表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二計画  作者: 喰ったねこ
第四章:帝国編
61/110

閑話:完璧な聖女の瑕瑾

王都にある、我がナイジェル公爵家のタウンハウスの一室。


わたくしは、鏡の前に立ち、そこに映る自分自身の姿を、ただ無表情に見つめておりました。

緩やかに波打つ、月光のような銀髪。雪のように白い肌。ナブラ王国の貴族社会において、そして、次期大聖女候補として、完璧と謳われる、わたくし、セレニティ・ナイジェルの姿。

ですが、そのエメラルドグリーンの瞳の奥には、今、生まれて初めて知る、醜い感情が渦巻いておりました。


(……ありえない)


今日の、あの入学式での出来事。

思い出すだけで、指先が屈辱に震えます。


あの、サンジェルマンの隠し子。リオとかいう、出自不明の娘。

まず、魔力測定の儀式で、あろうことか、王国に数台しかない貴重なアーティファクトを破壊いたしました。あれを、周囲の愚かな者たちは、彼女の魔力が強大すぎたが故の事故だと、感嘆しておりましたけれど、笑止千万。

あれは、まともな魔力を持たぬが故に、測定から逃れるための、野蛮で、見え透いた小細工に決まっておりますわ。


結果、当然のように、最低ランクのFクラスに配属される。

わたくしと同じ、大聖女候補を名乗りながら。

わたくしが、血の滲むような努力の末に、最上級のα1クラスに選ばれたというのに。


そこまでは、よかったのです。

彼女が、ただの無能な道化であることが、公の場で証明されたのですから。


ですが、あの娘は、そこからが、常軌を逸しておりました。


わたくしたちが、その当然の結果を少しばかり揶揄して差し上げれば、あろうことか、その全てを無視。

そして、第一王子殿下に向かって、唐突に、隣国への「戦争」を宣言したのです。

まるで、子供がままごとでもするように。

挙句の果てには、その日のうちに「休学」ですって?


入学式を、国と国との争いの口実作りの場とし、自らの力を誇示するためだけの舞台として利用した。

王立魔法学園の、あの神聖な伝統と権威を、彼女は、たった一人で、土足で踏みにじって見せたのです。


(……なんという、冒涜)


わたくしは、物心ついた時から、この国のため、神の御心に仕える「大聖女」となるべく、全てを捧げてまいりました。

一分の隙もない、完璧な淑女であるための礼儀作法。

王国の歴史と、神聖魔法の理論。

そして、夜を徹して行う、魔力の鍛錬。

その全ては、神に選ばれた高貴なる血筋の者として、果たすべき義務だと信じてきたから。


聖女の力とは、清らかで、気高く、美しくなければならない。

人々の心を癒し、導く、聖なる光でなければならない。


ですが、あの娘は、どうです?

彼女の周りには、いつも、血と、暴力と、そして、爆炎の匂いが付き纏う。

その力は、あまりにも禍々しく、破壊的で、混沌としている。

隣国との舞踏会を完全に粉砕した、あれの、どこが、聖女ですというの!


「……セレニティ」

背後から、セラス第二王子殿下が、優しく肩を抱いてくださいました。

「まだ、あの女のこと考えているのかい? 気にする必要などないさ。Fランクに配属された、ただの成り上がりだ」

「ですが、殿下。あの方のやり方は、あまりにも……」

「ああ、野蛮で、下品極まりない。父である国王陛下も、眉をひそめておられた。いずれ、必ず化けの皮は剥がれる。僕と君のナイジェル家の力をもってすれば、サンジェルマンの小娘一人、潰すことなど、容易いことさ」


セラス殿下は、そう仰ってくださいます。

ですが、わたくしの胸の奥で渦巻く、この得体の知れない感情は、ただの怒りや侮蔑だけではないのです。


そこには、確かに、ほんの僅かな――畏れが、混じっていた。


なぜ、あれほどの力を持つアザック様が、あんな小娘に、一撃で敗れたのか。

なぜ、あの混沌とした力は、わたくしの知る、どんな魔法の理にも当てはまらないのか。

そして、なぜ、あんなにも無作法で、野蛮で、聖女の欠片もない娘に、エイデン第一王子は、あのような熱い視線を送られるのか。


……いいえ。思い出すべきは、あの夜のこと。

舞踏会での、あの悪夢。

ロキヌスの刺客たちが、自爆のために展開した、あの死の結界。

わたくしの聖なる光も、セラス殿下のお力も、そして、あの大聖女アウレリア様の魔法でさえ、あの禍々しい障壁の前では、全てが無力でした。

わたくしは……ただ、恐怖に震え、逃げ出すことしか考えられなかった。聖女候補として、あるまじき醜態。

それなのに、あの娘は……。

まるで、散歩でもするように、あの絶望の壁を、すり抜けてみせたのです。そして、鉄槌のような拳で、テロリストたちを、虫けらのように叩き潰していった。

あれは、救済ではありません。あれは、ただの蹂躙。力なき者が、さらに大きな、理解不能な力によってねじ伏せられる、冒涜的な光景。

あの瞬間、あの場にいた誰もが、理解したはずです。本当の「怪物」は、どちらであったのかを。


(……分からない。何もかもが、分からない)


わたくしは、セレニティ・ナイジェル。

この世界で、最も神の力に愛され、完璧であるはずの存在。

その、完璧だったはずのわたくしの世界に、あのリオという娘は、たった一滴、落ちたのです。

全てを汚し、乱していく、泥水のように。


いいえ。

認めてはなりません。

わたくしは、ナイジェル公爵家のセレニティ。次期大聖女に、最も相応しい女。

あの、偽物の聖女の化けの皮は、このわたくしが、必ずや剥がしてみせます。

この国の秩序と、神聖なる魔法の誇りを、守るために。


わたくしは、決して、負けはしない。

読んで頂きありがとうございます。

ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