第47話 王宮にて
舞踏会の惨劇から数日後。
私は、再び国王の前に立っていた。
場所は、先日、私が盛大に転倒してみせた、あの謁見の間だ。
居並ぶ貴族たちの視線には、もはや嘲笑の色はない。
代わりに、畏怖と、探るような好奇心が渦巻いていた。
「聖女リオ・テス・サンジェルマン公爵令嬢。この度の王都防衛、誠に大儀であった」
玉座から響く、国王アルダンの威厳に満ちた声。
「そなたがゲーレンと名乗る賊を退け、ロキヌスの凶行を阻止せねば、今頃、この王都は火の海と化していただろう。よって、そなたを大聖女の最有力候補として、ここに正式に宣言する。今後も、その力を、王国のために役立ててほしい」
現大聖女ですら対処できなかった脅威を退けた。
その実績が、私をこの地位に押し上げたのだ。
だが、国王の話は、それだけでは終わらなかった。
「ついては、そなたに頼みがある。これからしばらくの間、ぜひ、この王宮で暮らしてはくれまいか?」
(……王宮で、暮らす?)
その真意を、私の思考が瞬時に分析する。
あれほど厳重だったはずの王城の警備が、いとも容易く破られ、敵の侵入を許した。
つまり、これは、私を「用心棒」として、王宮の防衛力に加えたいという要請だ。
それならば、これは、千載一遇の好機。
大聖女を目指すのも、全ては科研に、国家レベルの支援を取り付けるため。
この交渉の席を、最大限に利用させてもらう。
「陛下。その有り難きお申し出、お受けいたします。しかしながら、一つ、条件がございます」
「ほう、申してみよ」
「今回の敵の一人、ゲーレンは、わたくしにとっても、まことの強敵でした。エイデン第一王子殿下も、直接会敵されているので、その点については、ご理解いただけるかと存じます」
ゲーレンの力は、今の私を上回る。単独で戦って、勝てる相手ではない。
「エイデンよ、姫君の申すことは、まことか?」
国王の問いに、腕を吊ったエイデン王子が、一歩前に出た。
「はい、父上。王宮に侵入した仮面の男は、特級魔族を遥かに上回る、超極大魔法を行使しました。さらに、魔法によらぬ接近戦闘においても、私の剣では全く歯が立たず……危ういところを、このリオ姫に助けていただいたのです。もし彼女がいなければ、この王城だけでなく、王都ごと、消し飛ばされていたのは、疑いようもございません」
(まあ、私がこの世界にいなければ、ゲーレンが王宮を襲撃したかも、極めて疑わしいが)
その言葉は、心の中にしまっておく。
奴が、規格外の強敵であることに、嘘はないのだから。
「確かに、あの夜、凄まじい閃光が闇を照らし、大広場に爆風が吹き荒れるのを儂も体験した。確かに大変な脅威と言えよう。して、姫君の要求とは、何か?」
「私といたしましては、あのような規格外の脅威に対応するため、我が科研の拡大を、早急に進めねばなりません。ですが、現状、何もかもが足りていないのです。優秀な人材も、潤沢な資金も」
「……つまり、王宮に滞在する条件として、科研への、王国からの全面的な資金援助と、人的資源の提供を約束せよ、と。そういうことかな?」
「ご明察、痛み入ります。それと、もう一点。サンジェルマン領へ、王国騎士団の追加派遣を要求いたします。ロキヌス帝国との和平が決裂した以上、国境の守りを、早急に固めるべきです」
「うむ。儂も、かねてよりそう考えておった。今、騎士団の派遣準備を進めているところじゃ」
「ありがとうございます。それでは、陛下からの温情、ありがたくお受けし、しばらくの間、王宮に滞在させていただきます」
私は、練習の成果通り、完璧なカーテシーをして、謁見を終えた。
◆
私に用意された部屋は、王宮の一角にある、広大なものだった。
蝶があしらわれた絹の壁紙、花柄の刺繍が施された天蓋付きのベッド、柔らかなクッションが並べられたソファ。
用心棒に与えられる部屋にしては、あまりにも女性的で、豪華絢爛だった。
そして、もう一点、非常に気になることがあった。
(……気のせいか)
初めて来たはずなのに。
なぜか、この部屋の光景に、見覚えがあるような気がした。
壁の蝶の模様、窓から見える庭園の景色。
(……リオの、記憶?)
だが、彼女は、ただの村娘だったはず。
王宮の、それもこれほど高貴な部屋を知っているはずがない。
そんな私の思索を、扉の開く音が中断させた。
部屋の中には、いつの間にか、専属メイドのメアリーが、にこやかな笑みを浮かべて待機していた。
「メアリー。私が今日から王宮暮らしだって、よく分かったわね」
「はい、お嬢様。王宮の侍従長様から、すぐさまこちらへ来るようにと、お達しがございましたので」
彼女は、私の周りをくるくると回りながら、楽しそうに言った。
「それにしても、まあ! お嬢様、ついに王宮暮らしですわね! やはり、エイデン王子殿下に見初められたのですわ! これで、いくらお転婆なお嬢様といえども、もう無茶はできませんわね!」
「……見初められてはいないわ。私は、ただの用心棒として、ここにいるだけよ」
「まあ、お口ではそう仰って。この豪華絢爛さ、このお部屋、どう見ても、ただの用心棒に与えられるものではございません。女性王族やお妃様候補のためのものですわ」
「……大聖女候補だから、気を遣ってくれたのでしょう」
「フフ……本当に、そうですかしら?」
メアリーは、全てを見透かしたように、意味ありげに笑った。
この、妙な既視感といい、何か、私の知らないところで、物語が進んでいるような、奇妙な感覚。
私は、その正体不明の居心地の悪さから逃れるように、ふかふかのベッドへと、身を沈めた。
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