第14話 近接銃撃
神殿の魔力測定器が、けたたましい音を立てていた。
表示される数値が、常軌を逸した速度で跳ね上がっていく。
――適合率45%、55%、65%……。
「……面白い」
思わず、感嘆の声が漏れた。
「薬物投与による、人為的な適合率の底上げか。実に興味深い」
目の前で、シャガーンの肉体が、生命の理を無視して変貌していく。
皮膚は赤熱し、その下の筋肉は見る間に膨張と収縮を繰り返し、最適な戦闘形態へと再構築されていく。
周囲の空気が、彼が放出する異常なエネルギーによって陽炎のように揺らめき、呼吸さえも苦しくなるほどの圧力を生み出していた。
(……だが、肉体への負荷は計り知れないな)
私の思考は、目の前の脅威を、冷徹な生物学者のように観測していた。
(超速の肉体再生と、急激な体組織の変態。これほどの速度で無理やり細胞分裂を繰り返せば、テロメアは瞬く間に摩耗し、あっけなくヘイフリック限界を迎えるはずだ。この世界の生物の細胞には、その限界が存在しないとでも言うのか?)
「貴重な生体実験だわ」
適合率を上げられても、体に悪影響しかないだろう。下手をすれば自滅する。
私なら絶対にやらないが、他人の実験を観察する分には、これほど面白い見世物もない。
「ぐふ、ふふふ……素晴らしい……! この甘美なる力……! 貴様ごとき異端者、我が最大の魔法で、跡形もなく葬り去ってくれましょう!」
変貌を終えたシャガーンが、陶酔したように笑う。
その掌中に、先程とは比較にならないほどの魔力が集中していく。
やがて、その場所に漆黒の渦が生まれ、空間そのものが軋むような不気味な音が轟き始めた。
渦の中心には、全てを吸い込む深淵のような闇が広がり、莫大な破壊エネルギーが満ちていく。
私は、その光景を、ただ黙って見つめていた。
「冥黒絶光!!」
シャガーンの絶叫と共に、漆黒の渦から純粋な破壊エネルギーの奔流が放たれた。
それは光というよりも、「無」の塊。
それが通過した神殿の大理石の床は、分子レベルで消滅していく。
一点集中型の、超高密度エネルギー攻撃。
次の瞬間、私の視界は完全な闇と光に包まれた。
――轟音。
凄まじい破壊の音が、少し遅れて鼓膜を揺さぶる。
壁が砕けた細かい破片が、体に当たるのが分かった。
標的であるはずの私は、その地獄のような光景を、まるで対岸の火事のように眺めていた。
私を飲み込んだはずの破壊の奔流は、私の体を通り抜けた先で、神殿の壁に巨大な風穴を開け、その背後にあった建物を崩壊させ、ついには街の城壁の一部までもを粉砕していた。
「だから言ったでしょう。いくら魔法を放っても、無駄だと」
破壊の跡の中心で、私は静かに告げる。
「私の適合率が限りなくゼロである以上、あなたの適合率がたとえ100%に達したところで、それは誤差の範囲でしかない」
「そん、な、はずは……ない! 神の力が……このワタクシの力が、通じぬはずなど! 冥黒絶光!!」
シャガーンは再び魔法を放つが、結果は同じ。
私はその光の中を悠然と前進し、恐慌に陥る奴の首筋を、再びナイフで深く切り裂いた。
敵の魔法の中を突っきって攻撃する、という戦法は、この上なく有効だった。
これだけ分かりやすく結果を見せても、なお同じ攻撃を繰り返す。
それだけ、彼らは自らの魔法に絶対の自信を持ち、それ以外の攻撃手段を想定していないのだ。
シャガーンの動きが、目に見えて鈍化していく。
血液を失いすぎたのだ。
さらに、あの魔石による無理な細胞活性化が、確実に彼の体を蝕んでいた。
体の一部に、組織が壊死し、どす黒く変色している箇所が見て取れる。
やはり、この世界の生物にも、細胞分裂の限界は存在するらしい。
「ぐ、はぁ……! 神の力は……神の力は万能なのです! 更なる……更なる神の祝福をぉぉぉ!」
もはや正気を失ったシャガーンが、最後の力を振り絞るように叫ぶ。
魔力測定器の数値がさらに狂ったように上昇していくが、それに比例して、彼の体は内側から崩壊していく。
「この街ごと……貴様も、あの剣士も、全て吹き飛ばしてくれる……! ワタクシのこの命を、神に捧げ……この体の、自爆をもって!!」
シャガーンの全身が、恒星の終焉を思わせるほどの眩い光を放ち始めた。
街全体を巻き込む、大規模な自爆攻撃。
(……面倒なことを)
直接的には、私には効かないだろう。
だが、魔法の発動の副作用として引き起こされる、爆風や砕けた破片などの間接的な物理現象は脅威だ。
ここで自爆されたら、神殿自体が崩壊し、その下敷きになって簡単に私は死ぬのに違いない。
こうなれば、爆発前に、完全に沈黙させるしかない。
シャガーンの動きは、もはや緩慢。懐に潜り込むのは容易い。
しかし、使うのはナイフではない。
「自爆? そんな無駄なことは、今すぐやめなさい」
私はホルスターから自動拳銃を抜き放つと、至近距離からシャガーンの額に銃口を突きつけ、躊躇なく引き金を引いた。
――乾いた破裂音。
それは、この世界に鳴り響く魔法の轟音とはあまりにも異質な、冷たく、無慈悲な、科学の音だった。
シャガーンの頭部が、内側から破裂した。
脳漿と骨片をまき散らし、もはや再生など不可能なレベルで、思考の中枢が完全に破壊される。
夥しい血液を失い、細胞の寿命すら尽きかけていた奴の体に、自爆を完遂する力も、この傷を癒す力も、もはや残ってはいない。
光を失った巨体が、不発のまま、ゆっくりと仰向けに倒れた。
わかっていた。
私の能力で防御フィールドを無効化できるゼロ距離で銃を撃てば、これ以上なく効果的だということを。
遠距離からの銃撃は、フィールドに干渉され威力が減衰する。
なら、邪魔なフィールドが消失する、私の領域で使えばいい。
貴重な弾丸は使いたくなかったが、街が消滅するよりはマシだ。
ナイフでは、硬い骨で守られた脳や心臓を確実に破壊するには手間がかかる。
私は硝煙が立ち上る銃をホルスターに戻すと、いつものように、ナイフを手にシャガーンの検死を始めた。
やはり、適合率の強制的な引き上げは、この化け物の体を滅茶苦茶に破壊していた。
内臓の多くが壊死し、原型を留めていない。
その中で、胃のあたりが、微かな光を放っていた。
ナイフで切り裂くと、中から奴が飲み込んだ、あの小さな魔石が出てきた。
適合率を高める効果があるようだが、その正体は不明。
解析すれば何かの役に立つかもしれない。私はそれを布で拭うと、懐にしまった。
検死を終え、私は静寂を取り戻した神殿で、一人思考する。
この神殿で祀られている「神」とは、一体どのような存在なのか。
人間だけでなく、魔族にさえも、等しく「魔法」という恩恵を与えている、この世界の理そのもの。
その理に反する私は、一体――。
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