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二計画  作者: 喰ったねこ
第三章:王都編
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第32話 王都召喚命令

メサリア攻防戦から、一ヶ月が過ぎた。


私の生活は、科研の立ち上げ準備のために、相変わらず多忙を極めていた。

その日、私はシオンと二人きりで、今後の運営方針について会議の場を持っていた。


「宣伝活動は、すこぶる順調のようね」


私が淹れてもらった紅茶を一口すすりながら皮肉を言うと、シオンは完璧な執事の笑みで応えた。

最近、私が街を歩いているだけで、人々が道を譲る。

すれ違う誰もが、畏敬の念を込めて深く頭を下げる。

もはや私は、ただの男爵ではなく、この街の守護聖女として完全に神格化されつつあった。


「すべてはシナリオ通りです、所長。貴女の威光のおかげで、科研に対する公爵からの予算執行も、当初の予定より10%増しで進んでおります」


「お手柔らかに願いたいわ。このままでは、本当に聖女にされてしまう」


「お褒めの言葉と受け取っておきます」


シオンは優雅に一礼した。


「私は、ずっとこの停滞した世界を変えたいと願ってきました。そのために、革命軍として貴族制を打倒するのが最善の道だと、あの時までは信じておりました。しかし、あの戦場で貴女という混沌に出会った瞬間から、確信したのです。貴女が進む道の後ろにこそ、真の世界変革があると」


「そんな大層な期待をされても困るわ。私はただ、自分の生存圏レーベンスラウムを確保して、安寧に暮らしたいだけよ」


世界がどうなろうと、私の知ったことではない。

ただ、敵が私の生存を脅かすから、仕方なく戦っているに過ぎないのだ。


「私の役目は、貴女のその歩みを、いかなる手段を用いても最大限に加速させること。それ以上でも、それ以下でもありません」


シオンの瞳に、狂信的な光が宿る。


「そして、リオ所長。さらに前へ進むため、貴女は、この国の頂点に立つべきです。すなわち、王都神殿の『大聖女』に」


大聖女。

国家神殿組織のトップであり、国王と並び、このナブラ王国の権力の中枢を占める存在。

この男は、私をその地位に据えることで、国そのものを内側から作り変えるという、壮大な国家改造計画を企てているのだ。


「大聖女、ねぇ……」


どんどん、私の本質からかけ離れた偶像が出来上がっていく。

だが、その提案に、無視できないメリットがあることも事実だった。

金食い虫である科研の運営資金は、サンジェルマン公爵という強力なパトロンを得ても、なお全く足りていない。


銃弾を一発作るのに、どれだけの工程と資源が必要か。

高純度の鉄鋼、精密な工作機械、そして無煙火薬を合成するための化学プラント。

医薬品の開発に至っては、薬草の成分分析から始まり、有効成分の抽出、合成、臨床試験と、天文学的な費用と、専門的な知識を持つ大量の人材が必要になる。


なんでもいいから、試作品を一つ作ればいいという話ではなかった。

例え適当に、薬を化学合成しても不純物で一杯だろう。

そんなもの飲めるか!

クオリティ・コントロールした上で生産する。それこそが難しい。

そして、それを支えるサプライチェーンの構築まで考えれば、必要な予算は、一個人の貴族が捻出できる額を遥かに超えている。


これは、どう考えても国家レベルで取り組むべきプロジェクトだ。


シオンは、私のその思考を完全に見透かしていた。

彼は優秀だ。私の目的を正確に理解し、そこへ至るための最短距離を、常に提示してくる。


「……」


(……なんだかんだ言って、国単位の権力を動かせるのは、大きなメリットか)


私の思考が、合理的な結論を導き出す。

だが、心のどこかで、何かがそれに抵抗していた。

リオの魂と混濁してから、「私」の思考は、どうにも純粋な合理主義を突き詰めきれていない。

人々から敬愛され、傅かれるという状況が、元村娘としての魂には、地に足がつかないようで、ひどく居心地が悪いのだ。


「無論、大聖女への道は容易ではありません。これは長期的な戦略目標です。ですが、その第一歩として、一度、王都へ出向いていただく必要があるでしょう」


「王都ですって? そんな所に行っている暇はないわ。研究が山積みよ」


「おそらく、近日中に王都にて、メサリア侵攻に関する講和会議が開かれます。その会議に、メサリアを救った英雄として、所長にもご出席いただきたい。もしかすると、大聖女シナリオよりも、さらに素晴らしい最高の『演出』をご用意できるやもしれません」


シオンは穏やかな口調で語るが、その目には、新たな計略の光が浮かんでいた。


「研究があると言っているのだけど。断ることは、無理かしら?」


「当然です」


彼は、薄い笑みを浮かべた。だが、その目は笑っていない。


「研究は、夜中にでも存分になさってください。昼間はちゃんと働いていただかないと。いずれにせよ、近々、国王陛下から、貴女に王都召喚の勅命が下るはずです。それに従わねば、いかに英雄といえども、反逆者として縛り首…」


この封建社会において、国王の命令は絶対だ。

それは、前いた世界で言うところの、独裁者の命令に等しい。


「……はぁ」


また、面倒な話が、一つ増えた。


科研の予算確保のためとはいえ、政治は苦手だ。

いや、政治そのものよりも、その手段である貴族の社交が、あらゆる意味で私の性に合わない。


夜会への出席要請は、それこそ山のように届いているが、今までは「研究多忙」を理由に、全て問答無用で断ってきた。

そのおかげで、私の神秘性はさらに増し、ますます招待状が増えるという悪循環に陥っている。

あの、戦闘効率ゼロのヒラヒラしたドレスを着て、私がダンスを踊る?

冗談ではない。


そんな私の思いとは裏腹に、その数日後。


国王の紋章を掲げた使者が、一通の羊皮紙を携えて、私の屋敷を訪れた。

ナブラ国王アルダン三世の名において、聖女リオ男爵に、一月後の王都召喚を命じる、という、王の勅命だった。

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