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二計画  作者: 喰ったねこ
序章:ホパ村編
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第1話 神が見捨てた少女

銃撃を受け、意識が遠のく。


死。


もう、何も見えない、何も聞こえない。

ただ、ゆっくりと闇に沈んでいく。


完全な失敗。


それだけが唯一意識に残されていたが、やて消え去った。



「……お腹、すいたなぁ」


思わずこぼれた声は、か細く乾いていた。


ここ、ホパ村は貧しい。

主要産品の小麦は領主様に年貢としてほとんど召し上げられ、私たちの主食はもっぱらイモだった。

そのイモですら満足に食べられない日が続く。


後は、水で腹を満たすしかなかった。


でも、空想だけは自由だ。


いつか、どこかの国の白馬の王子様が、こんな不憫な私を見つけ出してくれる。

彼は私をその逞しい腕で抱き上げると、きらびやかなお城へ連れて行ってくれるのだ。


宮廷では、毎晩のように豪華な晩餐会が開かれる。

肉汁滴る分厚いステーキ、ふわふわの白いパン、色とりどりの果物が乗った甘いケーキ。

それを飽きるまで、無限にご馳走してくれる。


とにかく腹いっぱい食べられる。


そんな妄想をしていれば、こんな毎日でも、少しは我慢できる気がした。


水汲みの帰り道、一人寂しくそんなことを考える。


満たされた桶を覗き込むと、水面に自分の顔が映る。

黄金色の髪。空を閉じ込めたような青い瞳。

村のみんなと違う、この髪と瞳のせいで私はいつも蔑まれる。


こんな私が、王子様に見つけてもらえるはずなんて、ないか……。


そんな自己嫌悪に沈みながら、収穫が終わって寂しくなった麦畑のあぜ道を歩いていると、前から歩いてきた男と思わず目が合った。


最悪。

私の空想を汚す、村一番の嫌われ者。村長の息子のゲルムだった。


「うわあ。魔無し(無能)のリオだ! お前と会うなんて今日は縁起が悪すぎる! どうしてくれるんだよ!」


ゲルムはわざとらしく顔をしかめると、足元の小石を拾い、躊躇なく投げつけてきた。


ゴン、と鈍い音がして、額に鋭い痛みが走る。

痛みよりも、幸せな空想を邪魔された怒りの方が強かった。


「神に見捨てられた女め! この俺様の魔法で浄化してやる! 喰らえ、魔雷サンダーアタック!」


突き出された彼の手から、青白い魔力の雷が迸る。

村レベルの貧弱な魔法。私はその場にうずくまり、亀のように丸まってやりすごす。

石が直撃した額から、じんわりと血が流れるのがわかる。


「痛い……やめて」


「やめて? やめるわけねえだろ、この家畜が! お前をいじめるとスッとするんだよ、ゴミ!」


その刹那、ゲルムは私の腹を思い切り蹴り飛ばした。


「ぐっ……ぅぅ」


衝撃で呼吸が止まる。

地面を転げ回り、痛みと屈辱に涙が滲んだ。


彼は私の髪を掴んで顔を上げさせると、獣のような臭い息を吹きかけながら囁いた。


「オヤジたちが言ってたぜ。お前をそろそろ貴族の奴隷として『出荷』するってな。魔法も使えねえ役立たずは、そうやって役に立つしかねえんだよ」


奴隷。


やはり、私の未来はそんなものか。

火を起こすのも、水を綺麗にするのも、全て魔法がなければ始まらないこの世界で、「魔無し」の私に人権などない。


「そこでだ。貴族様に奉仕する前に、この俺様に奉仕させてやるよ。体くらいは使えるだろ?」


ゲルムの下卑た笑みが、目の前に迫る。

体が恐怖で竦み、動けない。


なんで私だけ、こんな目に。

なんで私だけ、魔法が使えないの。

なんで私だけ……


涙が溢れて止まらない。

心を殺して、ただ目を閉じた。その時だった。


「そこまでにしとけ、ゲルム!」


凛とした声が響いた。


「なんだ、バーンか? これからがいいところなんだよ。邪魔すんな!」


隣に住んでいるバーンだった。

彼は私を庇うように前に立つと、ゲルムを睨みつけた。


「村の大切な『商品』を傷物にする気か! 村長に言いつけるぞ!」


「けっ、優等生が! これでも喰らいな!」


ゲルムが再び魔雷サンダーアタックを放つ。

だが、バーンはそれをこともなげに素手で握りつぶした。魔力の光が霧散する。


「その程度の魔力で、騎士団を目指す僕に挑むとは。炎弾ファイアーショット!」


バーンの手から放たれた炎の弾丸が、ゲルムの腕を焼いた。


「ぎゃああああ! 熱い! あぢぃぃ!」


