第45話 決裂
「破星、敵を退けたのか?」
アノンが、バルコニーの闇の中から音もなく現れ、駆け寄ってくる。
彼が担当した刺客たちは、すでに沈黙しているようだった。
「退けた、というよりは、見逃してもらった、という方が正確ね」
「そうか。……俺が捕らえた連中は、ここにいる。脅威は去ったと見ていいだろう」
「敵はゲーレンと名乗り、自動拳銃と戦術皮膚で武装していたわ。あなたは、彼のことを知っている?」
「いや、聞いたことがない名だ」
「でも、彼は私の過去を知っていた。あなたが私の護衛である以上、絶対に何らかの接点があるはずよ」
「……俺は何も知らない。何もな」
アノンはそう言うだけで、あとは固く口を閉ざしてしまった。
「まあ、いいわ。それよりも、貴方が捕まえた敵を尋問する方が先ね」
三人の刺客が、アノンによって無力化され、床に転がされていた。
意識があるのは、中年の男が一人だけだ。
「で、どこの差し金?」
私が問い詰めても、男はただ、憎悪に満ちた目で私を睨み返すだけだった。
「――ロキヌス帝国ですよ」
不意に、バルコニーの入り口から、静かな声が響いた。シオンだ。
彼は、いつの間に現れたのか、平然とした様子でこちらへ歩いてくる。
彼のその、あまりにも唐突な断定に、捕らえられた男の表情が、一瞬だけ、驚きに揺らいだ。
図星か。
男が、自決のために舌を噛み切ろうと奥歯を噛み締めた、その刹那。
私は、自分が着ているドレスの裾を飾っていた、豪奢なレースのフリルを一枚引きちぎると、男の口に、容赦なくそれをねじ込んだ。
「……!?」
貴重な証人を、みすみす死なせるわけにはいかない。
動きにくいこのフリフリしたドレスも、思わぬ形で役に立つものだ。
「ロキヌス……。メルギドの奴が、懲りもせずに刺客を? しかも、和平会議の直前である、この舞踏会で?」
侵攻を阻止され、大軍を失った腹いせか。
だが、和平交渉の場で暗殺を仕掛けるなど、宣戦布告に等しい愚行だ。
一体、何を考えている?
「武器の携帯が許されないこの舞踏会でならば、所長の暗殺も容易い、と。所長とアノン殿さえ排除できれば、再侵攻もやりやすい。……無能で思慮の浅いメルギドあたりが、いかにも考えそうなことです」
「なるほど。和平使節団の中に、刺客を忍び込ませていた、というわけか。奴らの目的は、最初から和平ではなく、邪魔な破星の暗殺……」
アノンが、吐き捨てるように呟く。
ああ、そうか。
ただ普通に生きる。その、ささやかな願いが、また一つ、遠ざかっていく。
すでに、私は敵性国家の、最優先暗殺対象。
銃殺された前世と、何も変わらないではないか。
そして、今回は、ゲーレンという規格外の化け物にまで、目をつけられてしまった。
「貴方がたが一緒にいた、あの仮面の男は、何者なの?」
私が尋ねても、刺客の男は答えない。
フリルが口に詰まっているせいもあるだろうが。
シオンが、男の頭にそっと手を触れると、何やら呪文を唱え始めた。
「――思鏡」
すると、男の目の前の空間が、まるで黒い鏡のように揺らめき、そこに、彼の思考が次々と文字として映し出されていく。
精神感応魔法の一種か。
『……ゲーレンと名乗る男……ギルドで、同じ暗殺依頼を受けただけの関係……素性は、何も知らない……依頼の暗殺対象は、サンジェルマンの娘……』
「……メルギドの元に配置した、我が革命軍のエージェントから、先程受けた報告と同じ内容です。証拠は、これで完璧です」
シオンは、こともなげに言う。
「さあ、所長。舞踏会場へ戻り、ロキヌスの愚かなる者どもに、その罪を償わせてやりましょう」
状況が、勝手に面倒な方向へと転がっていく。
それを、シオンは、実に楽しんでいるようだった。
◆
私たちがバルコニーから再び舞踏会会場へと戻ると、そこはすでに地獄絵図と化していた。
ゲーレンが放った極大魔法の余波で、壁や天井の一部が崩落し、シャンデリアが砕け散っている。
