第83話 鉄の胃袋と補給線
ロキヌス帝国軍の最前線。
そこは、ゲメリア神聖国の領内深く、聖都ルミナスを遠くに望む荒野だった。
瓦礫と化した敵陣地の真ん中で、鋼鉄の巨人――パワードスーツ『ヴァルキリー』が、プシューという排気音と共に膝をついた。
「……遅い」
私は、内部で、苛立ちと共にHUDの残弾計を睨んでいた。
ガトリングガンの弾薬、残り5%。
ミサイル、残り一斉射分。
そして何より深刻なのが――私の胃袋、空腹率120%。
先頭に立って敵を蹴散らしてきた代償として、私の機体(と肉体)はガス欠寸前だった。
近代兵器は強力だが、その分、消費も激しい。
特に、このパワードスーツは魔石を電力に変換して駆動するが、搭乗者の動きをアシストするものだから、戦うと、とにかく腹が減る。
「陛下! 後続の補給部隊より伝令!」
随伴する親衛隊の兵士が、馬を飛ばして駆け寄ってきた。
「『敵の遊撃部隊に包囲された。現在、防戦中なるも、被害甚大。救援を求む』とのこと!」
「……なんですって?私のメシが」
私の目が、獲物を狙う猛禽類のように細められた。
補給線への攻撃。
それは、兵法上の定石ではあるが、今の私にとっては最も許しがたい「営業妨害」だ。
「前線の維持は、スコルツェニー将軍とモルトケ参謀総長、そしてアノンに一任するわ。私は……『お代わり』を取りに行ってくる!」
私はスラスターを全開にし、来た道を猛スピードで逆走し始めた。
轟音と共に空へ舞い上がる鉄の塊を、アノンは静かに見送っていた。
◆
一方、その頃。
後方の街道では、帝国軍の「自動車化輸送部隊」が、絶体絶命の危機に瀕していた。
焼き払われた荒野を、黒い煙を吐きながら進む長大な車列。
蒸気トラックには、帝都で量産された「缶詰」と「弾薬」、そしてろ過された「水」が満載されている。
だが今、その車列は、空からの天使と、地からの魔族の波状攻撃に晒され、足止めを食らっていた。
「逃げるな! トラックを盾にしろ! 荷物を守るんだ!」
先頭のトラックから身を乗り出し、声を張り上げているのは、新任の輸送隊長、ギャレット少尉だ。
丸眼鏡をかけた神経質そうな風貌だが、その目は血走っている。
彼は元々、帝都の倉庫番をしていた地味な事務官だったが、その几帳面さと数字への執着をシオンに見出され、この最重要任務に抜擢されたのだ。
「この荷物は、リオ陛下と前線の兵士たちの命綱なんだ! 一つたりとも渡すな! 缶詰一缶の損失は、万死に値すると思え!」
ギャレットが叫び、手にしたマスケット銃を撃ち放つ。
ドォン! と重い発砲音が響き、硝煙が舞う。
帝国兵たちも、配備されたばかりのマスケット銃を構え、トラックをバリケードにして必死の防戦を行っていた。
「魔法班、障壁展開! 銃撃隊、斉射!」
ドォン! ドォン!
兵士たちは、魔法で防ぎ、銃で撃つ。
互いの欠点を補い合うハイブリッド戦術で、なんとか持ち堪えてはいる。
だが、敵の数は多い。ゲメリア軍も、ここが帝国の急所だと理解しているのだ。
「愚かな……! 神の加護なき鉄屑どもが!」
上空から、天使が光の矢を放つ。
トラックの一台が炎上し、積まれていた弾薬箱に引火した。
ドカンッ!
爆発と共に、貴重な物資が吹き飛ぶ。
「あああ勿体ない! 特選ビーフシチューの缶詰300個と、9mmパラベラム弾5000発がぁぁぁ!」
ギャレットが血の涙を流す勢いで頭を抱え、絶叫する。
彼にとって、物資の損失は、自分の身を切り刻まれるよりも辛い苦痛だった。
帳簿上の数字が減る。それは、彼の正義に反するのだ。
「終わりだ! 焼き尽くせ!」
天使たちが一斉に杖を構え、極大魔法の詠唱を始める。
トラックごと部隊を消し飛ばす気だ。
万事休すかと思われた、その時。
ズドォォォォォン!!
彼方の空から、一筋の「流星」が飛来し、天使の編隊の中央に突っ込んだ。
衝撃波で数体の天使が吹き飛び、詠唱が霧散する。
土煙の中から立ち上がったのは、鈍い鋼鉄の輝きを放つ巨人。
強化外骨格『ヴァルキリー』を纏った、激怒する皇帝だった。
◆
「……よくも、私の『ご飯』を粗末にしてくれたわね」
外部スピーカーから響く声は、地獄の底のように低い。
「へ、陛下!?」
ギャレットが腰を抜かしそうになる。
「少尉、頭を下げていなさい。……掃除の時間よ!」
私はスラスターを噴かし、一気に上空へ跳躍した。
右腕のガトリングガンが唸りを上げる。
ジャララララッ!!
