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二計画  作者: 喰ったねこ
序章:ホパ村編
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第4話 死の自由はない

着弾の衝撃はあるようだが、銃弾は魔族の皮膚を貫通する寸前で、まるで見えない水面に弾かれたかのように勢いを失う。

彼の周囲の空間が、わずかに陽炎のように揺らめいていた。


「上級魔族の防護フィールドです! 物理攻撃も魔法攻撃も、ほとんど通しません! 気を付けて、聖女様!」


バーンの悲鳴のような声が、壁に反響した。


防護フィールド。

運動エネルギーを減衰させる障壁か。厄介極まりない。


「やはり、興味深い」


私は呟き、左手で棺桶にあったサバイバルナイフを抜き放った。

遠距離攻撃が効かないなら、答えは一つ。

ゼロ距離で、このフィールドごと切り裂くまで。


「なぜ、こんな何もない村を襲う?」


「ゴミを掃除するのに、理由などいるか」


「非効率だ。もっと合理的な理由があるはずだ」


「死にゆく貴様が知る必要はない。その減らず口も、すぐに叩けなくしてやる」


会話は終わり。

魔族が腕を振り上げ、その手に青白い魔力が渦を巻く。


(――いましかない)


私は自動拳銃(CZ75)で牽制射撃を行いながら、床を蹴った。

弾丸が防護フィールドに弾かれ、火花を散らす。

その一瞬の隙を突き、奴の懐に一直線に潜り込んだ。


魔族の目が見開かれる。驚愕の色。


「なっ!?」


紙一重で魔法を回避し、ナイフを奴の脇腹に突き立てる。

分厚い筋肉の層を切り裂く、鈍い感触。

確かな手応えと共に、即座に後退した。


「ぐっ……!」


魔族の体から、初めて鮮血が噴き出した。


「こんな辺境で、我が傷を……しかも、魔法ではない攻撃で。小娘、お前は何者だ?」


「私が誰なのか? それは、私も知らない」


再び牽制射撃。敵が防御に意識を向けた隙に、もう一度切り込む。

だが、今度は浅い。致命傷には程遠い。


身長差がありすぎる。

急所である首や心臓を狙うには、さらに深く踏み込まねばならない。

だが、奴の反応速度は異常に速い。


「得体の知れぬ娘……放置するのは、危険と判断した」


魔族の瞳が、本気の殺意に燃え上がった。

今度は敵の方から突っ込んでくる。その巨体からは想像もつかない、驚異的な速度。

自動拳銃(CZ75)で迎撃するが、勢いは止まらない。


トリガーを引く。だが、不発。

排莢口に空薬莢が詰まっている。

――ジャムだ。


(チッ……しょせん棺桶に放置されていた中古品か)


自動拳銃(CZ75)を投げ捨て、ナイフ一本で魔族の剛腕と対峙する。

一撃目をナイフで受け流すが、二撃目は捌ききれない。

凄まじい衝撃に腕の骨がきしみ、体ごと洞窟の壁に叩きつけられた。


「がはっ……!」


肺から空気が全て搾り出される。

受け身は取ったが、ダメージは大きい。

痺れる体で顔を上げると、目の前で青白い炎が渦を巻いていた。


混沌炎カオスファイヤー


回避不能。

炎が、私を包み込んだ。


体中に激痛が走る。

14歳の村娘の脆弱な体が、悲鳴を上げていた。

意識が、遠のく。


「さて。残りのゴミも皆殺しにしてやろう」


動かなくなった私を一瞥し、魔族は生き残った子供たちに目を向けた。

その手に、先ほど村を半壊させた極大魔術の兆候が見える。

洞窟の空間が、その膨大な魔力に軋み始めた。


魔界獄炎メガ・カオスファイヤー……」


止めなきゃ。そう思うのに、指一本動かせない。


これが、敗北。

これが、死。


その時だった。


炎弾ファイアーショット!」


震える足で立ち上がったバーンが、なけなしの勇気を振り絞って魔族に魔法を放った。

彼の魔法は防護フィールドに触れた瞬間、蛍のように儚く消える。

何の効果もない。


だが、魔族は不意に術の発動をやめた。

ゆっくりと、虫けらを見るような目で、バーンを振り返る。


「貴様……いい度胸だ。我が極大魔術の前に、まずは貴様から、念入りに殺してやろう」


魔族の矛先がバーンに向かう。

殴られ、蹴られ、血まみれになりながらも、バーンは子供たちを庇うように立ち続けた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


