第50話 王立魔法学園
「所長。ロキヌス国境の動きが、日増しに激しくなっています。現地の革命軍からの報告によれば、帝国軍の大部隊が、国境に向かって移動中とのこと」
入学式を明日に控えた夜。
シオンとの定例会議は、不穏な報告から始まった。
「軍事的な圧力、というレベルではなさそうね。私の暗殺に失敗した以上、メルギドに、まともな侵攻を仕掛ける勇気など残ってはいないと思っていたけれど」
「彼が、というより、帝国の強硬派が、今回の和平交渉決裂を口実に、本格的な開戦準備を進めている可能性があります。最早、侵攻は時間の問題かと」
「そう。明日はせっかくの入学式だというのに、随分と忙しい話だわ」
「帝国の侵攻予想ルートは2パターン、メサリアを攻略するルート、或いは電撃作戦で直接この王都を攻略する可能性もあり得るかと」
シオンは科研で最近作成された詳細な地図を開き、侵攻が予想される場所を示した。
ナブラ帝国は平原地帯がその多くを占め、メサリアを迂回してしまえば、王都まで一直線に攻め込むことが可能だった。ただ、メサリアを攻略していない場合、侵攻軍は兵站を切断され、更に王都とメサリアの兵力に挟撃されるから、通常の軍略ではまずやらない。
しかし、ゲーレンがいれば、そんな盤面そのものを木っ端微塵に吹き飛ばしてしまうだろう。王都直接攻略が現実味を帯びている。
「ゲーレンレベルの敵が居たら、今度はあんな奇策で守り切れるかわからない。特に、王都はメサリアと違って巨大だし、城壁の外側にも街が広がっている。守るには適していない街だわ」
「したがって、迎撃する場合、敵の侵攻ルートを予測して、防衛陣地の構築が必要かと思います」
「この国の指導部は、ちゃんと動いているのかしら?」
「腐りきった貴族の現状がどうかは、公爵令嬢である所長が良くご存知でしょう? それなりに防衛を固めているとは思いますが、帝国軍の練度を考えると」
シオンが提示した地図の上で、帝国軍の赤い駒が王都へと迫る。それは、数日前から私の心の中で揺れ動いていた天秤に、決定的な重りを乗せるに十分な報告だった。平穏は、待っているだけでは決して訪れない。この冷たい事実が、心の奥底にあった迷いを、ゆっくりと凍らせていく。
「状況はよくわかったわ。少し一人にしてもらえる」
「かしこまりました。所長。まずは入学式を恙無くお済ませください」
そう言うと、シオンは部屋を出て行った。
結局は、ゲーレンの言う通りになるのか。
その夜、私は久しぶりに、眠れぬ夜を過ごした。
◆
入学式当日。
私は、サンジェルマン家の馬車で、王立魔法学園アルケイン・アカデミアへと向かった。
真新しい制服に身を包み、学校へ通う。
それは、かつての私が夢見た「普通」の光景に、ほんの少しだけ近いのかもしれない。
深い霧が立ち込める森を抜けると、天を衝くような巨大な校門が、その威容を現した。
門をくぐると、正面には、白亜の大理石で造られた、城のように荘厳な本校舎がそびえ立っている。
高く掲げられた尖塔の頂では、金色の時計が、魔法の光で時を刻んでいた。
(……やはり、この場所を、私は知っている)
この光景に、もはや既視感という言葉では生ぬるいほどの、確信があった。
ホパ村の村娘だったリオが、王侯貴族しか入れぬこの場所を知っているはずがない。
だとしたら、これは――「私」自身の記憶なのか?
でも、それもおかしい。
入学式は、広大な講堂で執り行われた。
眠気を誘う校長の長い祝辞が終わると、いよいよ、新入生が一人ずつ壇上に上がり、自らの「適合度」を測定するという、恒例のイベントが始まった。
この光景もまた、私の記憶の中のそれと同じだった。
(……いったいどこで)
だが、何かが違う。そこに「私」は居ただろうか?
そして、戦術皮膚や銃といった、科学の産物はあっただろうか。
そこは、魔法しかない中世世界だった。
そして、私ではない、他の娘が王子様に見初められて、この学園で愛をはぐくみ、しあわせな結婚したのではなかったか。
その娘は一体、誰だったっけ?
