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二計画  作者: 喰ったねこ
第三章:王都編
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第41話 舞踏会

『エイデン第一王子殿下、並びに、リオ・ヴィ・サンジェルマン姫君、ご到着』


朗々とした侍従の声が、王宮の大広間に響き渡る。

その瞬間、全ての視線が、楽団の奏でる優雅なワルツの音色さえもが、私という一点に集中したのを感じた。


ひそひそと交わされる囁き声。好奇、嫉妬、そして探るような貴族たちの視線が、無数の針のように肌を刺す。

どうせ、ろくな噂はされていないだろう。

だが、私が第三の大聖女候補であり、サンジェルマン公爵家の令嬢であるという事実は、すでに王都を駆け巡っているはずだ。


私をエスコートしているのは、この国の第一王子、エイデン殿下。

一体、どうしてこうなった?

つい先程まで、私はアザックと死闘を繰り広げていたはずなのに。

舞踏会デビューが、いきなり王子同伴とは、あまりにも展開が急すぎる。

だが、彼の歓心を得たことは、シオンが描く「大聖女計画」の駒を進める上で、有利に働くかもしれない。


そう、これは戦場だ。

思考を切り替え、私は目の前の光景を冷静に分析する。

しかし、どういうわけか、王子の腕にエスコートされ、これほど多くの人々に注目されるという状況に、心の奥底で、かつての村娘の魂が、喜びと恐怖で打ち震えているのを感じていた。


私たちは、国王と王妃に挨拶を済ませると、広間の中心で最も大きな輝きを放つ一団へと向かった。

現大聖女、アウレリア様だ。

四十代後半とは思えぬ、神々しいまでの美貌。

その隣には、彼女をエスコートする、威厳に満ちた壮年の男性が立っていた。


「大聖女様、大公様。今宵もご壮健で何よりです」


エイデン王子が、深く頭を下げる。


「まあ、エイデン王子。そちらが、噂の新しい候補者様ですわね」


アウレリア様の視線が、私を射抜く。

それは、全てを見透かすかのような、穏やかで、しかし底知れない眼差しだった。


「リオ・ヴィ・サンジェルマンと申します」


私は、練習の成果通り、完璧なカーテシーを決めてみせた。もう失敗はしない。


「お噂はかねがね。なるほど……。殿下とは違い、貴女は、確かに、大きな力をお持ちのようですわね」


彼女の目が、微かに光ったように見えた。


「……まあ、驚きましたわ。わたくしの『鑑定魔法』が、全く通用しないなんて。なんて強力な魔法障壁かしら。その力の底が、全く知れませんわ」


「いえ、そのような大したものでは」


魔法適合率のレベルはマイナス999だが、私は聖女の笑みで応えた。


「確かに、殿下の魔法の才能は、弟君のセラス殿下には及びません。ですが、もし彼女が側にいれば、あるいは、殿下にも、次期国王の芽が出てくるやもしれませんね。……ねえ、あなた」


大聖女は、そう言って、隣に立つ男性に微笑みかけた。


「ふむ。セラスは魔力も高く、次期国王の最有力候補。じゃが、もしサンジェルマンの姫君が大聖女となれば、魔力の低いエイデンにも、確かに好機は生まれよう。聖女が王妃となり、国を支えた時代もあったからのう」


「私達の世代は、私が王弟である貴方に嫁いで、丸く収まりましたけれど。エイデン王子が王となれば、王権と神権の両方を、サンジェルマン派が手に入れることになりますわ」


「セラスと、その後ろ盾であるナイジェル公爵が、黙ってはおるまい。姫君、君の出現で、この国に、血の匂いのする、激しい政治の季節がやってきそうじゃな」


この男性は、大聖女の夫君にして、現国王の弟君――大公殿下か。

私の脳が、ようやく重要人物のデータを引き出す。


「叔父上。魔法の才が低くとも、この僕が、必ずや王位を継いでみせます」


エイデン王子は、臆することなく宣言した。

魔法に劣等感を抱いていた、かつての村娘リオとは違う。その瞳には、強い意志の光が宿っていた。


その時だった。


「魔法もろくに使えぬ兄上が、よくもそのような大口を叩けますな」


背後から、侮蔑に満ちた声がかけられた。セラス第二王子だ。

彼の腕には、見惚れるほど美しい、銀髪の令嬢が寄り添っている。


「サンジェルマン姫君の実力は認めましょう。ですが、ナイジェル公爵家の姫君の実力とて、決して負けてはおりませぬ。私の魔力と、彼女の聖なる力こそが、この国を導くのにふさわしい。兄上が王となれば、聖女におんぶにだっこではありませんか。そのような愚かな王を、一体誰が支持すると?」


