第51話 帝国への静かなる侵攻
王立魔法学園の休学騒動から数日。
私は、久しぶりにメサリアの拠点へと戻っていた。
私が不在の間も科研の建設は突貫工事で進められており、その無機質で巨大な外観は、すでに完成に近づいている。
上々の滑り出しだ。
今日、その一室で、最高安全保障会議と称した作戦会議が開かれていた。
参加者は、私、アノン、シオンの三名のみ。
議題は一つ。敵国、ロキヌス帝国への対応だ。
和平会談の決裂以降、国境を抱えるサンジェルマン領は、帝国からの露骨な軍事的圧力に晒され続けていた。
「かなりの数を葬ったはずなのに、国境線の向こうで軍事演習を繰り返しているロキヌスの兵団は、一体どこから湧いてきたの?」
私が広げられた地図を眺めながら問うと、シオンが淀みなく報告する。
「潜入している革命軍の工作員からの報告では、帝都防衛第一軍が、国境に展開を完了したとのことです」
「やはり。メサリア侵攻軍を丸ごと失ったことで、力の均衡が崩れた。その穴を埋めるために、中央の兵力を引き抜いてきたわけね」
「さらに、今回の和平会談の破談を受け、帝都防衛第二軍も、現在、国境に向けて移動中との情報が入っております。敵軍の我が国への侵攻準備は着々と進んでいる状況です」
「……つまり、今、帝都方面に配置されているのは、第三軍のみ、と」
「はい。メサリア攻略戦の歴史的敗北と、和平会談での醜態により、今、帝都ガラドでは、政情不安が深刻化しているとのこと。今回の危機的状況は、所長のご決断どおり、皇帝やメルギド伯を含めた貴族どもを駆逐する、最良の機会でもあるわけです」
「こちらの守りはどうなっているの?」
「メサリアの城壁は完全に修復され、以前よりも強化されています。兵站物資も続々と運び込まれ、王都から派遣された騎士団も到着済み。もし、再侵攻を受けても、前回とは違い、二ヶ月は籠城可能かと」
「一応、メサリアの守りは整いつつあるわけね。しかし、王都の方は、舞踏会襲撃があったから、多少は警戒が厳しくなっているでしょうけど、一度攻め込まれれば、大きな被害は免れないでしょうね」
「しかし、混沌の聖女たる所長が自ら打って出られる。我々だけで、敵国のど真ん中に潜入して大暴れするなんて、そんな滅茶苦茶で大胆不敵な作戦、どんな兵法書を紐解いても、ありえませんよ。本当に素晴らしい」
シオンの言葉に、私は静かに頷いた。
「残念だけど、のんきに学校に行っている場合ではないわ。ところで、科研で開発している新兵器は、もう完成した?」
「家畜小屋や家の便所を回って作り出したあれですか、魔法に比べて科学はめんどくさいと科研の職員がぼやいていましたよ。一応所長の設計通りに作りましたが、まだ量産化には量が確保できず」
「この程度でぼやくとは、科学者にあるまじきことだわ。とりあえず、試作品でもいい、試験をしてから今回、帯同するので準備をして」
「御意に」
「……破星。その制服姿、なかなか様になっているな」
今まで黙って話を聞いていたアノンが、唐突に口を開いた。しかも、どうでもいい話題で。
「これ、ドレスやメイド服より、ずっと動きやすいから。自分で着脱できるし」
「姿だけを見れば、普通の女学生と変わらん。……話している内容が、国家存亡に関わることだという点を除けばな」
普通の言説ができなくて、悪かったわね。
「破星。こんな無茶なことを、本当にやるのか?」
アノンの声が、不意に、真剣な響きを帯びた。
「付き合いは長い。昔のお前なら絶対にしないことだ。それでも今は、お前の意図がなんとなく分かる。だが、遠くへ逃げるなら今だぞ」
彼の、その射抜くような視線は、先日、タウンハウスの寝室で、鏡の中の自分自身に向けた問いを思い出させた。
『あなたはどうしたいの』
あの時、答えは出なかった。だが、今は違う。
「……矛盾しているかもしれないわね。でも、私は、最初から矛盾だらけの存在だから」
彼には、全てを見透かされているのかもしれない。
「王国と帝国の全面戦争を回避するためか?」
