第12話 外流雷の型
レストランが爆散した衝撃と轟音は、戦場の時さえも一瞬だけ凍り付かせた。
騎士も、市民も、そして魔族さえもが、破壊の源である屋根の上の小さな影――私――に意識を奪われる。
その、全ての時間が引き伸ばされたかのような一瞬の静寂。
その好機を、逃す男ではなかった。
戦場の凍り付いた時を、アノンだけが駆け抜けた。
「外流雷の型。瞬殺」
神速の抜刀。
鞘から放たれた刃は、最も近くにいた上級魔族の首を、音もなく刎ね飛ばしていた。
噴き出した血が、まるで赤い霧のように宙を舞う。
「――刺殺」
血振りさえせず、返す刃で次の獲物へ。
踏み込みと同時に放たれた刺突は、別の魔族の眉間を正確に貫き、その頭蓋内で脳漿を攪拌する。
我に返った三体目の魔族が、恐慌の雄叫びを上げてアノンに襲い掛かる。
だが、遅い。
「――斬殺」
一閃。
袈裟懸けに振り下ろされた刀は、魔族の巨体を肩口から腰まで、骨も内臓もろとも両断していた。
僅か数秒。呼吸をする間ほどの時間で、騎士団をあれほど苦戦させていた上級魔族三体が、ただの肉塊へと変わる。
アノンは静かに刀を振るい、刀身に付着した血糊を振り払った。
その姿は、あまりにも日常的で、それ故に異常だった。
「……お見事。その剣技、常人の域を超えていますね」
騎士団を蹂躙していた指揮官クラスの魔族が、初めてアノンを脅威と認識し、ゆっくりと向き直った。
その佇まいは、他の魔族とは明らかに異質。
知性と、そして絶対的な強者だけが持つ、歪んだ気品に満ちていた。
「ワタクシは、特級魔族のシャガーンと申します。以後お見知りおきを、と言いたいところですが、貴方にはここで死んでいただくので不要ですかな」
「……フン。死ぬのは貴様の方だ」
アノンの返答は、いつも通り不敵で簡潔だった。
「『適合率』の緊急警報により、この地に来てみれば……なるほど、貴方のような規格外がいるとは。確かに、その技からは魔力を一切感じませんね」
適合率。警報。
やはり、そういうことか。
シャガーンの言葉を聞き、私は奴を仕留めるべき最適な戦場を確信した。
「外流雷の型。刺殺」
アノンは、シャガーンの言葉を最後まで聞く気など毛頭なかった。
会話の途中、何の前触れもなく突進する。
全体重を乗せた切っ先が、シャガーンの眉間に迫る。
だが、シャガーンはアノンの初撃を予測していたかのように、腕を交差させて顔面を庇った。
「甘い!」
防御フィールドを貫通した刀は、しかし、シャガーンの腕に突き刺さり、その動きを止める。
骨が砕ける、鈍い音が響いた。
「――旋殺」
アノンは即座に刃を横に薙ぎ、突き刺さった腕を骨ごと断ち切ろうとする。
「なるほど、警報は誤報ではなかったようだ! 魔法を使わぬ人間が、これほどの強さを持つとは……! ホパ村に送った部隊を壊滅させたのも貴方でしょう! それでこそ、ワタクシが直々に出向いた甲斐があったというものです!」
シャガーンは腕に刃が食い込んだまま、凄まじい力でアノンを押し返すと、大きく後ろへ跳躍した。
そして、その口元に、街の城壁すら破壊するほどの魔力を収束させる。
「混沌閃光!」
灼熱の怪光線が、アノンを飲み込まんと放たれた。
アノンは体を翻してそれを紙一重で回避するが、逸れた破壊光線は背後の建物を容易く蒸発させ、街路に深い傷跡を刻み付けた。
シャガーンは間髪入れず光線を連射し、アノンに一切の接近を許さない。
剣士と見抜いた上で、その間合いの外から一方的に蹂躙する。それがシャガーンの戦術だった。
「チッ。剣だけなら安上がりだったものを」
