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二計画  作者: 喰ったねこ
第四章:帝国編
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第58話 遺産

血の匂いと、硝煙の香りが、まだ微かに残っていた。

聖域を支配していた戦いの嵐は、今や、潮が引くように消え去っている。

私の足元には、神の代行者を名乗った男の骸。

その傍らには、完全に沈黙した、前世の殺戮機械の残骸。


「……終わった、のか」


アノンが、二人の護衛を斬り伏せた刀を、静かに鞘へと納める。



その後の数日間、帝都ガラドは、激動の渦中にあった。

夜明けと共に、城壁の外で繰り広げられていた魔族と帝国第三軍との死闘は、両者が互いを喰らい尽くす形で、凄惨な終結を迎えていた。


そこへ、シオンが動いた。

彼が率いる革命軍は、帝都から「一時撤退」していた兵力を再集結させ、混乱の極みにあった帝都へと進駐したのだ。

彼らは、相打ちとなって消耗しきっていた魔族と帝国軍の残党を、完全に「掃討」。

そして、備蓄していた食料を解放し、飢えと恐怖に震える民衆に配給し、街の治安を、驚異的な速度で回復させていった。


同時に、彼らは、一枚のプロパガンダを、帝都中に撒き散らした。

『――圧政者カイゼルは、その邪悪さ故に、魔族を呼び寄せた! だが、我らが革命軍は、東より現れた聖女様と共に、その両方を打ち破った! 彼女こそが、我らを解放する、真の救世主である!』と。


そして、皇帝カイゼルの死から、七日後。

皇宮の玉座の間に、帝国の貴族、官僚、聖職者たちが、不安と野心に満ちた顔で集められていた。

彼らの前に、現れたのは、私だった。

豪奢なドレスではない。皇帝の軍服を、私の体に合わせて仕立て直した、黒く、機能的な衣装。


「これより、私が、このロキヌス帝国を統治する」


私の、その短い言葉に、反論する者は、誰もいなかった。

皇帝を殺し、魔族と帝国軍を退け、そして今、帝都の全てを掌握した、この小柄な少女に逆らうことが、何を意味するか。

皇帝の処刑を見た彼らは、本能で理解していたのだ。


そして、血の粛清が始まる。私にケンカを仕掛けてきたメルギド伯などの敵対者は、軒並み逮捕拘禁され、結論の決まった形式的な裁判にかけられることになるだろう。


こうして、私は、この異世界に来てから、わずか数ヶ月で、一国の絶対的な支配者――皇帝の座に就いた。



皇帝として即位してから数日後。

私は、アノンだけを伴い、再びあの黒曜石の聖域へと足を踏み入れていた。

皇帝カイゼルの亡骸はすでに丁重に(シオンの指示で)運び出されたが、広間の中央には、あの殺戮機械――キマイラの残骸が、巨大な墓標のように横たわっている。


「……アノン」


「何だ、破星はせい


「シオンに、彼の最も信頼できる部下を送るよう伝えて。この『ゴーレム』を、解体させるわ」


私は、戦闘の痕跡が生々しく残る、キマイラの装甲を指でなぞりながら言った。


私の瞳は、その残骸を、もはや脅威としてではなく、あり得ないほどの価値を持つ、宝の山として捉えていた。


(主動力炉は、自爆で誘発された過負荷オーバーロードで融解している。胴体フレームも修復は不可能……。だが、四肢を駆動させていたサーボアクチュエータは、ほぼ無傷。装甲版に使われているのは、この世界の冶金技術では到底再現不可能な、セラミック・チタンの複合合金。……そして、あのガトリングガン。弾薬さえ再現できれば、これ以上ない対人兵器になる)


「この残骸の、ネジ一本、配線の一筋に至るまで、全てが、前世われわれの科学技術の結晶よ。その全てを、慎重に回収し……帝都に新設する、科研の中央本部へ、ね」


私は、決然として、アノンに命じた。


「これこそが、私たちの新しい力の、礎となるのだから」


そして、私たちは、キマイラがせり上がってきた、奥の奈落へと、足を踏み入れた。

そこは、単なる格納庫ではなかった。


埃一つない、静謐な空間。

壁も床も、天井も、全てが、ホパ村の洞窟と同じ、淡い燐光を放つ金属でできている。

そして、そこには、私が前世で見ていたものと、全く同じ光景が広がっていた。


――実験室だ。


シャットダウン状態のコンピュータ端末が、ずらりと並び、その奥には、高度な科学機器であることが一目で分かる装置の数々が、静かに眠りについている。


(……まるで、時が止まっているみたい)


ここは、この魔法世界に、不自然に穿たれた、前世の孤島。

私の心の奥底で、忘れていたはずの、科学をもてあそぶ魂が、歓喜の声を上げていた。


私が、中央にある最も大きなコンソールに、そっと手を触れた、その瞬間。


ウィィィン……という、低い起動音と共に、室内の装置が一斉に光を灯し始めた。

そして、コンソールの前から、青白い光の粒子が立ち上り、一つの、人型を形作っていく。

そこに現れたのは、あの、漆黒の仮面をつけた男――ゲーレンの、立体映像ホログラムだった。


『――破星はせい。お前が、これを見ているということは』


ホログラムのゲーレンは、まるで、私がここに現れることを、完全に予測していたかのように、語り始めた。

その声は、生身で聞いた時と同じ、感情の読めない、平坦な響きを持っていた。


『皇帝を排除し、守護者(ガーディアン)であるキマイラを、乗り越えた、ということか。取り合えず試験は、合格、といったところだな』


試験……?


『私は、お前の味方ではない。あくまで、お前の行動を観測し、その価値を判断するだけだ』


ゲーレンは、続けた。


『この場所を与えた以上、計画を遂行するに足る、確かな実力を私に示してみせろ。お前にできるかな』


ホログラムのゲーレンは、それだけ言うと、ノイズと共に、掻き消えた。

残されたのは、再び静寂を取り戻した実験室と、呆然と立ち尽くす、私とアノンだけだった。


「……」


アノンは、何も言わずにそれを眺めていた。


(……ふざけないで)


私の胸の奥で、激しい怒りが、込み上げてきた。

試験? 計画?


誰が、そんなものを、お前に頼んだ。

私は、ただ、生き延びたいだけだ。平穏に、普通に、生きたいだけ。

そのために、皇帝になり、帝国を手に入れた。


なのに、この男は、その私のささやかな願いを、得体のしれない「計画の遂行」へと、勝手にすり替えようとしている。


だが、同時に、否定できない高揚感があることも、事実だった。


彼の言う「計画」は、皮肉にも、私が「生存」のために描いた、壮大な計画と、完全に、一致しているのかもしれない。

ゲーレンは、私の背中を押している。いや、私が進むべき道を、初めから示していた。


私は、目の前で、静かに光を放つ、科学機器へと、手を伸ばした。


「彼の計画も、この魔法世界に……科学文明を作り出せということなのか」


その言葉は、誰に言うでもなく、ただ、虚空に消えた。


「上等じゃない。やってやろうじゃないの。でも、それは、あんたの『計画』のためじゃない」


私は、振り返り、アノンを見た。


「――全て、私が、生き残るためよ」

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