第44話 師
「ふむ、発動寸前で僅かに軌道を逸らされたか。器用なことをする」
仮面の男は、大技を小細工で防がれたにも関わらず、まるで動じていなかった。
「ならば今度は、全てを破壊する我が最大の魔法を、止めてみるが良い」
その言葉と同時に、彼の全身から、先程とは比較にならないほどの膨大な魔力が溢れ出す。
「――極至冥黒絶光!!」
形成された激光が、目が眩むほどの明るさで夜の王都を照らし出した。
凄まじいエネルギーの奔流が、彼の周囲に強力な魔力障壁を形成し、その余波だけで王城の窓ガラスが次々と砕け散っていく。
魔法適性のある人間ならば、近づいただけでその魂ごと焼き尽くされるであろう、絶対的な破壊の気配。
「な……! なんという力だ! これほどの魔力を、人間が放てるというのか……!」
エイデン王子が、引きつった顔で呻く。
この魔法が一旦解き放たれれば、この王城も、王都すらも、跡形もなく消滅するだろう。
シオンが企てた国家転覆など、子供の遊びに等しい。
だが、魔法への適合率がマイナスの私にとって、敵を包むその魔力障壁など、存在しないも同然。
私は、凄まじい光量に身を隠しながら、仮面の男へと無音で接近する。
そして、彼の足元に滑り込むと、不意打ちでその足を払い、魔法の射角を強引に上へと向けさせた。
夜空を貫き、天蓋に第二の月が生まれたかのような光が迸る。
「……また逸らされたか。極大魔法というやつは、発動までに時間がかかりすぎる。ならば――迫雷撃」
体勢を立て直した仮面の男は、即座に連射可能な魔法を詠唱する。
だが、その指先から、雷が放たれることはなかった。
仮面の男の動きが、一瞬、不自然に止まる。
彼はこめかみを押さえ、小さく呻いた。
「……妙に頭がスッキリしたと思ったら、魔力切れ、か」
彼は、まるで他人事のように、軽く首を振ってそう呟いた。
「大技の連発で魔力切れとは無様だな! これでも喰らえ、雷震!!」
好機と見たエイデン王子が、残った魔力を剣に込め、渾身の一撃を叩き込む。
ガキンッ!
だが、その魔法剣は、仮面の男が無造作に翳した腕によって、甲高い音を立てて弾かれた。
彼の腕には、傷一つついていない。
戦術皮膚。その絶対的な防御力を、エイデンの魔法剣では貫けない。
「これから、我が本質を見せてやろう。所詮、魔法など、役立たずの飾りに過ぎんということをな」
仮面の男は、そのままエイデンに対し、流れるような動作で前蹴りを放った。
王子は咄嗟に剣で防御するが、ゴキッ、という鈍い音と共に、剣はへし折れ、その奥にある彼の腕の骨までもが砕かれた。
戦術皮膚による硬化。
そんなもので蹴られれば、この世界の未発達な冶金技術で造られた剣など、バターのように断ち切られる。
「格闘こそ、我が『生存技術』の本質。己の力量も知らず、我に挑んだのが間違いだったな」
「くっ……! 姫君、この男は、危険すぎる……! 僕が、食い止めているうちに、早く……逃げてくれ!」
片腕を砕かれながらも、エイデンは私を逃がすため、必死の形相で仮面の男の足元に縋り付いている。
「フン。この世界の人間は、あまりにも脆い。安楽な魔法に浸かりきっているからだ」
仮面の男は、王子をもてあそぶように、その砕かれた腕を容赦なく踏みつける。
「ぎゃぁあああああああ!」
エイデンの絶叫が、バルコニーに響き渡った。
(……逃げるべきだ)
私の生存技術が、激しく警鐘を鳴らしていた。
目の前の男は、只者ではない。魔法に依存しない、純粋な戦闘技術。
それは、アノンと同質、いや、それ以上。
私と同じ世界の理で動く、天敵。武器もない今、勝てる見込みは万に一つもない。
彼を、見捨てろ。それが、最も合理的な判断だ。
昔の私なら、傷ついた仲間さえ、躊躇なく切り捨てられたはずだ。
彼が死のうと、私さえ生き残れば、どうでもいい。そう、思えたはずなのに。
(……でも、彼は、私を守ろうとした)
エイデン王子の、あの真摯な瞳が脳裏をよぎる。
この世界に来て、私は、確実に弱くなった。甘くなった。
得体のしれない敵を前にして、逃げないなど、自殺行為だ。
だが……。
異世界で、ただ「普通」に生きるというのなら。
自分を信じ、好意を寄せてくれる人間を、見殺しにしてまで手に入れた「生存」に、一体何の意味がある?
