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二計画  作者: 喰ったねこ
第一章:メサリア編
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第15話 2人の聖女

神殿を出ると、街を蹂躙していた魔族の残存勢力は、そのほとんどが沈黙していた。


夥しい数の死体が、メサリアの石畳を赤黒く染めている。

そのどれもが、まるで鋭利な刃物で精密に解体されたかのような、綺麗な切断面を晒していた。

この手口には見覚えがある。


「……アノンの仕業か」


私の呟きと同時に、通りの向こうで魔族が両断されるのが見えた。

やはり、彼が全て叩き斬ったのだろう。


私はアノンの元へと駆け寄った。


「アノン、大ボスは倒したから……」


私の報告を遮るように、可憐な、しかし切迫した悲鳴が響いた。


「きゃあっ! 助けてください、剣士様!」


生き残りの魔族が、瓦礫の陰から純白の衣をまとった少女――聖女ラナに襲いかかっていた。


「ひぁっ!」


アノンは舌打ち一つすると、一瞬で少女との間合いを詰め、すれ違いざまに魔族を斬り捨てた。

ただの下級魔族では、もはや彼の動きに反応することすらできない。


「……また、助けられてしまいましたわね、アノン様」


ラナが、安堵と、そして熱を帯びた瞳でアノンを見上げる。

アノンはバツが悪そうに頭をかきながら、「……おぅ」とだけ短く応えた。


(……何よ、その反応)


私の自称護衛という以外、よく知らない男ではあったが、こんな顔もするのか。


「アノンさん? 護衛対象を放置して、一体何をしていたのかしら」


思わず、自分でも驚くほど棘のある声が出た。


破星はせい。お前なら、あの程度の敵に後れを取るはずがない。何か問題でもあったか?」


「確かに問題はないけど。でも、最重要護衛対象を放り出して、別の女の子を助けるっていうのは、護衛としてどうなのよ」


「何を言っている。お前自身が、自分でボスを倒すと言い出したのだろう」


正論だ。あまりにも、正論すぎる。


あのボスは私に任せてと言ったし、結果的に倒せたし、その自信もあった。

だが、護衛対象である私を放置して、同じくらいの年頃の別の少女(しかも、かなりの美少女)を甲斐甲斐しく守るというのは……何かが違う気がする。


(……待て。なぜ私は、こんなどうでもいい、非論理的な思考に陥っている?)


彼の行動は、私の実力を正確に分析した上での、極めて合理的な判断だ。

それは理解できる。理解できるが、なぜか、心の奥底で何かが燻り、納得がいかない。

この、不合理な感情の正体は何だ。


まさか。この体を私が完全に乗っ取るのではなく、むしろ両者の人格の侵食結合が進んでいるというのか。

冷徹であるはずの「私」が、嫉妬のような感情に?


自分が、自分でない何か別のものに変わっていく。

私の思考だと思っているものが、本当に私の思考なのか。

私の行動も、私の意志によるものなのか。


考えれば考えるほど、異世界転生という現象の、底知れない不気味さを感じずにはいられない。


(……いや、そんなはずはない。私は、私だ)