答えは出ない。
そして、私の番が、刻一刻と近づいてくる。
(……まずい)
このまま測定器に触れれば、私のマイナス値が白日の下に晒され、そして、最悪の場合、この王都の真ん中に、魔族を呼び寄せてしまう。
なんとかして、この場を誤魔化さなければ。
ついに、私の名前が呼ばれた。
大聖女候補の登場に、生徒も、教師も、固唾をのんで私を見守っている。
私は、おもむろに魔力測定器に近づくと、その水晶の台座に、そっと手をかざした。
――その、刹那。
測定器が作動し、警報を発する、コンマ数秒の隙を突き、私は戦術皮膚で硬化させた鉄拳を、残像すら見えぬ速度で叩き込んだ。
指は広げたままだ。
常人の目には、私が手を置いた途端、その強大すぎる魔力に耐えきれず、装置がオーバーロードを起こして爆発したように見えただろう。
ガシャン! という派手な音と共に、アーティファクトが、木っ端微塵に砕け散った。
「ば、馬鹿な! 測定器が、爆発しただと!?」
測定を担当していた教師が、呆然と呟く。
「……貴重なアーティファクトが、壊れてしまったようですね。仕方ありませんわ」
私は、さも当然という涼しい顔で、元いた場所へと戻った。
「え、ええと……君の適合率は測定不能だが……。これ以上、貴重な測定器を壊すわけにもいかんので、もう、不明でよい!」
「クラス分けですが、数値が証明できなければ、当学院の規則により、最低ランクのFランクとなります」
「結構ですわ」
一番下のクラス。好都合だ。
そもそも、魔法が使えないのに、この学校で学ぶことなど、何一つないのだから。
クラス分けが終わり、上級生が新入生の案内役として講堂に入ってくる。
その中には、エイデンやセラス、そしてセレニティの姿もあった。
「君が、僕と同じFランクだと? そんな馬鹿なことがあるか!」
エイデンが驚きの声を上げる。
「ははは、兄上とお似合いではありませんか! 大聖女候補がFランクとは、傑作だ!」
セラスが、大声で私を嘲笑った。
「そうよ。サンジェルマン家の実力など、その程度ということですわ。セレニティ様は、最上級のα1クラス。Fランクの分際で、張り合おうなどと、身の程を知りなさい!」
セレニティの取り巻きたちが、甲高い声で追従する。
私は、その幼稚な挑発を、完全に無視した。
そして、隣に立つエイデンに、全く別の話題を振る。
(この学園、この制服、そして隣に立つ優しい王子。これらは全て、私が夢見た「平穏」の象徴。ならば、今、この手で、それを自ら壊してしまおう)
「ねえ、エイデン殿下。私、近いうちに、ロキヌス帝国に戦争を仕掛けることにしましたの」
「……は? せ、戦争!?」
「ええ。舞踏会で、私に喧嘩を売ってきたでしょう? ならば、国ごと滅ぼして、後顧の憂いを断っておこうかと思いまして。昨夜、その結論に至ったのだけれど、殿下はどう思われます?」
冗談ではない。本気だ。
遅かれ早かれ、戦端は開かれる。
ならば、こちらのコントロールできる状況で、先手を打つ。
それが、最も合理的な判断だ。
私の拠点の安全を脅かす存在は、完全に排除する。
「い、いくら貴女に力があるからといって、一国を相手に、正気ですか!?」
「私の命に従う騎士団と、あと二つの秘密の軍団を投入して、帝都ガラドを急襲し、皇帝を排除するつもりですわ」
「帝都を、急襲……!? まさか、この前の舞踏会の敵と同じことを?」
「ええ。アノン」
私が名を呼ぶと、いつの間にか、アノンが背後に控えていた。
「脅威は、元から断つか、破星」
「そして、シオン。私の意図、分かったわね? 私に喧嘩を売ると、どうなるか。彼らに、本当の力を見せてあげないと」
「御心のままに、所長。混沌の聖女による、世界征服の第一歩が、今、始まるのですね! 素晴らしい!」
講堂の柱の陰から、シオンが、恍惚とした表情で現れた。
「――というわけで、入学したばかりで申し訳ないけれど、明日から、休学させていただきますわ」
私は、唖然とする教師や、何かを叫んでいるセレニティたちを尻目に、そう言い残した。
そして、アノンとシオンと共に、入学したての学園を、その日のうちに後にした。
「お待ちください、姫君!」
講堂から出てきた私を、エイデン王子が追いかけてきた。
「また、死地へ飛び込むおつもりですか!」
「私の平穏を邪魔する輩がいるのです。それを、予め掃除しておくだけ。平和のための、武力行使というやつですわ」
「何も、姫君ご自身が乗り込まれなくても……! 貴女は、もっとご自分を大切になさるべきだ!」
「……私も、できることなら、そうしたいのだけれど」
「分かりました。では、僕もご一緒します。今度こそ、僕が、貴女を守りましょう」
王子の、突然の提案。
昔の私なら、捨て駒として喜んで同行を許しただろう。
しかし、リオと混ざり、弱くなった今の私には、それはできなかった。
これは、私の温情だ。
「結構です。貴方の体術は、なかなかのものですが、私の生存確率の向上には、全く寄与しない。……どころか、逆に、著しく低下すると思われますので」
足手まといだと言っているのだ。
彼がいる方が、私は危険に晒される。
「……っ」
「同行は、許しません」
サンジェルマン家の馬車に乗り込み、私たちは、唖然とするエイデン王子を、その場に置き去りにした。
それにしても、この学校の制服。
ドレスより動きやすいし、自分で着られるのが、何よりもいい。
こうして、私は、王立魔法学園に入学した、その日に、休学することになったのである。
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