閑話:革命家の心服
夜明けと共に、戦いは終わった。
私は、城壁の上から、眼下に広がる凄惨な光景を、ただ、呆然と見下ろしていた。
夥しい数の死体。人間のものと、魔族のもの。その二つの軍勢が、敵も味方もなく折り重なり、平原を赤黒く染め上げている。鉄と血と、そして、非人間的な何かの匂いが混じり合い、むせ返るような死臭となって、冷たい朝の空気を満たしていた。
私の計画は、完璧なはずだった。
革命軍の理想――この腐敗した貴族社会を打倒し、民衆を解放するという、大義。
その第一歩として、私は、切れ者のサンジェルマン公爵の排除を画策した。敵国ロキヌスのメルギド伯を焚きつけ、彼の軍勢によって、このメサリアを攻めさせる。騎士団を失った公爵に、勝ち目はない。彼は失脚し、混乱した領地を、無能なメルギドを傀儡として我ら革命軍が内側から掌握する。
それは、血を最小限に抑えた、実にクレバーで、秩序ある「革命」となるはずだった。
ラナお嬢様のような、罪なき者は、混乱に乗じて亡命させる手筈も整えていた。
そう、私の描いたシナリオは、美しくさえあった。
あの、混沌の塊のような少女――リオが現れる、その時までは。
彼女は、私の計算を、私の理想を、私の描いた世界の全てを、いとも容易く、そして、美しくさえあるやり方で、完全に破壊して見せた。
こちらの侵攻の意図を完璧に見破り、敵の防衛線をかいくぐりカルテラドスから超人的な速度で舞い戻ってきたこと。
そして、私の前で、彼女は、まるで明日の天気を予報するかのように、平然と言い放ったのだ。
『だって彼らは、私がぐっすり眠っている間に、勝手に壊滅するもの』と。
初めは、理解できなかった。
だが、今、この光景を目の当たりにして、ようやく私にも理解できた。
あれが偶然である筈がない。
彼女は、人類の天敵、天罰であるはずの魔族を、自らの私兵として召喚してみせたのだ。
人の身で、一体いかなる奇跡を。いかなる魔術を使ったというのか。いや、もはや神の御業ですらあるまい。たとえ神であろうと、これほどの軍勢を意のままに召喚するなど……常識では、到底測れぬ。
なんという、冒涜的で、神をも恐れぬ所業。
その姿、魔王すら、目を背けることだろう。
そして、なんという、圧倒的な、美しさか。
私は、この世界を変えたいと願っていた。
だが、私のやろうとしていたことは、何だったのか。しょせんは、この腐った世界のルールの上で、駒の配置を少しばかり入れ替えるだけの、矮小なままごとではなかったか。
貴族を倒し、新たな秩序を作る?
馬鹿馬鹿しい。
彼女は、違う。
彼女は、秩序など、作ろうとはしていない。
彼女は、ただ、敵と敵をぶつけ、殺し合わせる。その様を、何の感情も見せず、まるで出来の悪い演劇でも観るかのように、静かに城壁の上から眺めている。
その姿は、英雄でも、聖女でもない。
慈悲も、憎悪も、一切の感情を超越した、ただ純粋な「混沌」そのもの。
そうだ。
世界を変えられるのは、秩序ある革命などではない。
全てを無に帰し、全てを破壊し尽くす、圧倒的なまでの、混沌の嵐だけだ。
私は、間違っていた。
この淀んだ世界に必要なのは、新たな支配者などではない。
全てを破壊し尽くす、救世主なのだ。
私は、ゆっくりと、彼女の方へと振り返った。
朝日を浴びて、その黄金の髪を輝かせながら、彼女は、自らが作り出した地獄絵図を、ただ、静かに見下ろしている。その横顔は、十四歳の少女のものとは思えぬほど、冷徹で、そして、神々しかった。
ああ、そうだ。私は、ずっと、この御方を探し求めていたのだ。
私の、ちっぽけな革命の理想など、この御方の前では、塵芥に等しい。
私の革命は、今、この瞬間に、終わった。
そして、ここから、新たな、本当の「革命」が始まるのだ。
この、混沌の聖女と、共に。
私は、自らの内に宿る、古き理想が死に絶え、新たな、より純粋で、より過激な狂信が生まれるのを、確かに感じていた。
その感情は、恐怖と、そして、生まれて初めて感じる、歓喜に満ちていた。
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