私は沸き立つ感情を無理やり思考の奥底に抑え込み、平静を装った。


「そうね。確かに、これは私の作戦だった。変なことを言ってごめん」


「……妙に素直だな」


アノンは、あっさり謝罪する私を、不思議そうな物でも見るかのように見つめた。


「あらためて、お礼を申し上げますわ、アノン様。貴方のおかげで、この街は救われました」


私たちの間に、ラナが割り込んでくる。

どうやら、アノンが斬り捨てたのが最後の一匹だったらしい。


戦闘中だったから気にしていなかったが、間近で見ると、このラナという少女は人形のように整った顔立ちをしていた。

年は私と同じくらいだろうか。血や泥に汚れていても、その輝きは失われていない。

私のような、貧乏で削ぎ落された体とは違う、ふわふわしていて、守ってやりたくなるような体つき。


チッ……

思わず舌打ちしてしまった。多分、リオが。


「アノン殿の剣技、我々騎士の力を遥かに凌駕しております。もしよろしければ、是非我が騎士団にお迎えしたい!」


生き残った騎士たちも集まってきて、口々にアノンを賞賛する。

貴族しか入れないエリート集団ではなかったのか。


「そして、そちらのお嬢さんも。只者とは思えぬ戦いぶりだった。あの爆発といい、一体どのような魔法を……」


別の騎士が、興味と警戒の入り混じった目で私に話しかけてくる。


「当然ですよ! リオ様は、本物の聖女様なのですから!」


私が答えるより早く、どこからともなく現れたバーンが、胸を張って叫んだ。

そこから先は、彼の独壇場だった。


ホパ村を襲った魔族に、私がたった一人で敢然と立ち向かい、これを撃退したこと。

食料を失った村の子供たちのために、少女の身でありながら、危険な旅に出たこと。

彼の口から語られる物語は、もはや奇跡の英雄譚だった。

私がいかに慈悲深く、勇敢な存在であるかを、彼は身振り手振りを交えて熱弁した。


「今回だって、あの恐ろしい魔族の大群を、たった三人で殲滅してしまわれたのです! リオ様は、本当に偉大な聖女様なんです!」


聞いている本人は、羞恥で身悶えしそうになる。

まあ、結果だけ見れば、概ね事実ではあるのだが。


魔族は、この世界の一般人から見れば、死と恐怖の象徴だ。

それを、こんな貧相な村娘が次々と倒してしまったのだから、彼らの目には異常な光景に映っただろう。

この世界のパワーバランスを、少し崩しすぎてしまったかもしれない。


「……あなたが、リオ様、ですの?」


一通りバーンの演説を聞き終えたラナが、探るような目で私に話しかけてきた。


「あなた、本当に『聖女』なのですか?」


知るか、そんなこと。


「聖女であるならば、祝福の聖属性魔法が使えるはずですわね。それに、聖女には必ず護衛の騎士がつきますが、貴女の騎士は?」


「おう。そいつの護衛は、俺だ」


ラナの問いに、アノンがこともなげに答えた。


「アノン様が……この方の、騎士……? そんな……!」


ラナの顔から、さっと血の気が引いた。

その瞳に、信じられないという色と、そして、明らかな敵意が宿る。


多分、騎士とかそういう関係ではないのだが。


「わたくしはサンジェルマン公爵家のラナ! 王国に認められた、正統なる聖女として、あなた――リオとやらに、魔法での決闘を申し込みますわ!」


ラナは私をまっすぐに指さし、響き渡る声で、高らかにそう宣言した。


「は?」


決闘? どうして、そういう流れになる?

このお嬢様は一体何を言っているんだ?

この人、もしかして悪役令嬢か何かのテンプレートキャラか?


「悪ぃ、なんか面倒そうだから、先に宿屋に行ってるわ」


そそくさと、アノンがその場を去っていく。

今回の主原因が、面倒事には関わらないとばかりに、速攻で逃げ出した。

なんて奴だ。護衛なら、こういう面倒事も責任をもって処理してほしい。


「もし、わたくしが勝ったら、アノン様を私の騎士としてお迎えしますわ!」


ラナが、頬を上気させながら宣言する。

なるほど、目的はそっちか。


「我がサンジェルマン公爵家の権威において、あなたに、わたくしとの勝負を『命令』しますわ!」


……凄く、面倒くさい。

なぜ、私がそんな茶番に付き合わなければならないのか。

今すぐにでも逃げ出したい。


街を魔族から救い、その功績で感謝され、多額の報酬を得る。

それが私の計画だったのに。


このお嬢様のせいで、その感謝の流れが、明後日の方向へ捻じ曲げられようとしていた。

読んで頂きありがとうございます。

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