第27話 メサリア攻防戦
カルテラドスを後にしてから、私たちは一切の休息を取らなかった。
時間が惜しい。馬を乗り潰す勢いで、ただひたすら東を目指す。
道中、中間地点の街で疲弊しきった馬を新たな馬に乗り換える。
その間も、食事は全て馬上の干し肉で済ませた。
容赦なく鞭を入れ、土煙を上げて街道を疾走する。
思考は、常に最悪の事態を想定していた。
いかに早くメサリアに戻れるか。それが、この戦いの勝敗を分ける。
街には城壁があるとはいえ、先の魔族の襲撃で一部は未だ修復中。
そして何より、防衛の要である騎士団は壊滅状態にある。
長くは持ちこたえられないだろう。
その日の夕刻。
地平線の先に、見慣れた城壁のシルエットが見えてきた。
だが、その上空には、平穏な夕焼けの色とはあまりにも不釣り合いな、いくつもの黒い煙が立ち上っていた。
「……煙が立っているな。もう戦端は開かれている」
アノンの低い声が、乾いた風に溶ける。
「予想した通りの展開、というわけね」
メサリアは、敵軍に完全に包囲されていた。
敵は、魔族が破壊した城壁の修復部分に攻撃を集中させている。
爆裂魔法の閃光が、夕闇を幾度となく引き裂き、轟音と共に城壁の石を砕いていく。
城壁を一点突破し、そこから一気に市内へ雪崩れ込む作戦だろう。
対するメサリア側は、籠城し、術者たちが総出で展開したであろう防護フィールドで弱点部分を守っている。
だが、術者の練度か、あるいは単純な魔力量の差か、その輝きは徐々に弱まり、城壁は少しずつ崩落しつつあった。
城壁の上から、必死の応戦が行われている。
しかし、メルギド軍が放つ魔法の弾幕は、その数倍。
メサリア側の反撃は、巨大な波に飲み込まれるさざ波のように、虚しく掻き消されていく。
「騎士団が壊滅しているにしては、善戦しているわね」
私が冷静に戦況を分析する。
「何か有効な作戦はあるのか、破星」
「お父様……」
ラナが、不安そうな表情でか細い声を漏らした。
敵勢力は、ざっと見て一個師団。数千人はいるだろう。
指揮官である騎士階級を中心に、剣や槍で武装した一般兵で構成されている。
後方には、兵站を維持するための物資が集積された、広大な陣地が構築されていた。
「数が多いな」
「……ええ。私たちにとって、魔族より厄介な敵よ」
アノンの呟きに、私は同意した。
特級魔族の魔法は、確かに脅威だ。だが、その力の根源は「魔法」。
私の魔法無視が有効な領域だ。
しかし、人間の軍隊は違う。
彼らが振う剣、放たれる矢。それは、純粋な物理法則に支配された、質量と運動エネルギーの塊。
この魔法世界では、圧倒的に弱い兵器かもしれない。
でも、私の特異体質は、鋼の刃を防ぐことはできない。
剣で急所を斬られれば、私もアノンも、普通に死ぬ。
兵站を断つために、後方の物資集積所を強襲する手もある。
だが、そのためには敵陣のど真ん中を突っ切る必要があった。
アノンならば、あるいは行く手に立ちはだかる敵兵を全て斬り伏せてしまうかもしれない。
だが、それはあまりにも無謀な、自殺行為に等しい作戦だった。
(……軍隊と正面から戦って無双できるほどの戦闘力は、残念ながら、ない)
私の思考が、冷たく現実を告げる。
(だからこそ、自分の力以外の何かを利用して、この盤面を覆す必要がある)
その時、私の脳裏に、ある一つの「黒い実験」が閃いた。
思いついてしまった以上、もう、試してみるしかない。
私は馬から降りると、地面に木の枝で簡易的な地図を描き、部隊の配置を示した。
「今、敵の主戦力は、あの破壊された城壁部分に集中している。まず、ラナの祝福魔法で、私たちの存在を敵全体に知らせるわ」
「わ、わたくしが、おとりになるのですか?」
「違う。光の柱を立てて、敵の注意をこちらに引きつけるの。私達は馬だから、追撃してくるのは、機動力のある騎士だけでしょう。少数なら、そのまま撃破する」
私は、地図上の森を指し示した。
「多数で追ってきた場合は、この森へ逃げ込む。ここは、魔族が潜んでいる森。敵も大軍での侵入は躊躇うはずよ」
「魔族の巣窟に……大丈夫なのですか?」
「魔族なら、何とかなる。問題ないわ」
私は続けた。
「この作戦の目的は、敵に『神出鬼没の脅威』という恐怖を植え付け、今日の夜間攻撃を躊躇させること。その隙に、私が単独でメサリア内部に侵入する。……後は、任せて」
私が計画を伝えると、アノンは静かに頷き、ラナは覚悟を決めたように顔を上げた。
「――神よ! 我が祈りに応え、輝きの祝福を我らが眷属に与え給え! 聖光充填!」
ラナの詠唱に応え、戦場の外れに、天を衝くほどの巨大な光の柱が出現した。
その派手な挑発に、敵の一部が明確に反応した。
馬に乗った十数騎の騎士が、本隊から離れ、私たちを追撃してくる。
私たちは馬首を返し、森へと向かう。
敵を引き離しすぎず、近づけすぎず、絶妙な距離を保ちながら。
森の入り口で、私たちは馬を止め、振り返った。
「ラナ、魔法を!」
ラナが牽制の光魔法を放ち、追撃してきた騎士たちの目を眩ませる。
その一瞬の怯んだ隙を、アノンが見逃すはずもなかった。
闇の中から現れた亡霊のように、彼は敵の只中に躍り込む。
「外流雷の型」
刃の閃きが数度。
それだけで、先頭を走っていた騎士数名が、悲鳴を上げる間もなく馬から崩れ落ちた。
私たちは、このパターンを数回繰り返した。
姿は見えない。だが、深追いすれば、必ず返り討ちに遭う。
敵の騎士たちの間に、確実に恐怖が伝播していくのが分かった。
「見えざる騎士団」の再現だ。
やがて夜の帳が下りると、私は単独で行動を開始した。
夜陰に紛れて敵の陣地の外縁部まで忍び寄り、歩哨に立つ兵士を、音もなく始末していく。
背後から口を塞ぎ、サバイバルナイフで頸動脈を掻き切る。
この世界の騎士道とは程遠い、元いた世界の特殊部隊の技術。だが、効率はいい。
一人、また一人と、歩哨が闇に消える。
姿なき殺人鬼の存在は、敵の警戒レベルを最大限に引き上げさせた。
メルギド軍は夜間の城壁攻撃を完全に停止し、人員を防衛と警戒任務へと切り替えた。
作戦目標は達成した。
私は、離れた場所で待機しているアノンとラナに、かがり火のたいまつを投げ込んで敵軍の野外戦用テントに放火するという、あらかじめ決めておいた合図を送る。
そして、単独でさらにメサリアの城壁へと接近した。
アノンには、ラナを護衛し、このまま前線から離脱するように指示してある。
彼らを、この先の「危険な実験」に巻き込むわけにはいかない。
敵陣に、もし高度な探知魔法の使い手がいたとしても、魔法が作用しない、いわば天然のステルス能力を持つ私を捉えることはできないだろう。
私は、闇に溶け込むようにして、敵兵が必死に攻撃して穿った城壁の亀裂へと向かう。
そして、猫のようにしなやかな動きで、その小さな隙間からメサリアの内部へと、音もなく滑り込んだのだった。
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