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二計画  作者: 喰ったねこ
第六章:神聖国編
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第85話 見えざる鉄槌。数学的無双

要塞グラードからの魔法砲撃は、熾烈を極めていた。 城壁に並んだ魔法師団が放つ光弾は、正確に帝国軍の前衛部隊に着弾し、地面を抉り、兵士を吹き飛ばしていく。 射程はおよそ2キロ。魔法としては驚異的な距離だ。彼らは高所である城壁の利点を活かし、撃ち下ろしているのだ。


「陛下! 前衛部隊、後退を! このままでは的ですぞ!」


モルトケ参謀総長が悲鳴を上げる。 隣では、スコルツェニー将軍が飛来する光弾を戦斧で叩き落とし――その衝撃で少しよろけながら、忌々しげに唸った。


「ええい、鬱陶しい! 陛下、我らに突撃命令を! あの城壁ごと奴らを叩き潰してくれますわ!」


「待ちなさい、スコルツェニー。慌てないで、モルトケ」


私は強化外骨格(ヴァルキリー)のスラスター出力を調整しながら、冷ややかに告げた。


「前衛はただの囮よ。本命の位置取りは終わったわ」


私は、地図の一点を指し示す。 要塞を見下ろす位置にありながら、敵(城壁の上)からは山の稜線に隠れて死角となる、後方の小高い丘。 標高203メートル。 事前の測量により、要塞内部を砲撃するのに最適な座標として特定されていた「203高地」だ。 私たちが陣取るこの前線本部からそこまでは、敷設した有線電信回線が既に通じている。


「……砲兵指揮官より入電。配置完了。座標入力よし。全門、装填よし」


アノンが、電信機の音を拾って報告する。 帝国軍は、敵の魔導砲撃の射程外、およそ5キロ離れた高地の裏側に、虎の子の鋼鉄製カノン砲五十門を並べていた。


「5キロ後方……? ですが陛下、そこからでは城壁が邪魔で、敵の姿が見えませぬぞ?」


モルトケが怪訝な顔をする。 魔法使いは、視認できない相手を正確に攻撃することは難しい。それがこの世界の常識だ。


「ユリウス。貴方は『条件』と言ったわね。風がなければ毒は届かない、と」


私は、遥か彼方の要塞の塔に立つ男に向けて、外部スピーカーで呟いた。


「でもね、数学に条件はいらないの。必要なのは、正確な『数字』だけ」


私の手元には、この場所を網羅した精密な測量地図がある。 要塞の正確な位置、座標、標高。それらは全て、数値化されたデータとして私の手の中にある。 敵が見えていなくても関係ない。弾道計算さえ正しければ、砲弾は物理法則に従って、必ずそこに落ちる。


「て、敵を見ずに当てる、だと……?」


モルトケが戦慄する中、私はスラスターを全開にした。


「私が直接、弾着を確認するわ。……アノン、指揮を頼む」 「了解。……まあ、お前なら被弾しても気づかないだろうがな」


アノンの軽口を背に、私は一気に空へと舞い上がった。


ドォォォッ!!


真っ直ぐに上昇する私の機体に、敵の魔導師たちが気づく。


「なっ、空を飛ぶ鎧だと!?」 「撃ち落とせ! 集中砲火だ!」


下から無数の光弾――純粋な魔力の塊が、私めがけて殺到する。 だが、私は回避行動すら取らない。 真っ直ぐに、弾幕の中を突き進む。


シュンッ!


光弾がヴァルキリーの装甲に直撃する――はずだった。 しかし、光弾はまるでそこに私が存在しないかのように、私の機体を「すり抜けて」遥か上空へと飛び去っていった。 弾くわけでも、霧散させるわけでもない。ただ、私という物質が魔法にとって「透明」であるかのように。


「な……魔法が、すり抜けた!?」 「馬鹿な! 直撃コースだったぞ!」


狼狽える声が聞こえる。 当然だ。私の肉体は、魔力を一切受け付けない「魔法無視アンチ・マジック」の特異体質。 魔法という概念にとって、私は観測できない暗黒物質ダークマターと同じ。干渉することはおろか、触れることすらできない虚無。