アノンは悪態をつくと、光線の合間を縫うように駆けながら、腰の大型拳銃を抜き放った。
轟音。
心臓を狙った弾丸は、回避運動を取ったシャガーンの右胸を貫いた。
剣による攻撃を警戒していたシャガーンにとって、それは完全な不意打ちだった。
予想外のダメージに、魔法の連射が一瞬止まる。
その好機を、アノンが見逃すはずもなかった。
「外流雷の型。刺殺」
一気に懐へ踏み込み、今度こそ心臓目掛けて渾身の突きを放つ。
シャガーンの心臓を、刀が根元まで深々と貫いた。
「――旋殺」
さらに刃を心臓の位置で水平に回転させ、その内部を滅茶苦茶に抉る。
「ぐえぇぇぇぇぇえ!」
シャガーンが、初めて苦悶の絶叫を上げた。
だが、彼は自らの胸に突き刺さった刀を左手で掴むと、切断面を押さえた。
すると、破壊されたはずの心臓と肉が、みるみるうちに再生していく。
「再生能力か。面倒な奴だな、特級魔族というのは」
「その辺に転がっている騎士擬きとは格が違います。貴方のような危険因子は、ここで確実に排除せねばなりませんね」
「俺の技は、ただ敵を殺すだけだ。化け物、敵対した以上、貴様も例外ではない」
アノンが更なる追撃を仕掛けようとした、その時。
シャガーンは、後方で倒れていた騎士団の中から、純白の衣をまとった少女の首を掴みあげると、アノンの前に盾として突き出した。
「魔族らしく、非道に振る舞ってみましょうか。この娘を殺されたくなくば、武器を捨てなさい」
「あ……聖女様……!」
バーンが息をのむ。
街道で見た、騎士団に「祝福」を与えていたあの聖女だった。
「ラナ様……!」
倒れていた騎士が、彼女を守ろうとシャガーンに掴みかかるが、返り討ちに遭い、鎧を砕かれて地に伏した。
「動けば殺しますよ。さあ、今すぐに武器を捨てるのです」
シャガーンが首を握る手に力を込めると、ラナの口から苦鳴が漏れた。
「それは俺に言っているのか? ならば却下だ。その女は、俺の護衛対象ではない」
アノンの返答は、シャガーンの予想を完全に裏切るものだった。
「……はあ?」
「貴様は馬鹿か。我が護衛対象の命に比べれば、他の人間の命など塵芥に等しい。俺には、破星を守るためだけに、全てを犠牲にする権限が与えられている。それは、たとえ国家元首であろうとも例外ではない!」
アノンはそう断言すると、ふぅ、とわざとらしく溜め息をついた。
「まさかとは思うが、知らないのか? 俺の本当の護衛対象を」
「……なんだと?」
「屋根の上だ。よく見てみろ」
アノンの言葉に、シャガーンの視線が、一瞬だけ、屋根の上の私へと向けられた。
その、コンマ一秒にも満たない、一瞬の油断。
「外流雷の型。断殺」
閃光。
シャガーンがラナを掴んでいた腕が、肩口から完全に切断され、宙を舞った。
アノンは返す刀でラナの体を抱きかかえ、安全な場所へと下ろす。
「再生するなら、繋がる前に断てばいい。よそ見をするから、斬られるんだ」
アノンは不遜に呟いた。
「……き、さまぁぁあああああ!」
片腕を失い、人質まで奪われたシャガーンが、怒りに顔を歪ませて私を睨みつける。
奴の敵意が、完全にアノンから私へと切り替わった。
次は、私を人質にするつもりか。
シャガーンは再生を後回しにし、地面を蹴った。
凄まじい跳躍力。ここは三階建ての建物の屋根だというのに、一気にここまで跳んでくる。
だが、それこそが、私たちの狙いだった。
手筈通りだ。
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