第62話 魂が拒絶する記憶
エイデン第一王子との、あの劇的な再会を果たしてから、数日が過ぎた。
その後も彼に話しかけられたが、ぎこちなく返しただけだった。
今考えても、まだわからない。
彼は、本当に「私」の事が好きなのだろうか?
あの再会を見た人なら、エイデン王子の私への好意を否定できる人は誰もいないだろう。
それでも、当事者の私だけは、わからなかった。
彼は、別の誰かと私を勘違いしているのではないかという考えに捕らわれているからだ。
そう、王子が好意を抱いていることは、今回わざわざ、ロキヌスから学園に戻ってきた理由にもつながっている話だった。
私は一体何者なのか? という謎である。それを探るべく、王立魔法学園での穏やかだが奇妙な生活が、始まっていた。
Fランククラスの教室。
そこで教えられる初歩的な魔法理論は、魔法の使えない私にとって退屈以外の何物でもなかったが、私は、その目的のために、黙ってその席に座り続けていた。
――この、奇妙な既視感の正体を、突き止める。
それこそが、当面の私の目的だった。
学園に復学してからというもの、私の脳は、常に微かなノイズに苛まれていた。
例えば、魔法史の授業。
白髪の老教師が、気だるそうに教科書を読み上げる。
『――初代大聖女の奇跡により、魔王軍は退けられ……』
その瞬間、私の頭の中に、全く別の記憶が混線する。
きらきらしたエフェクトと共に表示されるテキストボックス。
『【選択肢】A:真面目に聞く B:居眠りをする』。
例えば、昼休みの中庭。
木陰のベンチで、物静かな上級生が、小鳥に餌をやっている。
その光景を見た瞬間、また、ノイズが走る。
『――ここで彼に話しかけると、隠しパラメータ「優しさ」が上昇します』。
そして、廊下ですれ違う、セレニティ・ナイジェルとその取り巻きたち。
彼女たちが、他の生徒に高圧的な態度を取る、そのありふれた光景さえも。
『――ライバル令嬢、セレニティ登場! 彼女の好感度を上げると、バッドエンド直行です!』
そんな、ふざけた警告メッセージが、脳裏をよぎる。
(……いったい、これは、何の記憶だ? いや、私はこれを知っている。『乙女ゲーム』だ)
私の脳裏に、前世の光景が、フラッシュバックする。
泥と硝煙にまみれた訓練の日々。いつ殺されるか分からない、極限の緊張感。
そして、最期に、私の胸を貫いた、一発の銃弾の、あの冷たい衝撃。
そんな人生を送ってきた、この私が、乙女心全開で、乙女ゲーム?
きらきらした効果音と共に、王子様の好感度を上げる?
(……ありえない。例え冗談だとしても、たちが悪い)
だからこそ、今すぐに、断言してしまいたい。
この、あまりにも甘ったるい記憶は、断じて、絶対に私のものなどではない。
私の孤高なる魂が、この記憶を頑なに否定している。
ならば、答えは一つしかない。
私の中にいる、もう一人の人格――ホパ村の村娘、『リオ』。
これは、彼女の記憶なのか?
思えば、ホパ村の祠で目覚めた当初から、異世界小説やゲームといった知識の断片は、私の思考の中に確かに存在していた。それは、この体の本来の持ち主である『リオ』。彼女の記憶だったのだろうか。
だが、彼女はただの村娘だったはず。この世界に存在しないはずの娯楽を、なぜ知っている?