セラスの隣で、その銀髪の令嬢が一歩前に出た。


「お初にお目にかかります、サンジェルマン姫君。わたくしは、ナイジェル公爵の娘、セレニティと申します」


エメラルドグリーンの瞳、雪のように白い肌。

彼女こそが、ラナの、そして私の、最大のライバル。

見た目は、猫を被っている私よりも、遥かに聖女らしい。


「これはこれは、ナイジェル姫君。わたくしは、サンジェルマン家門のリオですわ」


私が笑顔で返すと、彼女は、冷たい笑みを浮かべた。


「ところで、パートナーが『無能』だと、さぞかしご苦労なさるのではなくて?」


その言葉は、明らかに、私をエスコートするエイデン王子に向けられていた。

魔法が使えないのは、私も同じ。

その、あまりにも直接的な侮辱に、私の心の奥底で、何かが、ぷつりと切れた。


それは、かつての村娘リオの、抑圧されてきた怒りか。

それとも、「私」の、仲間を侮辱されたことに対する、純粋な不快感か。

もはや、その区別はつかなかった。


「セラス殿下」


私の声は、自分でも驚くほど、冷たく響いた。


「わたくしならば、魔法無しで、殿下に勝てますわ。剣を極めることは、決して無意味ではございません。……何なら、今この場で、手加減なしで、勝負してさしあげましょうか? 舞踏会ですもの、情熱的に、踊ってさしあげますわ」


私は、微笑んだまま、ごく微量の殺気を放った。


「……っ、いや、それは……」


セラスは、私の瞳の奥にあるものに気づいたのか、硬直したように言葉を詰ませた。


「殿下、参りましょう」


セレニティは、悔しげに私を睨みつけると、セラスの腕を引き、その場を去っていった。


(……ふふ。戦わずして、勝った、か)


だが、なぜだろう。

あのセレニティという娘、初めて会ったはずなのに、どこかで見たことがあるような、奇妙な既視感を覚えた。


「……そなたは、本当に、凄いな」


隣で、エイデン王子が、感嘆のため息を漏らした。


「あのセラスが、逃げ出すとは。……私は、ずっと、剣で魔法を打ち破るという夢を追ってきた。だが、誰もがそれを夢物語だと笑った。しかし、君のアザックとの戦いを見て、不可能ではないと、勇気が湧いてきたよ」


彼の顔が、すぐ側にあった。

その真摯な瞳に、吸い込まれそうになる。


「姫君は、ご存知か? 大聖女は、王族と婚姻を結ぶのが、この国の慣例なのです」


「……初耳ですわ」


「だから、大聖女候補である君が、僕の婚約者となっても、何の問題もない」


「……結婚、ですか」


結婚。王子様との、結婚。

それは、かつてのリオが、ただひたすらに夢見ていた、最高の幸福。


(……ダメだ)


だが、「私」の思考が、警鐘を鳴らす。

つい昨日まで、私は、この目の前の王子を含む、王族全てを皆殺しにする、国家転覆計画を検討していたのだ。その私が、王族に?

それに、この魔法世界で、治癒魔法の効かない私の安全は、私自身にしか確保できない。

王族になったからとて、その脆弱性は変わらない。


「姫君。僕と、一曲、踊っていただけないだろうか」


混乱する私に、エイデン王子が、優しく手を差し伸べた。

甘いワルツの音色が、私たちを包む。彼にリードされるまま、ぎこちなくステップを踏む。

シオンに叩き込まれたはずのダンスは、まるで身についていなかった。

それでも、転ぶことなく踊り切れたのは、エイデン王子が完璧に私を導いてくれたからだ。


彼の、壊れ物を扱うかのような、優しいエスコート。

私を、ただの駒でも、怪物でもなく、一人の女性として見てくれている。

その事実に、私の心の奥底が、じんわりと、温かくなるのを感じた。

アノンとも、シオンとも違う、初めての感覚。


これは、リオの思考の、さらなる干渉か。

それとも……。


「エイデン殿下。王族と結婚なさらなかった、大聖女は?」


「初代大聖女様は、生涯未婚を貫かれたと聞く」


「では、必ずしも、というわけではないのですね。……わたくしに、結婚は不要です」


私は、鎖に繋がれたこの世界の異物。愛など、似合わない。


「ですが、殿下。条件次第では、貴方にお力をお貸しすることはできますわ。殿下に必要なのは、わたくしの愛ではなく、力でしょう?」


その時、広間の壁際に立つ、シオンの姿が目に入った。

彼は、なぜか、氷のような目で、こちらを、じっと見ていた。


(……私を、睨んでいる?)


そうだ。彼の計画では、今この瞬間、この舞踏会は、血の海に沈んでいるはずだった。

目の前のエイデン王子も、国王も、全て。

その計画を、私の考え一つで、実行できる。


そう思った瞬間、じんわりと、冷や汗が噴き出した。


「……今日は、ありがとうございました。少し、夜風に当たって、頭を冷やしてまいりますわ」


「あ、姫君……! 答えを……」


名残惜しげなエイデン王子の声を背に、私は、その場から逃げ出すように、バルコニーへと向かった。

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