第35話 ホパ村の遺産
王都へ向かうサンジェルマン公爵家の使節団は、壮麗なものだった。
主席全権大使であるシオンが乗る公爵家の紋章を掲げた馬車を筆頭に、私やアノンのための馬車、そして数十人に及ぶ事務官や使用人、護衛の騎士たちが長い列をなして、王都へと続く街道を進んでいく。
「お嬢様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「ええ、お願いするわ、メアリー」
揺れの少ない快適な馬車の客室で、私は専属メイドのメアリーが淹れてくれた紅茶を嗜んでいた。
アノンは、護衛として、御者台で外の様子を窺っている。
今回の戦争は、隣国ロキヌス帝国のメルギド伯爵による、ナブラ王国メサリアへの一方的な侵略。
ナブラ王国としては、多額の賠償金を請求する構えだ。
メサリア派遣の委員の中で最も強硬な主張をしているのはシオンだが、元はと言えば彼がメルギドを焚きつけたのだ。
自分で起こした火事で、さらに金を巻き上げようとは、彼の合理主義はどこまでも突き抜けている。
王都へ向かう道中、私はシオンに事前に伝えておいた通り、行列を少しだけ外れて寄り道することにしていた。
「シオン、ここで私たちは別行動を取るわ。本隊は、あなたの指揮で先に王都へ向かって。私たちは、少し遅れて合流する」
「承知いたしました、リオ様。ですが、お気をつけて」
私の「気まぐれ」に、シオンは何も問わず、ただ恭しく頭を下げた。
シオンたちが率いる使節団本隊と別れ、私とアノン、そしてメアリーを乗せた一台の馬車だけが、街道を外れて、見覚えのある荒涼とした脇道へと入っていく。
目的地は、ホパ村。
かつて、私が「魔無し」として虐げられ、そして「破星」として覚醒した、全ての始まりの場所だ。
やがて、馬車の窓の外に、廃墟と化した村の姿が見えてきた。
豪華な公爵家の馬車が、滅びた貧しい村の入り口に停まる。
そのあまりにも不釣り合いな光景に、護衛としてついてきた兵士たちが、訝しげな顔をしているのが分かった。
「アノン、メアリー、行くわよ。他の者たちは、ここで待機していなさい」
私は、兵士たちにそう命じると、三人で馬車を降り、静まり返った村の中へと足を踏み入れた。
早春だというのにまだ冬のような冷たい風が、村の骸を吹き抜けていく。
魔族の爆炎魔法によって大地は黒く焼けただれ、戦闘の激しさを物語っていた。
元より何もない村だったが、今は、本当に何もなかった。
「……メアリー、あなたはこの入口で待っていて。ここは、私にとって少し、感傷的な場所だから」
「かしこまりました、お嬢様」
メアリーにそう言い含め、私とアノンは、二人だけであの洞窟へと向かった。
洞窟内部は、以前と変わらず、壁が淡い燐光を放っていた。
いくつもの棺が、静かに鎮座している。
「この閉まっている棺、開ける方法はあるのかしら」
「記憶は曖昧だが、やってみるか」
アノンは、以前と同じように、まだ閉じている棺のパネルを操作するが、結果は同じだった。
「……内側から厳重にロックされている。やはり、俺の時のように、護衛対象であるお前が危機的状況に陥るなど、特殊な条件がなければ開かないようだ」
「私が瀕死にならないと開かないのね。あまり考えたくない話だわ」
「あともう一つ、あちらの壊れている方はどう?」
私が指差した棺は、パネルが壊れ、明かりも灯っていなかった。
「開ける方法は?」
「……銃撃してみるか。どうせ壊れている。中に貴重品があるかもしれない」
「そうね。お願いするわ」
アノンはリボルバーを構えると、轟音一発、棺のロック部分を正確に撃ち抜いた。
軋む音を立てて、重い蓋が開く。
中には、黒く変色したミイラと、無造作に置かれた一つの袋があった。
「……壊れていたから、中の人間が死んでしまったのね。あなたも、こうなっていた可能性があった」
「ああ」
「まあ、いいわ。そちらの袋には、何が入っているの?」
アノンは袋を手に取ると、中から、黒く、そして滑らかな布地の服のようなものを取り出した。
「……戦術皮膚。こんな所で、これに再会するとはな」
「戦術皮膚? あなた、これが何か知っているの?」
「ああ。こいつを見て、今、思い出した。これは、特殊作戦群の研究所で、極秘に試作されていた防護服だ。まさか、もう実用化されていたとは」
「防護服?」
「ああ。軍の精鋭部隊が、あらゆる過酷な戦場に適応できるよう、耐NBC、耐銃撃、耐刃性能に優れた、軽量な特殊防護服を研究していたはずだ」
前世の世界もまた、この異世界とは違う意味で、恐ろしい場所だったらしい。
「俺が護衛につくくらいだ。破星、お前の置かれていた状況も、相当に厳しかったのだろう」
「……実際、私は一度死んで、ここに飛ばされてきたわけだけれど」
「……悔やみきれん。前世の俺は、お前を守り切れなかった。だが、この世界で、今度こそ、お前を必ず守り抜くと誓おう。そのために、このスーツを常に身に着けておいてくれ。騎士団の鎧より、遥かに丈夫なはずだ」
アノンはそう言うと、スーツを私に手渡した。
私は、そのスーツを手に、メアリーが待つ洞窟の入口へと戻った。
「メアリー、少し手伝ってちょうだい。これを、ドレスの下に着たいの」
「お嬢様、これは……? 不思議な生地ですわね」
「特別製の、護身用の肌着よ」
私は、メアリーに手伝ってもらい、一度ドレスを脱ぐと、戦術皮膚を身に着けた。
ひんやりとした、第二の皮膚のような感触が、全身を包み込む。
迷彩機能があるらしい。試しに、スーツの色を肌色に設定してみる。
「まあ! お嬢様、まるで裸のようですわ!」
「はは。じゃあ、ドレスの着付けをお願い」
メアリーの手によって、再びドレスが着せられていく。見た目は元と変わらない。
そこへ、残りの戦利品を袋に入れて、アノンが戻ってきた。
「スーツは装備したのか、破星」
「ええ」
「特殊作戦群の、世界一流の戦士だけが着ることを許された戦術皮膚の上に、そのお嬢様然としたドレスか。まさに、羊の皮を被った狼だな」
「人聞きの悪い。私は、ただ普通に暮らしたいだけの、ありふれた少女よ」
「破星が、それを言うか? ほら、これもあったぞ。特殊作戦群仕様のサバイバルナイフだ」
アノンが投げてよこしたナイフは、驚くほど軽いが、その刃は青白い光を放っていた。
「他には、お前の使う9mm弾が一箱50発。俺のマグナム弾もな。どこの誰かは知らんが、このミイラには感謝せねば」
「……治療薬は、なかったの?」
「袋に入っていたのは、これで全てのようだ」
戦術皮膚と、貴重な弾薬。
大きな収穫だ。
私たちは、洞窟を後にし、待たせていた馬車へと戻った。
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