第54話 科学の業火
私たちは、宮殿の聖域外縁部に設けられた巡礼者席を飛び降り、貴族席を突っ切り、一目散に皇帝をめがけて駆け出してゆく。
目指すは皇帝の首ただ一つ。
皇帝の無力を私が皆の前で証明するのだ。
進路上に立ち塞がろうとした下級騎士は、アノンの一薙ぎで血の霧と化す。
数人の魔法騎士が詠唱を始めるが、彼らが放った炎や氷の矢は、私をただ通り過ぎていくだけ。
魔法無視。
私の前では、魔法による抵抗など意味をなさない。
凄まじい突進力で、私達二人は皇帝が居る演台近くまで迫る。
その、殺意に満ちた直線的な動きに対し、近衛騎士団の反応は迅速かつ的確だった。
「陣を組め! 侵入者を止めろ!」
号令一下、それまで警備にあたっていた騎士たちの多くが、演台の前へと集結する。
ガシャン、ガシャン、と重厚な金属音が連続し、巨大な盾が隙間なく組み合わさってく。
近衛騎士団が、完璧な密集陣形を形成し、私達の前に巨大な鋼鉄の壁となって立ちはだかった。
まだ、遠距離から魔法攻撃を続ける者もいるが、大多数は目の前にいる。
「魔法に頼り切った、この世界の騎士にしては意外な行動ね。物理的障壁とは想定外だわ」
その数、二百。
深紅のマントを翻す彼らは、さすがにエリート兵士だけあって、その連携は芸術の域に達している。
「……まずいな。多勢に無勢だ、完全に塞がれた。このままでは突破は難しい」
アノンが、忌々しげに呟く。
「彼らは、帝都最強の盾。というわけか」
私も同意せざるを得ない。
アノンが、単騎で突撃したとしても、数の力で押し潰されるのが関の山だ。
私の銃も、弾薬が惜しい上に、あの密集した盾の壁を前にしては、有効打とはなり得ない。
どうする?
時間はない。外の魔族と第三軍との戦いが、いつまでも続く保証はないのだ。
この足止めは、我々の計画にとって、致命的な問題だった。
(……思考しろ。この状況を、最小限のリスクで、覆すための一手を)
私の脳が、高速で最適解を検索する。
正面からの突破は、不可能。
だが、この膠着状態を破壊する、強力な「何か」を、この場に投入できれば?
「いよいよ科研が開発したアレを使う時が来たみたいね」
私の呟きに、アノンが僅かに頷く。
この魔法世界に、科学の炎をもたらさん。
試験はしたが、今回、実戦には初めて投入する。
科学としては原始的ではあるが、この中世レベルの文明でも比較的簡単に作成することが出来るものだ。
かといって、1人で作ることは恐らくは困難だろう。
この短期間で完成できたのも、硝石の探索や冶金など、組織力が最大限に生きたからだ。
それは、科研が試作した新型爆弾。
前世の知識を基に、この世界で手に入る材料だけで作り上げた、純粋な科学の産物だ。
先端には火打石を使った発火装置があり、鉄製の容器の中に、細かくすり潰した木炭と硫黄、そして硝石を、私が導き出した最適比率で混合した「黒色火薬」が、ぎっしりと詰め込まれている。
前世の原始的な火薬。
音速を超える爆風は生み出せないものの、剣と魔法しか知らないこの世界においては、神の怒りにも等しい破壊力を持つ、未知の兵器だ。
「アノン、耳を」
私達はおもむろに耳に粘土を入れ込むと、それぞれ懐から鉄製の容器を取り出し、その先端に付けられた火打石を床に叩き付けて点火する。
チリチリと燃える導火線を見つめながら、冷静に秒数を数える。
アノンと顔を見合わせると、腕をしならせ、砲丸投げの要領で、それを密集陣形のど真ん中へと投げつけた。
(ふふ、密集陣形というのは、近代戦では真っ先に標的になる、遅れた時代の陣形なのよ)
放物線を描いて飛んでいく2つの鉄の塊を、騎士たちは訝しげに見つめている。
それが何かも知らずに。
次の瞬間。
凄まじい閃光と轟音が、宮殿の聖域を包み込んだ。
2つの爆心地を中心に、高速の破片が同心円状に広がり、黒曜石の床を叩き、爆音がドーム天井に反響し、耳を塞いでいる私達の骨までを震わせる。
鉄壁を誇った、皇帝近衛騎士団の密集陣形は、その中心から、あまりにもあっけなく吹き飛ばされた。
盾はへし折れ、鎧は裂け、騎士たちは木の葉のように宙を舞う。
だが、その破壊の嵐の中で、ただ一点だけが無傷の空間として残されていた。
演台の上だ。
皇帝の左右に立つ二人の騎士が、その身に宿す全魔力を注ぎ込み、半球状の黄金色の魔法障壁を展開していた。
障壁は激しくきしみ、爆風を受けて火花を散らしたが、確かに、その内側にいる皇帝を守り切っていた。
しかし、陣形を組んでいた他の騎士たちはそうはいかない。
爆心地の数名は衝撃で肉片と化し、その周囲の者たちも、鼓膜を破られ、視力を奪われ、脳を揺さぶられて、ただ呆然と立ち尽くすか、地面を転げ回っていた。
完璧な統率を誇った「壁」は、今や、恐慌と混乱に支配されたただの烏合の衆と化していた。
その轟音を合図として、私とアノンは同時に地を蹴った。
爆音による聴覚麻痺と、閃光による眩暈。
その硬直から抜け出せない騎士たちの間を、私達は疾風となって駆け抜ける。
アノンの長刀が薙げば数人の首が飛び、私もまた、ナイフを逆手に、抵抗する力もない兵士たちの喉を、的確に切り裂いていく。
舞い散る血と肉片の雨の中、私は、静かに呟いた。
「……さあ、道は開いたわ。行きましょうか」
硝煙の中、私たちは、皇帝が待つ演台へと、再び、歩を進めた。
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