容赦ない追撃の炎に焼かれ、彼の悲鳴が洞窟に響き渡る。

肉の焼ける、むせ返るような臭いが立ち込めた。


バーンの犠牲が無駄なのか?


『やめて! もうやめて! バーンが死んじゃう!』


――これは失敗?


違う。


混濁した意識のなかから溢れ出す、少女の悲痛な叫びが、思考を灼く。

このままでは、また同じだ。

銃殺された、あの日のように。

また、私は「失敗」するのか。


否。


頭の奥で、あの男の声がリフレインした。


『それでもお前たちは、いついかなる時も確実に生き残る必要がある』

『死の自由はない』

『死の自由はない』


そうだ。私は、死ねない。

絶対に、生き残る。


その強烈な生存衝動が、痛みすら麻痺させていく。


魔族は、私がもう死んだと思っている。

バーンへの拷問に集中している今この瞬間こそが、最後の好機。


限界の体に命令し、渾身の力を振り絞って立ち上がると、無音で奴の背後に近づき、ナイフを構える。

狙うは急所の頸動脈。

一撃必殺――!


だが、魔族は魔法の発動寸前だった腕を動かし、私のナイフをその手のひらで受け止めた。

ナイフが奴の手を貫く。

恐るべき反応速度。


「あの攻撃を喰らって、なお立ち上がるとは。忌々しい娘め!」


私はすぐにナイフを引き抜こうとするが、すでに時機を逸していた。


魔族はナイフが刺さったその手で私の頭をわしづかみにすると、虫を払うかのように、力任せに放り投げた。

凄まじい勢いで宙を舞い、後ろにあった棺桶の上に背中から叩きつけられる。

再び体がばらばらになりそうな衝撃と激痛が全身を貫いた。


「ッ……」


口から血反吐が溢れ、私の血がゆっくりと棺を伝っていく。

もう、本当に動けない。


意識が朦朧とする中、自分が叩きつけられたこの棺こそが最後の希望かもしれないと、本能が告げていた。


まだだ!


私は最後の力を振り絞り、血に濡れた手でナイフを握りしめると、蓋と本体のわずかな隙間にその切っ先を突き立てた。


こじ開ける。

この中に、何かあるかもしれない。

生き残るための何かが。


「まだ動けるのか。しぶとい奴め。確実に死ね!」


背後で魔族が魔法を連発し、炎が背中に命中するが、構わない。

どうせ、もう体には何の感覚もないのだ。


私はナイフをひたすら振るう。


ガキン!


甲高い金属音が響く。

だが、棺はびくともしない。

鍵が必要なのか? しかし、鍵穴すらない。


打つ手がない。

視界がかすみ、傷口から命が流れ出ていくのがわかる。


もう、意識が……


消えそうな意識が、敗死を予感したその、刹那。


ガチャリ…


冷たい、無機質な合成音声が、頭の中に響いた。


『対象ノ生命反応、著シク低下。危険水準ヲ突破。緊急覚醒シーケンスニ移行。ロックヲ、解除シマス』


目の前の棺桶が、しゃべった?


プシュー、と圧縮された空気が抜ける音と共に、頑強だった蓋が、いとも簡単に開いていく。

中から、ひんやりとした冷気が漏れ出した。


血で霞む視界の中、棺の中から、ゆっくりと長身の人影が起き上がるのが見えた。


その男は、傷だらけで倒れている私を一瞥すると、静かに、だが確かな怒りを込めて、呟いた。


破星はせい。お前、ボロボロじゃないか」

読んで頂きありがとうございます。

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やる気が出ます。

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