第24話 カルテラドスの街
私が深い眠りに落ちている間も、馬車は街道を走り続けていた。
研究所での過密な日々が嘘のように、揺りかごのような振動と、柔らかな座席、そして誰にも邪魔されない静寂が、私の心身を癒していく。
どれくらい眠っただろうか。
次に目を覚ました時、窓の外はすでに夕暮れの茜色に染まっていた。
「はー……よく寝た」
仕事もせず、これだけ眠ったのは何日ぶりだろう。
凝り固まっていた思考がほぐれ、鉛のように重かった体が、驚くほど軽くなっている。
私が伸びをすると、馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて大きな城門の前で停止した。
「着いたようだな」
御者台に座っていたアノンが、短く告げる。
「ここが、商業都市カルテラドス……」
私は馬車を降り、大きく背伸びをした。
「結局、一度も起こされなかったわね。盗賊も、噂倒れだったのかしら。おかげでぐっすり眠れたわ」
私のその、あまりにも能天気な一言に、後から降りてきた三人の空気が、ずしりと重くなった。
ラナは、目の下にうっすらと隈を作り、その完璧な美貌に明らかな疲労の色を浮かべている。
バーンに至っては、青白い顔で、馬車の壁に寄りかからなければ立っているのも辛そうだ。
アノンは表情こそ変えないが、その佇まいには、休息を取った者のそれとは程遠い、張り詰めた緊張感が残っていた。
(……? みんな、どうしたのかしら。馬車の旅が、そんなに疲れるものだった?)
私だけが完全に回復し、他の三人が消耗しきっている。
その奇妙な状況に、私はわずかな違和感を覚えた。
気を取り直し、私たちはカルテラドスの街へと足を踏み入れた。
だが、そこで私たちを迎えたのは、商業都市の活気ではなく、不気味なほどの静寂だった。
城門は開かれているのに、人や馬車の往来がほとんどない。
道行く人の姿もまばらで、すれ違う者たちは皆、何かを恐れるように足早に家々の中へと消えていく。
聞こえてくるのは、遠い波の音と、寂しげな海鳥の鳴き声だけ。
街全体が、まるで息を殺しているかのようだった。
「やはり、人がおりませんわね。この街は、わたくしが以前訪れた時とは、全く違う顔をしています」
ラナは、目の前の異常な光景に、自身の疲労も忘れたかのように眉をひそめる。
馬車は、静まり返った石畳の道を進み、海沿いに立つ一軒の宿屋の前で停車した。
貴族や大商人が利用するであろう、瀟洒で華美な建物だ。
だが、その宿屋もまた、閑散としていた。
チェックインを済ませ、私たちは食堂へと向かう。
海が一望できる、窓際の最高の席。だが、他に客の姿は一人もいなかった。
「この料理、めちゃくちゃ美味しいです! なんだか、力が湧いてきました……!」
しかし、そんな不気味な雰囲気も、運ばれてきた料理の前に吹き飛んだ。
目の前に並んだのは、内陸のメサリアでは決して味わえない、新鮮な魚介類をふんだんに使った料理の数々。
ホパ村のイモ料理に比べたら、天国と地獄ほどの差がある。
バーンは、ようやく生気を取り戻したように、夢中で料理を頬張っている。
私も、久しぶりにまともな食事にありつけた。
こんなに美味しいものを食べられるのなら、たまにはこういう「休暇」も悪くない。
「……それにしても」
アノンが、それまで触れようともしなかったグラスの酒を、一気に呷った。
「この街の静けさは、異常だな」
「ええ。商業都市でありながら、船の出入りがほとんどない。商品の流通が、完全に止まっている……。まるで、ゴーストタウンですわ」
ラナも、料理にはほとんど手を付けず、窓の外の寂れた港を眺めていた。
仲間たちの疲労、そして、この街の静寂。
二つの、まだ答えの出ていない謎。
私は、美味しい魚料理を頬張りながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
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