「……邪魔よ」


私は彼らの頭上、要塞の真上で静止ホバリングする。 眼下には、豆粒のような要塞グラードの全貌が見渡せる。 ここなら、遮るものは何もない。


私は、ヴァルキリーの肩部に装備された高輝度信号灯シグナル・ライトを起動する。 眼下で待機している前線本陣のアノンに向けてだ。


カシャ、カシャ、カシャ。 強烈な閃光で、モールス信号を送る。


『――全門、撃テ――』


地上で、アノンが双眼鏡を下ろすのが見えた。 彼は隣にいる通信兵の肩を叩き、短く命令を下したはずだ。 その命令は、敷設された有線電信ラインを駆け抜け、光よりも確実な電気信号となって203高地へ届く。


数秒後。 遠くの山影から、白い煙が一斉に上がった。


ズドォォォォォォォン!!


大地を揺るがす轟音が遅れて届く。 音速を超えて飛来した五十発の鋼鉄の砲弾は、見えない放物線を描き、山を越え、要塞グラードの頭上から降り注いだ。



要塞グラード内部。中央広場にある大聖堂には、戦火を逃れた多くの市民や負傷兵が集まり、必死の祈りを捧げていた。 分厚い石壁と、聖堂騎士団のエリート魔導師たちが何重にも張り巡らせた聖なる結界。城壁が破られない限り、ここならば安全だと、誰もが信じていた。


「おお、神よ。我らをお守りください……」


敬虔な祈りの声が響く中、不意に、空気が震えた。 ヒュゴォォォッ……! 人々が顔を上げ、ステンドグラスを見上げた、その瞬間。


ドガァァァァン!!


屋根が、吹き飛んだ。 対魔法用の結界がガラス細工のように砕け散り、鋼鉄の塊が床へと突き刺さる。 遅れて炸裂した衝撃波が、人を、石壁を、無慈悲に粉砕していく。


「あ……が……?」


何が起きたのか、理解する間もなかった。 砕けた瓦礫の下から、赤い血が川のように流れ出す。


「て、敵襲!? どこだ! 敵はどこにいる!」


城壁の上の魔導師たちが叫ぶ。だが、周囲を見渡しても、城壁に取り付いている敵の姿はない。 ただ、遥か遠くの山陰から、白い煙が上がっているだけだ。 そして頭上には、魔法が通用しない強化外骨格(ヴァルキリー)を纏ったリオが、冷ややかに見下ろしている。


「くそっ、結界展開! ……魔力の消費が早すぎる!」


魔法障壁とは、魔力で空間を固定するものだ。 対して、砲弾は数十キロの鉄塊が音速で飛来する、純粋な運動エネルギーの塊。 これを止めるには、一瞬で膨大な魔力を消費する。


――ヒュン……ヒュルルルル……!


再び、あの「死の音」が聞こえた。 一つではない。十、二十、五十……!


ドガン! ズドン! バババババッ!!


次弾、三弾と、五十発の鉄の雨が、絶え間なく要塞内に降り注ぐ。 魔導師たちが悲鳴を上げる。 リオたちが使う新型砲の弾速はマッハ1以上。視認することは不可能だ。 着弾音ドカーンが聞こえた時には、もう隣の仲間は肉片になっている。


「ぎゃあああ! 結界が! 結界が保たない!」


わずか数分間に約100発。数十キロの鉄塊が雨あられと降り注ぐ。 張りっぱなしの結界は、物理的な衝撃を受け続けるたびに術者の魔力をゴリゴリと削り取り、数分と持たずに彼らをガス欠に追い込んでいく。


一発目の砲弾を奇跡的に防いだ魔導師が、血を吐いて膝をつく。 その刹那、二発目の砲弾が脳天を直撃し、上半身を消し飛ばした。


「神よ……! なぜ……!」


祈りも、魔法も、勇気も、何も通じない。 ただ、圧倒的な質量と速度の暴力が、見えざる天から降り注ぎ、全てを等しくミンチに変えていく。



上空から要塞内部の惨状を確認した私は、再び信号灯を操作した。 直下の本陣へ向けて、修正データを送る。


カシャ、カシャ。 『――(ファイア・)(フォー)(・エフェクト)、続行。更地ニナルマデ撃テ――』


その光を見たアノンが、即座に電信機を叩かせている姿が目に浮かぶようだ。 命令を送り終えると、私はスラスターを絞り、悠々と地上へと降下した。 時折、残存した魔導師からの攻撃が飛んでくるが、私は手で払うことさえしない。それらは私の体を幽霊のようにすり抜け、空の彼方へ消えていく。


