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二計画  作者: 喰ったねこ
第三章:王都編
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第45話 決裂

破星はせい、敵を退けたのか?」


アノンが、バルコニーの闇の中から音もなく現れ、駆け寄ってくる。

彼が担当した刺客たちは、すでに沈黙しているようだった。


「退けた、というよりは、見逃してもらった、という方が正確ね」


「そうか。……俺が捕らえた連中は、ここにいる。脅威は去ったと見ていいだろう」


「敵はゲーレンと名乗り、自動拳銃(ハンドガン)戦術皮膚ナノスーツで武装していたわ。あなたは、彼のことを知っている?」


「いや、聞いたことがない名だ」


「でも、彼は私の過去を知っていた。あなたが私の護衛である以上、絶対に何らかの接点があるはずよ」


「……俺は何も知らない。何もな」


アノンはそう言うだけで、あとは固く口を閉ざしてしまった。


「まあ、いいわ。それよりも、貴方が捕まえた敵を尋問する方が先ね」


三人の刺客が、アノンによって無力化され、床に転がされていた。

意識があるのは、中年の男が一人だけだ。


「で、どこの差し金?」


私が問い詰めても、男はただ、憎悪に満ちた目で私を睨み返すだけだった。


「――ロキヌス帝国ですよ」


不意に、バルコニーの入り口から、静かな声が響いた。シオンだ。

彼は、いつの間に現れたのか、平然とした様子でこちらへ歩いてくる。

彼のその、あまりにも唐突な断定に、捕らえられた男の表情が、一瞬だけ、驚きに揺らいだ。

図星か。


男が、自決のために舌を噛み切ろうと奥歯を噛み締めた、その刹那。

私は、自分が着ているドレスの裾を飾っていた、豪奢なレースのフリルを一枚引きちぎると、男の口に、容赦なくそれをねじ込んだ。


「……!?」


貴重な証人を、みすみす死なせるわけにはいかない。

動きにくいこのフリフリしたドレスも、思わぬ形で役に立つものだ。


「ロキヌス……。メルギドの奴が、懲りもせずに刺客を? しかも、和平会議の直前である、この舞踏会で?」


侵攻を阻止され、大軍を失った腹いせか。

だが、和平交渉の場で暗殺を仕掛けるなど、宣戦布告に等しい愚行だ。

一体、何を考えている?


「武器の携帯が許されないこの舞踏会でならば、所長の暗殺も容易い、と。所長とアノン殿さえ排除できれば、再侵攻もやりやすい。……無能で思慮の浅いメルギドあたりが、いかにも考えそうなことです」


「なるほど。和平使節団の中に、刺客を忍び込ませていた、というわけか。奴らの目的は、最初から和平ではなく、邪魔な破星はせいの暗殺……」


アノンが、吐き捨てるように呟く。


ああ、そうか。

ただ普通に生きる。その、ささやかな願いが、また一つ、遠ざかっていく。

すでに、私は敵性国家の、最優先暗殺対象。

銃殺された前世と、何も変わらないではないか。

そして、今回は、ゲーレンという規格外の化け物にまで、目をつけられてしまった。


「貴方がたが一緒にいた、あの仮面の男は、何者なの?」


私が尋ねても、刺客の男は答えない。

フリルが口に詰まっているせいもあるだろうが。

シオンが、男の頭にそっと手を触れると、何やら呪文を唱え始めた。


「――思鏡(ブラック・ミラー)


