第84話 狂信者たちの学習
聖門要塞グラード。
聖都ルミナスへの道を塞ぐように聳え立つ、巨大な黒い城壁。
その威容は、単なる防御施設というよりは、大地から生えた巨大な墓標のようにも見えた。
黒曜石に似た硬質な岩を隙間なく積み上げて作られたその外壁は、高さ50メートルを超え、厚さは10メートルにも及ぶ。
城壁の上には無数のバリスタと魔導師のための塔が並び、空からの侵入すら許さない。
古来より、いかなる大軍も跳ね返し、大陸最強の「難攻不落」を誇ってきた鉄壁の要塞。
それが今、神の国を守る最後の盾として、私たちの前に立ちはだかっていた。
我々ロキヌス帝国軍は、要塞を包囲し、攻撃の準備を整えていた。
眼下の平原には、毒ガスを充填したタンク、コウモリ爆弾のコンテナ、そして無数のロケット台車が並んでいる。
前回と同じく、圧倒的な物量と科学による蹂躙劇を再現するつもりだった。
「……静かですな」
モルトケ参謀総長が、不安げに双眼鏡を覗く。
城壁の上には、整然と並ぶ聖堂騎士と魔導師たちの姿が見えるが、彼らは微動だにしない。
こちらの布陣を見ても、動揺する様子がないのだ。
「不気味なくらいね。……まあいいわ。挨拶代わりの『死の霧』をプレゼントしてあげましょう」
私は、攻撃開始の合図を送った。
風向きは計算通り。要塞に向かって緩やかな風が吹いている。
シューッ……!!
タンクが開かれ、黄緑色の塩素ガスが溢れ出す。
重い毒の霧は、地を這うように要塞へと迫っていく。
城門の隙間や排水溝から浸透し、内部の人間を皆殺しにする――はずだった。
だが。
「――風よ! 穢れを払え!」
城壁の上から、一人の高位魔導師の号令が響き渡った。
瞬間、城壁に配置された数百の魔導師たちが、一斉に杖を掲げた。
ゴオオオオオッ!!
要塞から、猛烈な「逆風」が吹き荒れた。
自然の風ではない。魔力によって強制的に生み出された、暴風の壁だ。
地を這っていた毒ガスが、見えない壁にぶつかったかのように巻き上げられ、あろうことか、こちら側へと押し返されてくる。
「なっ!? 敵が風魔法でガスを押し返してきます! ガスの散布中止! 総員、ガスマスクを着用しろ!」
モルトケが叫ぶ。
こちらの兵士はマスクをしているから無事だが、毒ガス攻撃は完全に無力化された。
「……なるほど。『風魔法』による強制換気、か。単純だけど、一番確実な対策ね」
私は舌打ちをした。
重い塩素ガスも、物理的な風圧には逆らえない。
敵は、前回の敗因を正確に分析し、「毒ガスには風」という対抗策を準備していたのだ。
「なら、これはどうかしら? 空からの奇襲よ」
第二陣、コウモリ爆弾の投入。
投石機から放たれたコンテナが空中で開き、数千匹のコウモリが飛び出す。
彼らは暗がりを求めて、要塞の開口部へと殺到する――はずだった。
キィィィン……!!
要塞全体を包むように、半透明の結界が展開される。
通常なら小動物程度はすり抜ける設定の結界だが、今回は違う。
コウモリが触れた瞬間、バチバチッという音と共に黒焦げになって落ちていく。
「対物理結界の密度を、最大まで上げているのか……!」
さらに、城壁の各所に配置された弓兵と魔導師たちが、正確な対空射撃を開始した。
火矢と魔法の雨が、行き場を失ったコウモリたちを次々と撃ち落としていく。
爆弾を抱えたまま空中で爆発するコウモリたち。
あの巨大な城壁には、煤汚れひとつついていない。
「……通じませぬぞ、陛下」
モルトケが、愕然とする。
毒ガスも、動物兵器も、前回猛威を振るった「搦手」が、ことごとく封じられている。
「ふふふ……。どうしました、魔王陛下。攻めあぐねておいでですか?」
城壁の中央、最も高い塔の上に、一人の男が現れた。
拡声魔法によって増幅されたその声は、戦場全体に響き渡る。
ゲメリアの司祭、ユリウスだ。
魔法学園で、私に仕掛けられた精神攻撃の黒幕だった男。
「同じ手が、二度も通じると思いましたか? 我々は神に選ばれし者。学ぶこともまた、神より与えられた知恵なのです」
彼は、余裕の笑みを浮かべて私を見下ろしている。高みから見下ろされる屈辱。
「貴女の『科学』とやらの弱点は、見切りました。それは『準備』と『条件』が必要だということです。風がなければ毒は届かず、生物は結界で防げる。……さあ、次は何を出しますか? 鉄の荷車ですか? それとも鳥ですか?浅はかな魔王よ、大人しく学園で神に愛される聖女となれば、無駄な血も流れずに済んだと言うのに」
挑発。
だが、的確だ。
彼は、こちらの兵器の特性を理解し、冷静に潰しにかかっている。
狂信者だと思っていたが、指揮官としては優秀らしい。
「……陛下。どうしますか? ロケット台車を突っ込ませますか?」
スコルツェニー将軍が、戦斧を握りしめて問う。
「いいえ、待って」
私は、スコルツェニーを制した。
この状況で突っ込ませても、恐らく対策されている。
あの高い城壁の上から狙い撃ちにされるか、あるいは土魔法で地形を変えられて、無駄弾になるのがオチだ。
(……舐められたものね)
私は、パワードスーツの拳を握りしめた。
初見殺しの奇策が通じなくなった今、ここからが本当の「戦争」だ。
小細工が効かないなら、正面からねじ伏せるしかない。
「モルトケ、砲兵隊を前進させなさい。……『大砲』の出番よ」
私は、後方に待機させていた鋼鉄の巨砲群を投入することにした。
「搦手がダメなら、王道で行くわ。あの自慢の城壁を越えて、物理運動エネルギーで粉砕してあげる」
だが、私の命令が下るよりも早く、要塞側から無数の閃光が放たれた。
敵の魔導砲撃だ。
正確な着弾が、展開中の帝国軍前衛を襲う。
学習した狂信者たちは、ただ守るだけでなく、反撃の機会すら窺っていたのだ。
聖門要塞グラード。
そこは、私の科学を否定するために築かれた、鉄壁の魔導要塞となっていた。
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