毎分3000発の暴風雨。
魔法障壁ごと、天使の体がチーズのように穴だらけになり、千切れ飛ぶ。
魔力を込めた弾丸ではない。純粋な運動エネルギーの暴力。
だが、その動力源は、彼らが信仰する「神の力(魔石)」そのものだ。
「皮肉でしょう? 貴方たちの神様の力で、貴方たちを挽肉にしているのよ」
私は空中で姿勢制御を行い、地上へと急降下する。
着地の衝撃波で、トラックに群がっていた下級魔族を吹き飛ばす。
左腕のマニピュレーターで、襲いかかってきた魔族の頭を鷲掴みにし、そのまま握りつぶす。
パワードスーツの出力は、魔石の魔力を電力に変換することで、理論上の限界を超えたパワーを発揮していた。
魔法が使えない私でも、魔法を「燃料」として使えば、魔族以上の怪力を得られる。
「ひ、ひぃぃ! 引け! この悪魔は手に負えん!」
生存本能が恐怖に打ち勝ったのか、魔族たちが逃げ出す。
だが、逃がさない。
背中のコンテナから、残しておいた無数の小型ミサイル(ハト誘導弾・改)が一斉に射出される。
「逃げても無駄よ。彼らは、とてもお腹が空いているの」
鳩たちの食欲が、逃げる敵を正確に追尾し、爆炎の花を咲かせる。
静寂が戻った戦場で、私はガトリングの砲身を空転させた。
周囲では、守り抜いた兵士たちが勝どきを上げている。
「……ふう。間に合った」
私は、HUDの残弾数を見た。
ここまでの戦闘で、ほぼ使い果たしたようだ。
だが、目の前には宝の山がある。
鋼鉄の巨人が、へたり込んでいる眼鏡の将校の前に立つ。
「貴方が責任者ね。報告を」
「は、はい! 輸送隊長ギャレット少尉であります! 積荷の損耗率15%、ですが、主要な食料と弾薬は死守いたしました!」
ギャレットは震えながらも、完璧な敬礼を返した。
15%の損失で済んだのは、彼らの奮闘のおかげだ。
「上出来よ、少尉。……補給を頼むわ。ガトリングの弾薬。それと……」
私は、無事だったトラックの荷台を指差した。
「特選ビーフシチューの缶詰を、今すぐ開けて。お腹が空いて、目が回りそうなの」
「……は、はい! 直ちに! 最高級品をご用意いたします!」
ギャレットが、安堵の涙を浮かべて叫んだ。
鉄の胃袋で焦土を食らい尽くし、魔法の心臓で鋼鉄の手足を動かす。
補給を終えた私は、ギャレットたち輸送部隊を護衛しながら、再び最前線へと進軍を開始した。
「遅れを取り戻すわよ。全軍、前進!」
数時間後。
私の帰還と、満載された物資の到着に、最前線で膠着状態にあった帝国軍本隊は、沸き立つような歓声に包まれた。
「陛下がお戻りになられたぞ!」
「弾薬だ! 食料だ! これでまだ戦える!」
飢えと弾薬不足に苦しんでいた兵士たちの目に、再び戦意の炎が宿る。
そんな中、巨躯を揺らしてスコルツェニー将軍が駆け寄ってきた。
「おお! 陛下! お待ちしておりましたぞ! 前線の維持、このスコルツェニー、完璧に成し遂げました!」
その横には、腕を組んだアノンも控えている。
彼が睨みを利かせていたおかげで、私が不在の間も戦線が崩壊することはなかったのだろう。
「ご苦労。……モルトケ参謀総長は?」
「はっ。後方の丘で、物資の配分指揮を執っておられます。陛下の帰還と大量の補給物資に、安堵のあまり腰を抜かしておられましたがな! ガハハ!」
私はヴァルキリーの拡声器を使い、全軍に告げた。
「お待たせ。腹ごしらえは済んだかしら? ならば、仕事の続きよ」
士気を取り戻した帝国軍の陣頭に立ち、私はその視線を前方へと向けた。
地平線の彼方、聖都への道を塞ぐように、絶望的なまでに巨大な黒い影が聳え立っていた。
「陛下、伝令より報告!」
前方に放っていた斥候が、息を切らして駆け戻ってくる。
「前方に、要塞を確認! 敵影多数! ……間違いありません。あれが、最後の難所です!」
聖門要塞グラード。
神聖国の兵站の要であり、十万の狂信者と数千の天使が立て籠もるとされる、難攻不落の城塞都市。
聖都ルミナスに辿り着くためには、必ず落とさねばならない「絶対防御壁」。
「……上等じゃない」
私は、回収した新たな魔石を装填し、ヴァルキリーの出力を上げた。
「ここから先は、本当の泥沼よ。……覚悟はいいわね?」
鋼鉄の巨人は、死の匂いが漂う要塞都市へと、その足を踏み出した。
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