作者: 喰ったねこ
第五章:学園編
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第63話 甘き夢の世界

実験を開始する。


被験体は、この世界そのもの。

そして、観測対象は、このこの世界と私自身の心。

実験方法は、ただ一つ――私が、この世界が望むであろう、「主人公ヒロイン」を演じる。


これまでの私は、あまりにも合理的すぎた。あまりにも、異物すぎた。


ならば、私が、記憶にある「物語」の主人公のように、か弱く、心優しく、そして、少しだけ健気な少女として振る舞った時、この世界は、登場人物たちは、どのような反応を示すのか。

これは、世界の法則性を探るための、科学的な実験だ。


最初の目標ターゲットは、エイデン第一王子。

記憶によれば、彼は、この物語の「正ヒーロー」。


(……記憶にあるゲームでは、エイデン殿下との関係は、この学園での朝の鍛錬イベントから本格的に始まった。王宮での求婚や、この前の劇的な再会は、本来の筋書き(シナリオ)にはない、私が作り出したイレギュラー。ならばこそ、このイベントをなぞった時、既に私への好感度が異常なまでに高い彼が、そしてこの世界がどう反応するのか。観測データとして、これ以上なく興味深い)


私は、ゲームのヒロインが初めて彼と出会うはずの、彼が早朝に鍛錬をしている庭園へと、足を運んだ。


「もっと強く、もっと速く……! 僕は、彼女を守れる男にならねば……!」


薔薇のアーチの向こうで、エイデン王子が、汗だくになって木剣を振るう姿が見える。

以前の私なら、彼のその甘い感傷を、「非合理的だ」と、心の中で切り捨てていただろう。


そう、彼がいくら修行したところで、あのゲーレンに勝てるはずがないのだ。冷静にその思いが浮かび上がってくる。


いや、そんなこと、考えていたらいけない。


記憶にある「ヒロイン」ならば、一体どうするか? 今はそれを考えなくてはいけないはずだ。

答えは、決まっている。


私は、メアリーに用意させておいた、冷たい水差しと、清潔なタオルを手に、彼の元へと、静かに歩み寄った。


「……エイデン殿下。朝早くから、力が入りますね」


「……! リ、リオ姫! なぜ、君がここに……!」


驚きに目を見開く彼に、私は、練習してきた、少しぎこちない淑女の笑みを向けた。


「一生懸命な殿下をお見かけしましたので。どうぞ、お使いくださいませ」


私が差し出したタオルを、彼は、まるで宝物でも受け取るかのように、恐る恐る手に取った。


「……あ、ありがとう……。だが、君に、こんなことをさせて……」


「いいえ。……大したことはしていませんわ」


私が静かにそう言うと、彼は苦しそうに顔を歪めた。私の言葉が、意図せずして彼の心を傷つけたことに、私は気づかないふりをした。


「……僕にだって、本当は分かっているんだ。君が、ロキヌスへ行った本当の理由は」


「……わたくしは、ただ、皇帝の座が欲しかった。それだけですわ」


私は、必死に仮面(ペルソナ)を貼り付けて、そう言い放つ。だが、彼の真っ直ぐな瞳に見つめられると、声が僅かに震えてしまいそうになる。


「……そうか。君は、そう言うんだな」


彼は、悲しそうに微笑んだ。


「でも、僕は、君がたった一人で敵国へ向かったと聞いた時……何もできなかった自分が、ただひたすらに憎かった。でも……っ」


彼が、一歩、私に近づく。


「君の顔を見たら、そんなことはどうでもよくなった。……生きていてくれて、本当に……よかった……」


その声は、絞り出すようで、彼の万感の想いが込められていた。

朝の柔らかな光の中で、二人の間に、ぎこちない、しかし、慈しみに満ちた沈黙が流れる。

私の胸の奥が、きゅん、と、甘く締め付けられた。


(……なんだ、この感覚は)


これは、リオの感情だ。そうに違いない。

だが、その感情が、まるで、自分自身のもののように、温かくて、心地よかった。


その日、私たちは、一日中、共に過ごした。

講義を抜け出し、二人で、学園の温室を散策した。

彼は、花が好きだと、照れながら教えてくれた。

私も、記憶の底にあった知識を引っ張り出し、一番好きな花は、白詰草シロツメクサだと答えた。

花言葉は、「私を思って」、そして、「復讐」。

彼は、後半の意味には気づかず、ただ、「君にぴったりの、可憐な花だ」と、嬉しそうに微笑んだ。


昼食は、中庭のベンチで、二人きりで食べた。

彼が、子供の頃の話をしてくれた。

魔法が苦手で、弟のセラス殿下に、いつも馬鹿にされていた、と。

その寂しそうな横顔を見ていると、私の胸の奥が、また、ちくりと痛んだ。


守ってあげたい。この、不器用で、優しい人を。

そんな、以前の私なら、絶対に抱くはずのなかった、非合理的な感情が、止めどなく、溢れてくる。


(……まずい。これは、まずい)


「私」の思考が、警鐘を鳴らす。


(感情移入は、危険だ。客観的な観測ができなくなる。彼は、あくまで、実験対象であり、政治的な駒に過ぎない)


そう、頭では、分かっている。

分かっている、はずなのに。


その日の、夕暮れ。

散策を終え、寮へと戻る途中。

彼が、不意に、私の頬に、そっと、手を伸ばした。


「……髪に、花びらが、ついている」


そう言って、彼が、指先で、花びらを取り除いてくれる。

その指が、私の頬に、ほんの僅かに、触れた。

その、瞬間。


私の心臓が、大きく、跳ねた。

顔が、カッと熱くなる。


(……なんだ、これは。なんだ、この、異常な反応は)


心拍数の急上昇。血圧の上昇。

これは、戦闘時の、アドレナリンの分泌とは、全く異なる反応。

未知の、データ。

未知の、感情。


「……姫君?」


私の様子がおかしいことに気づいたのか、エイデン王子が、心配そうに、私の顔を覗き込む。

その、あまりにも優しい瞳に見つめられて、私は、もう、何も、考えられなくなった。


その夜。

私は、一人、自室のベッドの上で、頭を抱えていた。


実験は、大成功だった。


私が「ヒロイン」として振る舞えば、この世界は、まるで、そうなることが決まっていたかのように、甘く、優しい物語を、私に提供してくれるらしい。


だが、その代償として、私は、とんでもないものを、得てしまった。

エイデン王子に触れられた時の、あの、胸の、高鳴り。

彼と過ごした、一日が、ただ、純粋に、「楽しかった」と感じてしまった、この心。


これは、もはや、リオだけの感情ではない。

彼女との精神の融合は、私が思っている以上に、進んでいるのかも。

冷徹なはずの「私」の魂が、彼女の、乙女心という名の、甘い毒に、少しずつ、侵食され始めている。


いや、もっと以前から徐々にではあるが、私の判断が捻じ曲げられてきた。そう、ホパ村での最初の戦いの時から。


それが、この学園では、一気に加速していくような感覚。


だが、それがどのような意味を持つのか、まだわからなかった。


「自分を保てるのだろうか、私は」


私は、誰に言うでもなく、呟いた。


「……だが、この記憶の意味を確かめるまでは、この危険な実験を止める事はできない」

読んで頂きありがとうございます。

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