第16話 魔法対決
「ワシは、この街メサリアの領主……サンジェルマン公爵である!」
ラナが決闘を宣言したことで生まれた険悪な空気を、朗々とした、それでいて有無を言わせぬ威厳に満ちた声が切り裂いた。
見れば、いつの間に現れたのか、恰幅のいい壮年の男が、数人の騎士を伴ってそこに立っていた。
金の刺繍が施された豪奢な外套、その胸元で輝く紋章。
彼こそが、私たちが会おうとしても会えなかった、この地の最高権力者だった。
「面白そうな勝負ではないか。街の復興祈念も兼ねて、このワシが実行委員長を務めてやろう! 思う存分、ワシを楽しませるのじゃ!」
村への食料援助を頼みに来た時には姿も見せなかった領主が、面白い見世物となれば、こうもあっさり姿を現すのか。
この勝負を祭り上げ、魔族の襲撃で沈んだ民衆の士気を高め、ついでに復興資金でも集めようという魂胆だろう。
抜け目のない男だ。
「公爵閣下。わたくしは村への食料援助をお願いするために、ここまで参りました。決闘などしている場合ではございません」
私は、貴族に対する最大限の礼儀を装い、丁重に辞退の意を述べた。
「うむ。心配には及ばん」
公爵は、鷹揚に頷く。
「神殿長から事情は聞いておる。ホパ村には、なるべく早く救援部隊と食糧を送り届けさせよう。お前たちが危険を冒して運ぶ必要はない。故に、ここで心置きなく勝負に臨むがよい」
何が何でも、私たちに勝負をさせるつもりらしい。
その目は、娯楽を前にした子供のように爛々と輝いていた。
「なお、この勝負を断るというならば、食料援助の話もご破算じゃ。知っての通り、この街も魔族の襲撃で財政は火の車でな。英雄への褒賞と、辺境の村への援助、両方を行う余裕はないのじゃよ」
それは、ほとんど脅迫だった。
「……では、私が勝った場合、どのような褒賞をいただけるのでしょうか」
村への食料援助は、本来であれば領主の義務だ。
それを人質に取られた以上、こちらも相応の対価を要求する権利がある。
「ほう、面白い。気に入ったぞ、小娘」
公爵は、私の不遜な態度を咎めるどころか、愉快そうに口の端を吊り上げた。
「よかろう。そなたが勝ばば、男爵の位をくれてやろう。街を救った英雄なのだ、異論は出まい。我がサンジェルマン家が後ろ盾となり、そなたを正式な聖女として国に推挙してやるわ」
男爵。
特権階級の末席とはいえ、貴族か。
この世界で生き残るには、悪くないカードだ。
この魔法至上主義の世界において、貴族とは安全な城壁の内側で、何不自由ない暮らしが約束される存在。
無力な村娘に比べれば、その生存確率は比較にさえならないだろう。
前世では決して手に入らなかった、安寧な生活。
それだけではない。希少な情報というものは、いつの世も国家の中枢に秘匿されているものだ。
この世界の理、神と魔族の謎、そして私の前世の秘密。
それらの情報にアクセスするためには、村娘のままでは一生かかっても不可能だ。
貴族という身分は、そのための最高の鍵になりうる。
『あれだけの達人を従える聖女様なのだから』
『きっと、ラナ様にも劣らぬ凄い魔法をお持ちなのだろう』
周囲の野次馬たちの、無責任な期待の声が聞こえる。
……魔法がないので、勝ち目はない。貴族の地位は、絵に描いた餅だ。
だが、この勝負、受けるリスクは驚くほど低い。
街を救った功労者である私を、負けたからといって無下にはできないだろう。
残念賞くらいは貰えるかもしれない。
ならば、万に一つの可能性に賭けてみる価値はある。
「お受けいたします」
私は、公爵の目を見据え、はっきりと告げた。
「それで、魔法勝負とは、具体的に何をするのですか?」
「うむ、それは簡単じゃ。実行委員長であるこのワシが、聖女にふさわしい内容を考えてやろう。決闘は二日後に開催する! 内容は、その時に発表じゃ!」
◆
あっという間に、二日が過ぎた。
本来であれば、魔法の修行でもしてパワーアップを図るべきなのだろう。
だが、そもそも魔法が使えないのだから、ゼロに何を掛けてもゼロ。修行に意味はない。
私は、魔族の血で汚れた服を洗い、アノンに銃の手入れをさせ、バーンを連れてメサリアの名物料理を食べ歩くなど、ごく普通に過ごしていた。
そして、魔法勝負の当日がやってきた。
街の中央広場は、どこから集まったのかと思うほどの人だかりで埋め尽くされていた。
露店まで立ち並び、まるでお祭りのような騒ぎだ。
広場の中央に設えられた特設ステージの上で、サンジェルマン公爵が声を張り上げた。
「ワシは、この街メサリアの領主、サンジェルマン公爵である! これより、我が娘にして騎士団の聖女、ラナ・テス・サンジェルマンと! 先日の魔族襲撃を退けたもう一人の英雄、リオ嬢による、魔法勝負を執り行う!」
『ウオオオオオオオ!』
割れんばかりの歓声が、広場を揺るがした。
「さて、注目の勝負内容であるが……聖女対決にふさわしく、『治癒魔法対決』じゃ!」
更なる歓声。
ラナが、ステージの上で「お父様!」と歓喜の声を上げる。
(……なるほど。完全に、娘に有利な種目を選んできたか)
魔法を使った武闘会のようなものを想像していたが、全く違った。
私とラナは、広場に設置された巨大なテントへと案内された。
そこは、先の戦いで負傷した人々を収容する、仮設の野戦病院だった。
無数のベッドが並び、負傷者たちの苦痛に満ちた呻き声と、薬草の匂いが満ちている。
「ここにいる患者たちを、より多く治癒した者を、勝者とする! まさに聖女にふさわしい戦いであろう! さあ、存分に癒すのじゃ!」
どこまでも、ふてぶてしい男だ。
見世物にするだけでなく、魔族襲撃の後始末まで、我々にタダでやらせるつもりか。
「ルールを確認します。患者をより多く治癒した方が勝ち。それ以外の条件は?」
「何もありはせん。ただ、治癒すればよい。単純明快なルールであろう」
公爵はそう言うと、テントを指し示した。
「ラナは1号テント、リオ嬢は2号テントの患者を頼む」
「分かりました。治した人数が多ければ、それでいいのですね」
私とラナは条件を再確認すると、それぞれの持ち場であるテントの中へと、足を踏み入れた。
勝負の火蓋が、切って落とされた。
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