ゲルムは悲鳴を上げて腕を押さえると、憎々しげに私たちを睨みつけた。


「くそ、覚えてろよ!」


ありきたりな捨て台詞を残し、彼は逃げていった。


「大丈夫か、リオ」


バーンが駆け寄ってくれる。

彼は石が当たった私の額に手をかざし、治癒魔法をかけてくれた。


「ありがとう……」


「いや……うまく治らないな。ごめん、僕は治癒魔法が苦手で」


それでも、彼の優しさがじんわりと心に沁みた。


「また、いじめられていたのか」


「……私、魔無しだから、仕方ないよ、役立たずだし」


「そんなことないよ、リオは小さい子に貴重な食料を分けてあげたりして優しいし」


「わたし、もうすぐ、奴隷として貴族に売られるの」


「村の連中、本当に酷いな。リオってまだ14歳だろ。いっそのこと、一緒に街へ行こうか? 僕は騎士団を目指すために、そろそろこんな辛気臭い村を出ようと思っていたんだ」


「そんなの無理だよ。街は、もっと魔法が進んでいるから、私なんて何もできないよ」


「でも、このままじゃ……」


バーンは黙り込んだ。

この村ですら魔法がなくてはまともな生活が難しい。街ならなおさらそうだ。


私はずっと考えていた疑問を彼にぶつけてみた。


「ねえ、バーンは、魔法が何か知っている?」


「え?」


私の唐突な質問に、バーンはきょとんとした顔で私を見つめた。


「変なこと言うなよ、リオ。魔法は神の祝福の力だよ。そんなこと、子供だって知ってるさ」


「そうだよね。でも、そうだとすると、魔法が使えない私は、やっぱり神に愛されてないってことになるよね……」


自嘲気味に笑う。

村人たちに「不吉だ」と蔑まれる理由。それは、神の祝福を受けていないから。


「でも、私はいつか魔法の謎を解いてみたい。別に神様に嫌われてなんかいなかったんだって、証明してみたいの」


それは、使えない“魔法”への渇望と、理不尽なだけの人生への、ささやかな反抗だった。


バーンは驚いたように目を見開いていた。


「そんなこと、今まで、一回も考えたこともなかったな。普通は、魔法が使えないなら魔力を上げる修行をするとかだろ? なのに、いきなり“謎を解く”って……見た目だけじゃなくて、考え方もリオは変わっているなあ」


「そうかな? ただ使うだけで、誰もそのことを考えない方が変だと思うわ。魔法がいったい“何”なのかって。バーンは全く気にならないの?」


「うーん……じゃあ、リオはなぜ歩けるのかとか、なぜ目が見えるのかとか、いちいち考える? 魔法はできて当たり前だから、そんな感じだよ」


やはり、彼との間には見えない壁がある。

できる者には、できない者の苦しみも、疑問も、決して分かりはしないのだ。


そんな私の様子を見て、バーンは何かを思ったようだった。


「要するに、リオも魔法を使えるようになりたいんだろ? 僕にいい考えがある。ついてきて!」


彼に連れられてやってきたのは、村はずれにある石造りの古い祠だった。


「長老から聞いたんだ。この祠の前で特訓すると、魔力が上がるっていう言い伝えがあるって。僕もここで毎日特訓して、魔力が強くなったんだ! 絶対効果あるよ」


そう言って、バーンは次々と魔法を放って見せる。

村では敵なしの、見事な威力だった。


本当にそんな効果があるのだろうか。


私は、古ぼけた祠の中を覗き込んだ。

風化して読めない文字が刻まれ、中央に丸い石が祀られている。


魔力が上がるなら、少しでも。


そんな祈るような気持ちで、私は何となく祠の中に手を突っ込んでみた。

中に祀られている古びた石に、私の指先が触れた、その瞬間。


グ……オォン……グォン……ウウウウウウーーー


自然の音ではない。


規則的で、無機質で、切迫した警告のような音が響き渡った。


こんな音、初めて聞くはずなのに。

なぜか、知っている気がした。


そして、猛烈な既視感と共に、溢れ出すような嫌な予感が全身を貫いた。


なに、これ……は?


慌てて手を引っ込めたが、音は止まない。

視界がぐにゃりと歪み、立っていられなくなる。


バーンの驚いた声が、遠くに聞こえる。


頭が、割れる――。

読んで頂きありがとうございます。

ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。

作成の励みになります。


初日は第3話まで投稿して、しばらくは毎日投稿する予定です。

ちょっと変わった転生の話ですが、ぜひ、お付き合いください。

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