「状況を分析する限り、私達が動かなければ、そうなるのは時間の問題だわ。ロキヌスにはゲーレンがいる。もっと強い奴がいるかもしれない。だから、私達だって次にやりあって勝てる保障はない。なら、足手まといが沢山いるここや王都で開戦するより、私達があちらに行って戦った方が、私の生存確率が高まるでしょ」
「この道を進めば、もう、引き返せなくなるぞ……いいのか本当に」
その言葉が、私の胸に突き刺さる。
それでも、進まなければならない。そう、思えてしまうのだ。
昔の私なら、この王国が蹂躙されようとも、気にもしなかっただろうに。
「……ありがとう、心配してくれて。でも、決めたの」
平穏は、目指す。
だが、そのためには、まず、私を縛る過去も現在の状況も断ち切る必要がある。
ならば、二兎を追って、全てを手に入れるしかない。
「そうか。お前が決断したのなら、俺は、お前を守るだけだ。それが、俺の最重要任務だからな」
◆
会議を終え、食事に行くと、久々にバーンが席に着いていた。
「久しぶりね、バーン。何か、面白いものは見つかった?」
「はい、聖女様! 南方にあるサパー共和国の商人が、海路で持ち込んできた品なのですが、少し変わった物でしたので、購入してきました。ほら、ここの部分など、聖女様の銃によく似ていると思いませんか?」
バーンが、テーブルの上に、布に包まれた細長い物体を置く。
その形状は、私も、アノンも、よく知っているものだった。
「……擲弾発射器。こんなものまで、この世界に流れ着いているとはな」
これが、商人から買付できるとは。
この世界には、前世の遺物がまだまたたくさん眠っているのかもしれない。
「ありがとう、バーン。できれば、これの弾も見つけてほしい。あなたはカルテラドスに戻り、引き続き、この種の物を探して。国王からの資金援助も取り付けたから、大規模な買い付けを許可します」
「はい、聖女様!」
◆
帝国第二軍が国境へ展開を始めた、その日。
私たちは、ロキヌスの帝都ガラドへ向けて、旅立った。
正規の国境は封鎖されている。
だが、革命軍が確保している密貿易ルートを使えば、帝国への潜入は容易だった。
国境近くの革命軍の拠点で、私たちは、潜入のための最終準備を進める。
「ようこそ、シオン主席。こちらが、依頼されていた偽造許可証と、変装用の衣服です」
「感謝する、同志よ。我らが救世主が、悪辣な皇帝どもに、必ずや鉄槌を下されるであろう」
……その救世主が、私でないことを祈るわ。
「所長。これから馬車で帝都へ向かいます。その前に、こちらのローブをお召しください」
シオンから手渡されたのは、頭からすっぽりと被るタイプの、粗末な巡礼者のローブだった。
「そして、この許可証を。革命軍謀略部の自信作です。まず、見破られることはないでしょう」
彼の自信通り、拠点を出発してから三つの検問を抜けても、私たちの正体が露見することはなかった。
帝都へ向かう馬車の中、私はシオンに、最終的な作戦指示を与えていた。
「シオン、帝都での流言を、さらに加速させなさい。そうね、『井戸水に毒が撒かれた』『街の外に、魔族の大軍が現れた』あたりがいいかしら。市民の不安を煽り、帝都から郊外へと押し出すの」
「かしこまりました」
「併せて、帝都防衛第三軍の、さらなる弱体化も進めて。兵糧庫への放火、武器庫の破壊。革命軍による、あらゆる破壊活動を許可します」
「……御心のままに」
「それと、帝都の魔力測定器の配置状況は?」
「はっ。帝都到着までに、必ずや」
「色々と、仕込みが必要なのよ」
帝都防衛第一軍、第二軍が、国境に張り付いている、今。
首都に残された、唯一の戦力である第三軍を、革命軍の謀略で内側から崩壊させる。
そして、最後に、私たちが皇帝の首を取る。
それが、私の描いた、基本的なシナリオ。
だが、本当の目的は、別にある。
派手に動き、ロキヌス帝国という国家そのものを揺さぶれば、あの男――ゲーレンが、何らかの動きを見せるはずだ。
再び奴との戦闘になるかもしれない。
これは、戦争であると同時に、私の過去を暴き出すための、壮大な「観測実験」でもあった。
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