衛兵たちが場を収拾しようとしているが、貴族たちのパニックは収まっていない。
「姫君! ご無事でしたか!」
エイデン王子が、私を見るなり駆け寄ってきた。
彼の片腕は、砕けたまま、痛々しく垂れ下がっている。
「ええ、何とか。……殿下、腕を」
私は、彼の腕を取ると、手早く骨を繋ぎ、近くに落ちていた棒切れを添え木にする。
そして、先程と同じように、自分のドレスのフリルを引きちぎり、それで腕を固定した。
「姫君、これは一体……?」
「折れた骨が、歪んだまま繋がったら、もう二度と剣は振れませんわ。私がきっちりと整復しておきましたので、この後、治癒魔法で治してもらえば、元通りになります」
「……感謝する。それにしても、姫君を襲うなど、一体どこの不届き者が!」
「ロキヌスのメルギド伯ですよ」
シオンが、エイデン王子の問いに答えると、捕らえた暗殺者の男を、広間の中心へと突き出した。
ざわついていた会場が、水を打ったように、しんと静まり返る。
「――衛兵! ロキヌスの使節団を、直ちに拘束せよ!」
エイデンの号令で、衛兵たちが、呆然と立ち尽くしていたロキヌスの使節団を取り囲んだ。
「くそっ、失敗したか! こうなれば、貴様ら全て、道連れにしてくれるわ!」
使節団の一人が叫ぶと、彼らは隠し持っていた魔石を一斉に飲み干した。
シャガーンが使ったものと同じか。彼らの顔色が、見る間にどす黒く変色していく。
「防護フィールド!」
一人が魔法を唱えると、使節団の周囲に、禍々しい光を放つ障壁が築かれた。
「これでもう、誰にも我らの自爆は止められぬ! 貴様ら、我らと共に死ぬがいい!」
残りの者たちが、自らの体内で、魔力を暴走させ始めた。
「なんて硬い魔法障壁だ!」
衛兵たちの魔法が、全て弾き返される。
「ちくしょう、こんな所で、死んでたまるか!」
セラス第二王子が、半狂乱で魔法を連射するが、それも全く効果がない。
「いや、死にたくない、お助け……!」
大聖女候補のセレニティは、敵に背を向けて、逃げ惑う人々の中に紛れ込もうとしていた。
現大聖女アウレリアも、聖なる魔法で障壁の無力化を図るが、相手の異常な魔力の前に、抑えきれずにいる。
「姫君、もうダメです! 早く、ここからお逃げください!」
エイデン王子が、私を庇うように前に立つ。
そんな喧騒の中、私とアノン、そしてシオンだけが、冷ややかにその光景を見つめていた。
「破星。どうする?」
アノンが、私の決断を促す。
私は、ふらり、と、まるで散歩でもするかのように、その絶望の中心へと歩き出した。
パニックに陥った人々が、逆走してくる私を、訝しげに見る。
私は、その視線を意にも介さず、禍々しい光を放つ障壁の前で、足を止めた。
そして、何でもないかのように、その障壁を、すり抜けた。
「な……!?」
障壁の内側で、自爆の準備をしていた使節団員が、煙のように壁を通り抜けてきた私を見て、絶句する。
私は、戦術皮膚を硬化させた拳で、そのうちの一人の頭を、横から殴りつけた。
「まず、一人。考えるのをやめなさい」
鋼鉄のハンマーで殴られたかのように、男の頭蓋骨が砕け、崩れ落ちる。
「ば、化け物女め!」
障壁を展開していた術者が、恐怖に顔を引きつらせた。
「心外だわ。私は、絶対に、絶対に、『普通の女の子』よ。化け物というなら、先程のゲーレンという男がいるでしょう」
そうよ。ここで諦めたら、負けなのだから。
普通の生活は、私が勝ち取るもの。
「そんなわけがあるか!」
敵が、私の「普通」を、全力で否定してくる。
「うるさい! 私の『普通』を、否定しないで!」
私は、最後の男を、回し蹴りで壁まで吹き飛ばした。
全ての敵が、沈黙する。
こうして、和平会談は、開催される前に、血をもって決裂した。
ナブラ王国とロキヌス帝国。両国の間に横たわる緊張は、極限まで高まったのである。
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