すると、男の目の前の空間が、まるで黒い鏡のように揺らめき、そこに、彼の思考が次々と文字として映し出されていく。

精神感応魔法の一種か。


『……ゲーレンと名乗る男……ギルドで、同じ暗殺依頼クエストを受けただけの関係……素性は、何も知らない……依頼の暗殺対象は、サンジェルマンの娘……』


「……メルギドの元に配置した、我が革命軍のエージェントから、先程受けた報告と同じ内容です。証拠は、これで完璧です」


シオンは、こともなげに言う。


「さあ、所長。舞踏会場へ戻り、ロキヌスの愚かなる者どもに、その罪を償わせてやりましょう」


状況が、勝手に面倒な方向へと転がっていく。

それを、シオンは、実に楽しんでいるようだった。



私たちがバルコニーから再び舞踏会会場へと戻ると、そこはすでに地獄絵図と化していた。

ゲーレンが放った極大魔法の余波で、壁や天井の一部が崩落し、シャンデリアが砕け散っている。

衛兵たちが場を収拾しようとしているが、貴族たちのパニックは収まっていない。


「姫君! ご無事でしたか!」


エイデン王子が、私を見るなり駆け寄ってきた。

彼の片腕は、砕けたまま、痛々しく垂れ下がっている。


「ええ、何とか。……殿下、腕を」


私は、彼の腕を取ると、手早く骨を繋ぎ、近くに落ちていた棒切れを添え木にする。

そして、先程と同じように、自分のドレスのフリルを引きちぎり、それで腕を固定した。


「姫君、これは一体……?」


「折れた骨が、歪んだまま繋がったら、もう二度と剣は振れませんわ。私がきっちりと整復しておきましたので、この後、治癒魔法で治してもらえば、元通りになります」


「……感謝する。それにしても、姫君を襲うなど、一体どこの不届き者が!」


「ロキヌスのメルギド伯ですよ」


シオンが、エイデン王子の問いに答えると、捕らえた暗殺者の男を、広間の中心へと突き出した。


ざわついていた会場が、水を打ったように、しんと静まり返る。


「――衛兵! ロキヌスの使節団を、直ちに拘束せよ!」


エイデンの号令で、衛兵たちが、呆然と立ち尽くしていたロキヌスの使節団を取り囲んだ。


「くそっ、失敗したか! こうなれば、貴様ら全て、道連れにしてくれるわ!」


使節団の一人が叫ぶと、彼らは隠し持っていた魔石を一斉に飲み干した。

シャガーンが使ったものと同じか。彼らの顔色が、見る間にどす黒く変色していく。


防護フィールド(マジック・シェル)!」


一人が魔法を唱えると、使節団の周囲に、禍々しい光を放つ障壁が築かれた。


「これでもう、誰にも我らの自爆は止められぬ! 貴様ら、我らと共に死ぬがいい!」


残りの者たちが、自らの体内で、魔力を暴走させ始めた。


「なんて硬い魔法障壁だ!」


衛兵たちの魔法が、全て弾き返される。


「ちくしょう、こんな所で、死んでたまるか!」


セラス第二王子が、半狂乱で魔法を連射するが、それも全く効果がない。


「いや、死にたくない、お助け……!」


大聖女候補のセレニティは、敵に背を向けて、逃げ惑う人々の中に紛れ込もうとしていた。

現大聖女アウレリアも、聖なる魔法で障壁の無力化を図るが、相手の異常な魔力の前に、抑えきれずにいる。


「姫君、もうダメです! 早く、ここからお逃げください!」


エイデン王子が、私を庇うように前に立つ。

そんな喧騒の中、私とアノン、そしてシオンだけが、冷ややかにその光景を見つめていた。


破星はせい。どうする?」


アノンが、私の決断を促す。


私は、ふらり、と、まるで散歩でもするかのように、その絶望の中心へと歩き出した。

パニックに陥った人々が、逆走してくる私を、訝しげに見る。

私は、その視線を意にも介さず、禍々しい光を放つ障壁の前で、足を止めた。

そして、何でもないかのように、その障壁を、すり抜けた。


「な……!?」


障壁の内側で、自爆の準備をしていた使節団員が、煙のように壁を通り抜けてきた私を見て、絶句する。

私は、戦術皮膚ナノスーツを硬化させた拳で、そのうちの一人の頭を、横から殴りつけた。


「まず、一人。考えるのをやめなさい」


鋼鉄のハンマーで殴られたかのように、男の頭蓋骨が砕け、崩れ落ちる。


「ば、化け物女め!」


障壁を展開していた術者が、恐怖に顔を引きつらせた。


「心外だわ。私は、絶対に、絶対に、『普通の女の子』よ。化け物というなら、先程のゲーレンという男がいるでしょう」


そうよ。ここで諦めたら、負けなのだから。

普通の生活は、私が勝ち取るもの。


「そんなわけがあるか!」


敵が、私の「普通」を、全力で否定してくる。


「うるさい! 私の『普通』を、否定しないで!」


私は、最後の男を、回し蹴りで壁まで吹き飛ばした。

全ての敵が、沈黙する。


こうして、和平会談は、開催される前に、血をもって決裂した。

ナブラ王国とロキヌス帝国。両国の間に横たわる緊張は、極限まで高まったのである。

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