閑話:完璧な聖女の瑕瑾
王都にある、我がナイジェル公爵家のタウンハウスの一室。
わたくしは、鏡の前に立ち、そこに映る自分自身の姿を、ただ無表情に見つめておりました。
緩やかに波打つ、月光のような銀髪。雪のように白い肌。ナブラ王国の貴族社会において、そして、次期大聖女候補として、完璧と謳われる、わたくし、セレニティ・ナイジェルの姿。
ですが、そのエメラルドグリーンの瞳の奥には、今、生まれて初めて知る、醜い感情が渦巻いておりました。
(……ありえない)
今日の、あの入学式での出来事。
思い出すだけで、指先が屈辱に震えます。
あの、サンジェルマンの隠し子。リオとかいう、出自不明の娘。
まず、魔力測定の儀式で、あろうことか、王国に数台しかない貴重なアーティファクトを破壊いたしました。あれを、周囲の愚かな者たちは、彼女の魔力が強大すぎたが故の事故だと、感嘆しておりましたけれど、笑止千万。
あれは、まともな魔力を持たぬが故に、測定から逃れるための、野蛮で、見え透いた小細工に決まっておりますわ。
結果、当然のように、最低ランクのFクラスに配属される。
わたくしと同じ、大聖女候補を名乗りながら。
わたくしが、血の滲むような努力の末に、最上級のα1クラスに選ばれたというのに。
そこまでは、よかったのです。
彼女が、ただの無能な道化であることが、公の場で証明されたのですから。
ですが、あの娘は、そこからが、常軌を逸しておりました。
わたくしたちが、その当然の結果を少しばかり揶揄して差し上げれば、あろうことか、その全てを無視。
そして、第一王子殿下に向かって、唐突に、隣国への「戦争」を宣言したのです。
まるで、子供がままごとでもするように。
挙句の果てには、その日のうちに「休学」ですって?
入学式を、国と国との争いの口実作りの場とし、自らの力を誇示するためだけの舞台として利用した。
王立魔法学園の、あの神聖な伝統と権威を、彼女は、たった一人で、土足で踏みにじって見せたのです。
(……なんという、冒涜)
わたくしは、物心ついた時から、この国のため、神の御心に仕える「大聖女」となるべく、全てを捧げてまいりました。
一分の隙もない、完璧な淑女であるための礼儀作法。
王国の歴史と、神聖魔法の理論。
そして、夜を徹して行う、魔力の鍛錬。
その全ては、神に選ばれた高貴なる血筋の者として、果たすべき義務だと信じてきたから。
聖女の力とは、清らかで、気高く、美しくなければならない。
人々の心を癒し、導く、聖なる光でなければならない。
ですが、あの娘は、どうです?
彼女の周りには、いつも、血と、暴力と、そして、爆炎の匂いが付き纏う。
その力は、あまりにも禍々しく、破壊的で、混沌としている。
隣国との舞踏会を完全に粉砕した、あれの、どこが、聖女ですというの!
「……セレニティ」
背後から、セラス第二王子殿下が、優しく肩を抱いてくださいました。
「まだ、あの女のこと考えているのかい? 気にする必要などないさ。Fランクに配属された、ただの成り上がりだ」
「ですが、殿下。あの方のやり方は、あまりにも……」
「ああ、野蛮で、下品極まりない。父である国王陛下も、眉をひそめておられた。いずれ、必ず化けの皮は剥がれる。僕と君のナイジェル家の力をもってすれば、サンジェルマンの小娘一人、潰すことなど、容易いことさ」
セラス殿下は、そう仰ってくださいます。
ですが、わたくしの胸の奥で渦巻く、この得体の知れない感情は、ただの怒りや侮蔑だけではないのです。
そこには、確かに、ほんの僅かな――畏れが、混じっていた。
なぜ、あれほどの力を持つアザック様が、あんな小娘に、一撃で敗れたのか。
なぜ、あの混沌とした力は、わたくしの知る、どんな魔法の理にも当てはまらないのか。
そして、なぜ、あんなにも無作法で、野蛮で、聖女の欠片もない娘に、エイデン第一王子は、あのような熱い視線を送られるのか。
……いいえ。思い出すべきは、あの夜のこと。
舞踏会での、あの悪夢。
ロキヌスの刺客たちが、自爆のために展開した、あの死の結界。
わたくしの聖なる光も、セラス殿下のお力も、そして、あの大聖女アウレリア様の魔法でさえ、あの禍々しい障壁の前では、全てが無力でした。
わたくしは……ただ、恐怖に震え、逃げ出すことしか考えられなかった。聖女候補として、あるまじき醜態。
それなのに、あの娘は……。
まるで、散歩でもするように、あの絶望の壁を、すり抜けてみせたのです。そして、鉄槌のような拳で、テロリストたちを、虫けらのように叩き潰していった。
あれは、救済ではありません。あれは、ただの蹂躙。力なき者が、さらに大きな、理解不能な力によってねじ伏せられる、冒涜的な光景。
あの瞬間、あの場にいた誰もが、理解したはずです。本当の「怪物」は、どちらであったのかを。
(……分からない。何もかもが、分からない)
わたくしは、セレニティ・ナイジェル。
この世界で、最も神の力に愛され、完璧であるはずの存在。
その、完璧だったはずのわたくしの世界に、あのリオという娘は、たった一滴、落ちたのです。
全てを汚し、乱していく、泥水のように。
いいえ。
認めてはなりません。
わたくしは、ナイジェル公爵家のセレニティ。次期大聖女に、最も相応しい女。
あの、偽物の聖女の化けの皮は、このわたくしが、必ずや剥がしてみせます。
この国の秩序と、神聖なる魔法の誇りを、守るために。
わたくしは、決して、負けはしない。
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