ダンッ。


土煙を上げて着地した私を、モルトケ参謀総長が駆け寄って迎える。 その背後では、通信兵が電信機にかじりつき、絶え間なく電信を送っている。


ズドーン、ズドーンという腹に響く音が、リズムよく断続的に続いている。 戦場というよりは、巨大な工場の稼働音に近い。


「へ、陛下……! ご無事ですか!?」


「無事も何も、ただの光(魔法)じゃ私に触れることすらできないわ」


私は頭部装甲を上げ、生身の目でモルトケを見据えて解説してやる。


「それに、彼らはもう私を狙う余裕なんてないわ。敗因は『目で見えるものしか信じなかった』ことよ」


「目で見えるもの……?」


「そう。『見てから防ぐ』のは、人間の動体視力では物理的に不可能なの。着弾速度は秒速340メートル以上。音が聞こえるより先に死んでいるわ」


私は要塞の方角を指差す。そこからは黒煙が上がり、時折、爆発光が見える。


「となれば、生き残るには『全方位に、常に最大出力で結界を張り続ける』しかないけれど……鉄の雨よ? そんな燃費の悪いことをすれば、数分で魔力ガス欠になる。それに、この弾は拳銃弾のようなオモチャを防ぐのとはわけが違う。重量40キロ、弾速マッハ1。その運動エネルギーは拳銃弾のおよそ4000倍。 たった一発で、大型蒸気トラックが最高速で衝突してくるごとき衝撃エネルギーだ。それを何発も受け止めれば、人の魔力など消し飛ぶわ」


アノンが私の言葉を引き継ぐように、冷淡に付け加えた。


「防げば疲労で死ぬ。解けば物理で死ぬ。詰みだ」


最大限展開された魔法にこれを防御する能力があるとしても、それを使う人間の計算には限界がある。飛んでくる相手にタイミングを合わせるという高度なコンピュータが必要な迎撃演算を、生身の人間が気合でやろうなど、土台無理な話なのだ。 火薬がある限り、私たちはお茶を飲みながら紐を引くだけで攻撃できる。対して彼らは、命を削って防ぐしかない。 これは戦争ではない。一方的な、物理法則による「教育」。


「なんと……。見えぬ敵を、一方的に……これが、陛下の『科学の戦争』……」


モルトケの手から、双眼鏡が滑り落ちた。 彼にとっては何度見せつけても、自分の長い経験との差がありすぎて驚嘆を禁じえないのだろう。


「ガハハハハ! 痛快! 実に痛快だ! さあ陛下、仕上げと行きましょう!」


スコルツェニーだけは、その圧倒的な破壊力に酔いしれ、狂喜の声を上げていた。コイツは勝てば手段はなんでもいいのだ。


十分後。 砲撃音が止んだ。 要塞グラードの堅牢な外壁はそのまま形を留めていたものの、その内部は強固に守られた中心部の塔を残し、大半の建物は瓦礫の山と化していた。 地上に動く熱源反応はない。うめき声すら聞こえない。圧倒的な静寂。


(中央塔の守りは固い……。だが、地上の目標の大半は破壊したわ)


私はHUDの解析結果を見て判断する。 これ以上撃っても、瓦礫をさらに細かくするだけだ。 死ななかった連中は、恐らくは地下に潜ったのだろう。 砲撃ハンマーの役目は終わった。


「地上の敵の無力化を確認。……総員、突撃!」


私の号令が、戦場に響き渡った。 待機していた帝国軍の歩兵部隊が、塹壕から一斉に這い出し、鬨の声を上げて進撃を開始する。 ガスマスクを装着し、着剣したマスケット銃を構えた異形の兵団が、意気揚々と瓦礫の山と化した要塞へと雪崩れ込んでいく。


「アノン、行くわよ」


私はガトリングガンの安全装置を解除した。 背後には、油断なく周囲を警戒するアノンが続く。


「要塞内に突入。地下に潜ったネズミたちを、一匹残らず駆除する」


砲撃による「更地化」は終わった。 だが、それは終わりの静けさではない。 これから始まる、泥沼の市街戦キル・ハウスへの入り口だった。

読んで頂きありがとうございます。

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