第43話 黒衣の刺客
邪魔だと言っているのに。
この朴念仁な王子は、戦う気らしい。
エイデンは剣を抜き、刺客たちが潜む柱の影へと向かう。
「待て」
アノンが、短く王子を制止した。
「ここは、俺たちの戦場だ」
彼は、舞踏会であるため武器を帯同していない。素手だ。
だが、その全身からは、抜き身の刃のような殺気が放たれていた。
「俺は、柱の影にいる連中を叩く。破星、お前は、まだ隠れている輩を掃討しろ」
「わかったわ」
アノンが、柱に向かって猛然と突進していく。
護衛が、護衛対象である私から、あえて離れる。
常識的に考えれば、完全な失策。
だが、隠れていた敵が、その「隙」を突き、私に対して一斉に魔法詠唱を開始した。
これを、隙だと思うのなら、あまりにも甘い。
私たちは、互いの背中を預けられる存在であることを、記憶を失ってさえ、魂が覚えている。
アノンとは、単なる護衛と護衛対象ではない。
前世からの、戦友なのだ。
私に向け、無数の魔法が放たれる。
だが、その発動の瞬間に、隠れていた敵の位置もまた、完全に露呈した。
私は、回避行動を一切取らず、降り注ぐ魔法の光の中を、敵へと向かって高速で突進する。
「――そこだ!」
闇の中から姿を現した黒衣の刺客。
その腹部へ、私は強烈な打撃を叩き込んだ。
戦術皮膚の拳部分を瞬間的に硬化させてある。
それは、鋼鉄のハンマーで、人体の柔らかい部分を全力で殴りつけるに等しい。
内臓が破裂するほどの衝撃を与え、一撃で戦闘不能にする、必殺の一撃。
ガキンッ!
だが、私の拳が捉えたのは、肉の感触ではなかった。
何か、異常に硬質な金属のようなものに遮られる、甲高い衝撃音。
この感触は……まさか。
硬化した、戦術皮膚。
予想外の事態に、私は即座に後方へ跳躍し、敵との距離を取る。
この敵は、今までこの世界で出会った、どんな相手とも違う。
私の体が、本能が、最大級の警鐘を鳴らしていた。
雲が流れ、月光がバルコニーを照らし出す。
やがて、闇の中に潜んでいた敵の姿が、ゆっくりと浮かび上がってきた。
顔を覆うのは、漆黒の仮面。滑らかな表面が、月光を不気味に反射している。
黒衣を纏った、屈強な体躯。
そして、その体が、私の拳を受けたにも関わらず、全く揺らいでいない。
この仮面の男。一体、何者……?
「貴様! 我が王城で、姫君に刃を向けようとは! 我が剣の錆にしてくれる!」
状況を理解しきれていないエイデン王子が、仮面の男へと果敢に斬りかかっていく。
「待って、エイデン殿下! その男は、強敵よ!」
私の制止も間に合わない。
仮面の男は、迫りくる王子に、まるで機械のように反応し、即座に魔法を詠唱する。
「迫雷撃」
指先から、眩いばかりの雷の槍が放たれた。
王子は、それを辛うじて剣で弾く。
彼が、魔法に勝つために剣を鍛えてきたというのは、伊達ではないらしい。
この世界の人間としては、規格外の反応速度と体術。
だが、それでも、敵との実力差は歴然だった。
男は、凄まじい速度で雷撃を連射し、王子を徐々に追い詰めていく。
「くっ……! だが、僕の魔法剣の神髄、今こそ見せてやろう!」
王子は、自らの剣に微弱な雷の魔力を纏わせると、それを地面に突き刺した。
すると、仮面の男が放った雷が、まるで避雷針のように剣に吸い込まれ、地面へと消えていく。
(……なるほど。対極の微弱な魔力で電位差を操作し、アースで地面に逃がしているのか。面白い応用だ)
私王子の洗練された技に感心した。弱い魔力を最大限に利用している。
「魔力は弱いが、その制御はなかなかのものだ。失敗すれば、貴様が黒焦げになるがな」
仮面の男が、初めて、感心したかのような声を漏らした。
「お前が魔力切れになるまで、全て吸い尽くしてくれる!」
「フフ、甘いな」
仮面の男の口元が、歪んだ。
「――冥黒絶光!!」
その言葉と同時に、男の掌中に、特級魔族シャガーンが使ったものと同質の、漆黒の破壊エネルギーが収束していく。
(……まずい!)
私は、ドレスに付いていた宝石を一つもぎ取ると、魔法が発動する寸前、仮面の男の手元目掛けて、全力で投げつけた。
宝石が直撃し、魔法の軌道が、僅かにエイデン王子から逸れる。
発動した漆黒の奔流は、王子を掠め、王城の尖塔をいとも容易く貫通し、その先にある夜の山肌に、巨大な傷跡を刻み込んだ。
特級魔族の、それも最大級の呪文まで使いこなすとは。
この男は、本当に、人間なのか。
その圧倒的な力の前に、私の思考が、初めて、明確な「敗北」の可能性を弾き出していた。
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