「このぉぉおおおおお!」
私は、思考が結論を出すより早く、地を蹴っていた。
仮面の男に渾身の蹴りを放ち、エイデンから引き離す。
「フフ。そうか。ただの一個人のために、自らの命を危険に晒すか。破星、お前がそれを行うのは、完全に『落第』の行動だ」
「うるさい! 私が間違っているというのなら、それでいい! エイデン王子、早く逃げて! こいつは化け物よ、特級魔族よりも、遥かに!」
「しかし、姫君を置いては……!」
「私のことはいい! こう見えて、死地には慣れている! 邪魔をしないで!」
私の絶叫に、エイデン王子が、悔しげに顔を歪ませながら後退していく。
彼が安全な距離まで離れたのを見届け、私は、ほっと息をついた。
……実力差を悟り、引くことができる。彼は、この世界の人間にしては、やはり優秀な戦士だ。
「なるほど。なかなかの打撃だ。だが、格闘戦ならば、我に一日の長があるぞ」
仮面の男はそう言うと、私に接近し、流れるような体術を繰り出す。
私も応戦するが、私の蹴りは、突きは、その全てが、まるで未来を予測しているかのように、完璧に防御され、あるいは受け流される。
(……動きが、全て読まれたいる?)
狙いは、開口部のある頭部。
だが、私の渾身の拳も、彼の腕に阻まれ、硬い感触だけを残した。
「やはり、君だったか。……それにしても、敵の力量も分からぬまま、利用価値もない王子を助けるとは。私を思い出したのか、それとも、『精神汚染』が、それほどまでに広がっているということか」
「ナノスーツを着た人間が、私に何の用?」
「後者、か。……君に魔法が効かないのならば、これならどうかな? そのドレスの下の不釣り合いなナノスーツも、頭までは防御できまい」
男は、懐から、鈍く光る鉄塊を取り出した。
それは、間違いなく、拳銃だった。
この男、やはり、完全に私の同類。
「あなた、一体何者なの!?」
舞踏会に、武器を置いてきてしまったことが、悔やまれる。
この距離で頭を狙われれば、回避は不可能に近い。
だが、彼は、撃たない。何か、別の目的がある。
「我が名は、ゲーレン。それにしても、『最終破壊者』たる君が、そんなドレスを着て、お姫様ごっこを演じているとはな。悪い冗談だ。君は、あの『計画』のために、どれだけの人間を殺したと思っている?」
ゲーレン。聞いたことがない名前。
だが、その声には、どこか聞き覚えがある。
計画? 殺した?
「……あなたは、いったい、私の何を知っているの?」
「全てだ。……いや、今の君のことは、何も知らん、と言うべきか。やはり、記憶を失っているのだな。『精神汚染』によって」
「精神汚染……?」
「そうだ。でなければ、君が、あのような感傷的な行動を取るはずがない」
「ただの刺客ではないようね」
「当たり前だ。……嘗て、私は、ある特務機関を率いていた。本来の君なら、説明などせずとも、私が誰か、分かるはずだがな」
「……分からないわ」
ゲーレンは、深く、失望したかのように、ため息をついた。
「……『いついかなる時も、確実に生き残れ。お前たちに、死の自由はない』」
「……!」
その言葉。私の脳裏に、深く刻み込まれた、呪い。
「この言葉に、何か感じるものはあるかね? そう言って、君たちを訓練したものさ。だが、我々は敗北した」
「まさか……私が、銃撃されて、失敗したから……」
「そうだ。その結果が、今の、この世界の惨状だ」
「どういう、意味?」
「我々が遂行した『計画』の、残骸だ」
「計画ですって?」
「我が魔力が戻ってきたか……今日は、ここまでの様だな」
彼は、早口に言葉を続けた。
「最後に一つだけ、和平は潰え、もはや戦いは避けられない。さぁ、破星よ、ロキヌスに来るがいい。そこで、君の最終的な役割を判断するとしよう」
ゲーレンはそれだけ言うと、魔法を詠唱し、その体は、ふわりと宙に浮いた。
「では、いずれ、また会おうではないか。――最終破壊者、破星よ」
彼は、そう言い残すと、夜空の闇へと、飛翔し、消え去っていった。
……飛んだ?
魔法で、人が、飛んだ。
魔族ですら地上を這いずり回っているというのに。
ゲーレン。彼の適合率は、一体。
そして、私を遥かに上回る、生存技術。
もし、彼が本気だったなら、私は、簡単に殺されていただろう。
魔法と科学、その両方を極めた、人外の者。
そして、恐らくは私の「師」。
私は、バルコニーに一人立ち尽くし、ただ、呆然と、彼が消えた夜空を見上げるしかなかった。
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