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二計画  作者: 喰ったねこ
第三章:王都編
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第33話 即席令嬢の憂鬱

王都召喚の勅命が下り、講和会議への出席と国王陛下への謁見が正式に決定した。

それに伴い、私には、これまで全力で無視してきた、ある深刻な問題が突きつけられていた。


(……王宮に、このメイド服と白衣で乗り込むのは、さすがにまずいか)


なにせ、ここは中世さながらの封建国家。

服装や作法の一つで、こちらの意図とは関係なく「不敬」と見なされ、いきなり無礼打ちにされても文句は言えない。

そうなれば、アノンが黙っていないだろう。王宮で抜刀騒ぎなど、考えただけでも面倒なことになる。


ここは、慎重に行くべきだ。


問題は、山積みだった。

第一に、貴族社会におけるマナーが、私には壊滅的に欠けている。

前世でも、こちらの世界に来てからも、そのようなスキルを習得する機会も、必要性もなかった。

こうして考えると、一度くらいは夜会に出ておくべきだったかもしれない。

もちろん、研究を優先した私の判断が間違っていたとは思わないが。


だが、今となっては、やるしかない。



その後ろ向きな覚悟は、サンジェルマン公爵からの呼び出しによって、現実のものとなった。

後ろ盾である公爵が、私が王都で恥をかかぬよう、最低限のマナー教育を施そうと考えたらしい。


案内されたのは、彼の屋敷の、女性用の豪華なゲストルームだった。

蝶や花がモチーフに用いられた、華やかで、甘い香りがする、私の屋敷とは対極にあるような部屋だ。


「リオお嬢様。お待ちしておりましたわ」


部屋に私を招き入れたのは、専属メイドのメアリーだった。


「カルテラドスから、いつ戻ったの?」


「つい先ほどです。シオン様より、すぐさまこちらの屋敷に来るようにと」


「そう。バーンは元気?」


「はい。お嬢様のお言いつけ通り、街で面白そうな物を探しているようです。ですが、なかなか見つからないと、少し落ち込んでおりました」


そうだろうな。そんなに簡単に、前世の手がかりが見つかるはずもない。


「では、お嬢様! さっそく始めさせていただきますわね! 腕が鳴ります!」


メアリーのその、やけに嬉々とした掛け声と共に、どこからともなく現れた大勢のメイドたちに、私はあっという間に囲まれてしまった。


部屋付きの浴室に連行され、有無を言わさず服を剥ぎ取られ、湯船に放り込まれる。

大勢のメイドの手で、体中を隅から隅まで磨き上げられ、清められていく。

メアリー一人にやられた時とは違う、羞恥と、なされるがままの無力感。


浴室から出れば、今度は花の香油を使った入念なオイルマッサージが始まった。

日々の研究と徹夜で凝り固まった体が、プロの手でゆっくりとほぐされていく。

その心地よさに、思わず意識が遠のきそうになった。


次は、化粧の時間だった。

化粧など、自分でしたことは一度もない。メアリーにされるがまま、顔に様々なものが塗られていく。

前世でも、ホパ村でも、そんな余裕は全くなかったのだから。


全ての工程が終わり、鏡を覗き込むと、そこには全く見知らぬ、完璧な美少女がいた。


「お嬢様……。大変、お美しいですわ。まるで、天から舞い降りた女神様のようです」


メアリーやメイドたちは、自らの仕事の出来栄えに、うっとりとため息をついていた。


そして、最終段階。ドレスの着付けだ。

用意されていたのは、光沢のある純白の生地に、金の刺繍が惜しげもなく施された、息をのむほど豪華なドレスだった。


「……痛い。メアリー、私の体を拘束しないで」


「これはコルセットです、お嬢様。美しい姿勢を保つためには、必要不可欠なものでございます」


メアリーは、容赦なく私のウエストを締め上げていく。

痛い。苦しい。


全ての準備が整うと、メアリーが大きな姿見を私の前に持ってきた。

鏡に映し出されていたのは、本当に、何の穢れも知らない、物語の中の聖女のような少女だった。

だが、その完璧な姿と、私の内面との、あまりのギャップ。


本当の私は、こんな人間じゃない。

これは、偽物だ。


どんな犠牲を払っても生き残ると誓い、敵を容赦なく殺し、排除してきた。

それが、私の当たり前だったはずだ。


なのに、なぜ。

化粧やドレスで見た目を変えられたくらいで、こんなにも罪悪感にも似た、居心地の悪さを感じてしまうのか。

この世界に来てから、私は、何かがおかしくなってしまっている。


その時、部屋の扉がノックされ、シオンが入ってきた。

彼はメイドたちを下がらせると、私の姿を一瞥した。


「……予定通り、美しい」


彼は小さく呟くと、本題を切り出した。


「ドレスの着心地はいかがですか、所長? 今後、それが貴女の戦闘服になりますので、毎日着て慣れてください。これから、社交ダンスと、貴族社会の作法を、即席で叩き込んでいただきます」


村娘が、貴族の真似事か。

シオンは、本気で私を令嬢に仕立て上げるつもりらしい。


「シオン、では、いくわよ」


「はい、所長」


私は彼の手を取り、ダンスの最初のステップを踏み出そうとして――スカートの裾を踏み、見事に体勢を崩した。


「きゃっ!?」


咄嗟に受け身も取れず、私は派手な音を立てて、床に思い切り転倒した。


こんなにヒールの高い靴など、履いたことがない。

その、歩くだけでも困難な靴で、動きにくいドレスを着て、やったこともない奇天烈な踊りをする。

無理だ。無理。絶対に無理。


「……これ、初心者がいきなりペアで踊れるものなの?」


床に座り込んだまま、私が抗議の声を上げる。


「いえ。ですが、所長は常に姿勢も美しいですし、体幹も常人離れしている。問題ないかと思ったのですが」


シオンは、心底意外だという顔をしていた。


「……カオスの権化、魔王ですら逃げ出しそうな所長にも、苦手なことがおありだとは。少し、安心しました」


彼は苦笑すると、私の手を取り、立ち上がらせた。

そして、自ら女性側のステップを、驚くほど優雅にやってみせてくれる。

私も真似てみるが、その動きは、壊れたブリキの人形のように、ぎこちなかった。


ダンスの次は、挨拶や言葉遣いの指導だった。


「カーテシーは、貴族女性の基本です。片足を斜め後ろに引き、もう一方の膝を優雅に曲げる。国王陛下の御前では、これ以上なく深く、そして美しく」


様々な、非合理的で、面倒なしきたりと作法。

貴族というのも、楽ではないらしい。


その日の夜まで、シオンによる熱心な(そして容赦のない)講義は、延々と続いたのだった。

読んで頂きありがとうございます。

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