第52話 帝都ガラド
帝都ガラドの城門前に、私たちの馬車は差し掛かる。
「……所長、報告によると、この門に魔力測定器の設置は確認されませんでした」
「そう。なら、このまま進んで」
城壁を越えた瞬間、視界に広がったのは、威圧感すら覚えるほどの、巨大な都市の姿だった。
私たちは中心部から少し離れた場所で馬車を降り、巡礼者のローブを纏ったまま、帝都の状況を見て回る。
石畳の大通りは広く、磨き上げられた白亜の建物が、天を衝くように立ち並んでいる。
道の両脇には、金で縁取られた帝国の旗が風にたなびき、中央を、一糸乱れぬ騎士団の騎馬隊が、馬蹄の音を響かせて堂々と進んでいく。
街路を優雅に歩く貴族たち、上品な声で商品を売り込む商人たち。
その華やかさの裏で、鎧姿の衛兵たちの鋭い視線が、絶えず民衆に注がれている。
シオンが仕掛けた、革命軍による破壊活動を警戒しているのだろう。
その首謀者が、巡礼者のローブを着て、すぐ側を歩いているとは、夢にも思うまい。
だが、その華やかさは、薄っぺらい皮膜に過ぎなかった。
一歩、裏路地へ足を踏み入れれば、そこには全く別の顔が広がっている。
薄汚れた建物が密集し、日も差さぬ軒先で、人々が密談を交わす影が見える。
細く入り組んだ路地では、物乞いが力なくうずくまり、顔を隠した密偵らしき者たちが行き交っていた。
メサリアでの敗戦と、国境への過剰な兵力配置、そして革命軍の破壊工作。
その全てが、庶民の生活を、確実に蝕んでいる。
大通りの、取り繕われた繁栄とは裏腹に、この帝都の闇は、あまりにも濃く、そして深い。
これこそが、私の望んだ状況だった。
広場では、ローブを深く被った男が、熱に浮かされたように叫んでいた。
「……聞け、虐げられし者たちよ! 帝都は腐敗し、我らは見捨てられた! だが、希望は東にあり! 混沌の聖女様こそが、我らを救済してくださるのだ!」
シオンの流言は、すでに、このような狂信的なカルトを生み出しているらしい。
◆
下町の、一見すると寂れた料理屋。
その奥の隠し部屋で、私たちは、最後の作戦会議を開いていた。
革命軍の息がかかった、安全な拠点だ。
「シオンの工作が、予想以上に効いているようね」
私が言うと、シオンは静かに頷いた。
「もともと、メルギド伯がサンジェルマン領への侵攻を企てたのも、昨年の記録的な不作が原因でしたので。民衆の不満は、すでに沸点に達しておりました。そこへ、我らが少し、火をつけたまでです」
「貧すれば鈍する、か。国境に大部隊を貼り付けているだけでも、帝国の財政には、相当なダメージになっているはずね」
「はい。所長がメサリア攻防戦で敵一個師団を事実上、皆殺しにしたのが、何よりも効いております。王国側からの侵攻を恐れ、そしてその憂いを断つために王国に侵攻するために、帝国は、失われた兵力以上の戦力を国境に配置せざるを得ない。結果、帝都は今、穴だらけです。さて……どう、この国をどう征服しましょうか?」
「宮殿の聖域で、皇帝による講話が行われる、その時を狙うわ」
私の提案に、アノンが、初めて異を唱えた。
「それは、暗殺とは言えん。衆人環視の中、正面から突入するなど、あまりにも難度が高すぎる。破星、お前へのリスクが大きすぎる」
「いいえ、アノン殿」
シオンが、アノンの言葉を制した。
「それこそが、『革命』です。密室での暗殺など、ただのテロ行為。旧権力者の死と、新たなる指導者の誕生を、貴族、聖職者、官僚、そして民衆、その全てに見せつける、劇的な舞台が必要なのです」
「そうよ」と、私は続けた。「旧体制の人間たちに、私が新たな支配者だと認めさせ、彼らを恭順させるための、『儀式』が必要なの」
「だが、帝都防衛第三軍は、革命軍の謀略で弱体化しているとはいえ、一万人を超える大部隊だ。連中に宮殿を包囲されれば、我々だけでは突破は難しい」
アノンの指摘は、もっともだった。
「そこは、大丈夫。強力な『助っ人』を呼ぶから」
私が、にやりと笑うと、シオンは全てを察したように、恍惚とした表情を浮かべた。
「その『助っ人』たちが、宮殿の外で派手に暴れてくれれば、第三軍の大多数は、皇帝の救援には来られないはずよ」
「……フフフ、やはり、メサリアの再現をやりますかな、この帝都で、混沌の聖女よ」
シオンが、震える声で呟く。
「宮殿の外は、血の嵐が吹き荒れる。だから、私たちの相手は、皇帝本人と、彼を護る直属の近衛部隊だけに絞られる」
「……でしょうな」
シオンは、深く、深く、頭を下げた。
「そう、革命軍は、貴重な戦力よ。無駄死にさせるわけにはいかない。作戦決行の日、帝都から、一時的に全員を撤収させなさい」
「……! 御心のままに」
シオンの、私への忠誠が、また一段、深まったのを感じた。
◆
数日後。
帝都には、春の、穏やかな風が吹いていた。
皇帝の講話を聴くために、多くの巡礼者たちが、宮殿を目指して、祈るように歩いていく。
強大な魔力を持つという皇帝は、国が傾きかけている今なお、これだけの信仰を集めている。
そして、今から、私は、この春めいた帝都に、血の雨を降らせるのだ。
私の描いた、完璧なシナリオ通りに。
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