閑話 街の人々
魔族との戦いから、数ヶ月の月日が流れた。
先日、ロキヌス帝国軍の侵攻をも防ぎ切った街は、奇跡的な復興を遂げつつあった。破壊された城壁は再建され、活気を取り戻した市場には、人々の明るい声が響き渡っている。
その中心地にある、一軒の酒場。そこでは、一人の男の快気祝いが、仲間たちによってささやかに行われていた。
「おい、ダレク! 本当に、その腕、もういいのか?」
「ああ、見てくれよ。この通りだ」
ダレクと呼ばれた屈強な男――大工の彼は、嬉しそうに、太い右腕を曲げたり伸ばしたりしてみせた。その腕には、もう何の傷跡も残っていない。
「信じられねえ。お前、あの『悪鬼のテント』にいたんだろ? 俺の知り合いもいたが、毎晩うなされてたぜ。『聖女様じゃねえ、あれは拷問官だ』ってな」
仲間の言葉に、ダレクは苦笑いを浮かべた。
「……正直に言う。俺も、最初はそう思ってたさ」
彼は、エールを一口呷ると、まるで遠い昔を思い出すかのように、語り始めた。
「俺の腕は、魔族にやられて、あり得ねえ方向に折れ曲がってた。そこに、あのリオ様がやってきてな。白衣を着た、そりゃあ綺麗な嬢ちゃんだ。だが、その目が、笑ってなかった」
酒場にいた者たちが、興味深そうに彼の話に耳を傾ける。
「彼女は、何の痛みを消す魔法もなしに、俺の腕を掴むと、ひと思いに、まっすぐに引き伸ばしやがった。ゴキリ、って骨がはまる音が、自分の頭に響いてな。あの痛み……今思い出しても、鳥肌が立つ。隣のテントからは、ラナ様の優しい光が見えて、『なんで俺だけこんな目に』って、本気で呪ったもんさ」
「だよな! ラナ様の治癒魔法を受けた連中は、その日のうちに、痛みが消えたって言うじゃねえか!」
「ああ。俺のダチのトムも、その一人だった。あいつは、足の骨折だったが、すぐに治って、俺のことを見舞いに来ては、俺の運のなさを散々笑っていったよ。一ヶ月前まではな」
ダレクは、そこで言葉を区切った。
「……トムは、今、杖をついて歩いている。骨が、少し曲がったままくっついちまったんだ。もう、畑仕事で、重い鋤を担ぐことはできねえだろう、とよ」
彼は、そう言うと、今度は、自分の右腕を、愛おしそうに撫でた。
「だが、俺の腕はどうだ? 完全に、元通りだ。昨日、棟梁にも『前より、腕っぷしが上がったんじゃねえか』って、太鼓判を押されたぜ」
「……」
仲間たちが、息をのむ。
「あの痛みは、本気で俺たちの未来を考えてくれたからこその、必要な痛みだったんだ。ただ痛みを消すだけの、その場しのぎの奇跡なんかじゃない。俺たちの生活を、人生を、根本から救ってくれた。……それが、俺たちの聖女様、リオ様の『治癒』なんだよ」
「……うちの亭主も、そう言ってたわ」
別のテーブルから、幼い子供を抱いた母親が、静かに会話に加わった。
「夫も、あのテントにいました。夫が言うには、リオ様は、治療の後、必ず、栄養のあるスープを、ご自身の手で、一人一人に食べさせてくれたそうです。『治癒とは、傷を塞ぐだけでは終わりません。その後の、ご自身の回復力が、何よりも大切なのです』と、そう言って」
ダレクは、深く、頷いた。
「ああ。あの方は、俺たちの体の傷だけじゃなく、その先の人生まで、見据えてくれていたんだ」
酒場の隅で、彼らの会話を聞いていた一人の行商人が、ぽつりと呟いた。
「……噂は、本当だったんだな」
彼は、目を輝かせ、興奮したように身を乗り出した。
「あんたたちの話、もっと聞かせてくれねえか!? 今、大陸中の商人たちの間で、メサリアの新しい聖女様の噂で、持ちきりなんだ! 『メサリアの英雄』だの、『本物の聖女様』だの、いろんな呼び名があるが、誰もが、その本当の御業を知りたがってる!」
その夜、酒場に集った人々は、皆、同じ思いを胸に、祝杯を上げた。
「俺たちを救ってくれた、本当の聖女様に!」
「乾杯!!!」
その声は、復興を遂げたメサリアの夜空に、高らかに、いつまでも響き渡っていた。
そして、その声は、行商人たちによって、やがて、ナブラ王国中に、一つの真実として、広まっていくことになる。
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