――ありえないはずだ。
だが、そうなれば、消去法で、これは私自身の記憶ということになるが、この記憶の全容は私にとっては受け入れがたいものだった。
貧しい生まれだが、聖女の力に目覚めた主人公の少女。
攻略対象である、エイデンやセラスといった王子たち。
そして、共に大聖女を目指す、ライバル役の、セレニティ・ナイジェル。
この学園を舞台に繰り広げられる、甘く、きらびやかな、恋物語。
大人気乙女ゲーム、『ファンテェーン・ロマンス 〜聖女と七人の王子様〜』
王宮やこの学園に来てから掘り起こされてきた、この奇妙でバカげた記憶は一体どこから来たものなのか。
なぜ私には、最初から異世界転生小説やらゲームやらの記憶があったのか? 記憶の混乱の為だと特に気にしたことは無かったが、やはりおかしい。こんな単純で大きな矛盾にすら気づけていなかったなんて。
まさか……まさかとは思うが、前世の私が、ピコピコ、乙女心全開で、乙女ゲーをやりまくっていたのか? ときめいて、異世界転生小説を読んでいたのか?
それも、銃殺される前に。
だとしたら、私は。
そんなはずはない。
……たぶん。生存技術を極めたこの私が、そんなものに依存するはずがない。
わたしは、前世の私を信用する。いや、したい。
だが。
今、確かなのは、一つだけ。
この奇妙な「乙女ゲーム」の記憶――それが『私』のものであれ『リオ』のものであれ――その筋書きと、私が今生きる「現実」は、決定的に食い違っている。
その「ゲーム」の筋書きには、どこにも、存在しないのだ。
銃やナイフを振り回す、破星である「私」が!
記憶にあるヒロインの少女は、優しくて、嫌がらせに負けない健気な娘だったはず。
いや、それだけではない。
アノンという、記憶喪失の護衛が。
ゲーレンという、人外の師が。
戦術皮膚や、銃といった、異世界の科学兵器が。
そして、この世界を絶えず揺るがす、血生臭い戦闘や、陰謀や、戦争といった、乙女ゲームには相応しく無い物が。
存在しない。
記憶にあるのは、ただ、穏やかで、平和な、学園でのロマンスだけ。
そもそも、ヒロイン役の少女は、どんなシナリオ分岐でも敵国の皇帝になんかになっていない。
軍事兵器のキマイラと、死線をくぐる戦いなど、するはずもない。
でも、ヒロインが貧しい出にも関わらず、聖女の力に目覚めて、大聖女候補として王立魔法学園に入り、エイデン王子やセレニティと知り合いになったり、セレニティやその取り巻きから嫌がらせを受けたりすると言う点は、もし、私がヒロイン役に相当すると考えれば、乙女ゲームとの一致点は多いともいえる。
王宮で滞在した部屋や、この学校も、確かにあのゲームそのものだ。
このズレは一体何なのか?
(……実験による検証が必要だ)
私は、思考をめぐらせる。
考えるほど、謎が深まり、なぜだか面白くも感じられてきた。
この不可解な記憶の発生源を特定し、その正体を突き止めるには、どうしたらいいのか?
そもそも、この世界は、本当に、ゲームの世界なのか? そんな世界が存在し得るのか。例えそうだとしても、その強制力は、絶対ではあるまい。
恐らくは、ヒロインに相当する私が、入学早々、脈絡もなく隣国に戦争を仕掛けに行くとか、そんなシナリオはありえないはずだし、記憶にもない。
ならば、逆に、こう考えるべきか。
もし、私がゲームの主人公として振る舞う時、この物語は、本来の筋書きへと、回帰しようとするのか?
だが、そうなれば、その甘ったるいロマンスは、この血生臭い現実と衝突し、必ずや何らかの綻びや歪みを生むのではないか。
(……試してみる、価値はあるわね)
私の口元に、笑みが浮かんだ。
未知の現象を前にした、愉悦に満ちた笑みだった。
壮大な、実験を始めよう。
被験体は、この世界そのもの。
実験方法は、ただ一つ。
――私が、「主人公」を、演じる。
私は、教室を出ると、記憶の中にある、最初の「イベント」が発生するはずの場所へと、足を向けた。
これから、この奇妙な学園で、何が起こるのか。
私の胸は、ほんの少しだけ、高鳴っていた。
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