表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

第四幕:断罪劇のリハーサル

 “あらかじめ結末が決まっている劇”ほど、演出のしがいがあるものはない。


 観客はすでに結末を知っている。

 悪役令嬢は婚約破棄され、王子は正義を語り、ヒロインは涙ながらに赦しを乞う──

 誰もが、それを“予定通り”と信じて、息を飲む瞬間を待っている。


 ならば、あとはその“予定”を、

 誰にも気づかれないように、すり替えてしまえばいい。


(リハーサルは完了。仕込みも万全。あとは本番を待つだけ)


 わたくしは静かに紅茶を啜りながら、最後の台詞を心の中でリピートする。


「……お前との婚約は、ここに破棄する!」


 王子・アルベルトがそう告げた瞬間。

 彼の声と同時に、魔導端末から一斉に流れる音声と映像。


 その内容は、貴族たちの不正取引、暴力沙汰、聖女ミリアの“選別的癒し”の記録……

 そして、そのどれにもリシアの関与はない。

 ただ一冊の“懺悔録”に、淡々と記録されていただけ。


 誰もが、“悪役令嬢が断罪される瞬間”を目撃するはずだった。

 だが、その直後に知るのだ。

 本当に断罪されるべきは、誰だったのかを。


* * *


「リシア様、お時間です」


 侍女長のノーラが声をかける。

 その声音は抑制された礼節と、わずかな緊張に震えていた。


 わたくしは静かに席を立ち、鏡の前に立つ。


 黒を基調としたドレス。

 深紅の刺繍が、まるで血のように映える。

 指にはエルノート家の印章指輪。

 わたくしが、わたくしである証明。


 ──このドレスは“処刑衣装”だ。


「似合っております」


 ノーラがぽつりと呟いた。

 わたくしは目を合わせないまま、問いかける。


「悪役らしく、という意味かしら?」


「……いえ。“最後の舞台衣装”という意味です」


 一瞬、言葉に詰まった彼女の声音が、嘘ではなかったと知れる。

 彼女は、この舞台が“終わり”であることを、どこかで感じ取っている。


(彼女もまた、“観客”なのだ)


 舞台の上に立つ役者と、すぐ傍に立つ観客。

 両者の距離は、あまりにも近いのに、決して交わらない。


* * *


 舞踏会場は、すでに幕が上がっていた。


 照明魔法によって、光が差すように計算された舞台中央。

 赤絨毯の端には玉座、その前に王子。

 舞台袖のように並ぶ貴族席の群れ。

 そして、天井から吊るされた投影水晶が、全国に中継を届けている。


 断罪劇は、いまや“年に一度の興行”として扱われていた。

 貴族たちは半ば娯楽として観に来ているし、庶民は「今年の悪役はどんな顔か」と好奇心に満ちている。


「今年はエルノート家の令嬢らしい」

「去年の侯爵家よりは上品な物言いが期待できるわ」

「婚約破棄の理由はやっぱり嫉妬? それとも魔法の暴走?」

「いや、わざとらしい噂の流し方だって話もある」


 笑い声。嘲り。期待。


 ──舞台の台詞よりも、観客の“期待”こそが、台本を決めている。


(だけど、今回の脚本家は、わたくし)


 予定調和を崩すのは、観客の油断が最も高まったその瞬間だ。


* * *


 壇上には、わたくしの“共演者”たち。


 アルベルトは毅然とした面持ちで立っているが、

 その指先はかすかに震えていた。

 ──なぜ震えるの?

 “予定通り”なら、緊張する理由などないはずでしょう?


 ミリアは、わたくしに視線を向けては伏せ、また向ける。

 聖女としての“赦し”の構えを見せながら、心中は揺れている。


 彼女も感じているのだ。

 これは“普通の断罪劇”ではないと。


* * *


 リハーサルは、前夜に済ませた。


 私室の机の前で、マルセルが録音端末を回し、

 わたくしは脚本通りに“懺悔”の台詞を読み上げた。


「わたくしは、王子に嫌われて当然の女……」

「ミリア様に対して、嫉妬と侮辱を……」

「この国の秩序を乱した、咎人ですわ……」


 演技ではなく、真に“悪役”を引き受ける覚悟の声。


 その録音が再生される時、同時に魔導端末からは別の情報が流れ出す。

 わたくしの声に乗せて、

 聴衆が“情緒的に油断している瞬間”に、

 事実だけが静かに、けれど容赦なく叩きつけられる。


 暴かれるのはミリアの裏の行動、王子の偽善、貴族の腐敗。

 わたくしの“懺悔”は、そのすべての引き金になる。


* * *


 その夜、ノーラが最後に言った。


「リシア様。……私は、あなたの味方でいたかった」


 それは、どういう意味かと問う前に、

 彼女は一礼して、部屋を出ていった。


(わたくしの味方、ね)


 それは、“物語の中では敵でしかいられなかった”という意味にも聞こえた。

 たぶん、わたくしが悪役でなければ、

 彼女もまた、共演者ではなく、本当の“友”でいられたのかもしれない。


 でも、舞台は始まってしまった。


 舞台に立つ者は、“私情”を持ち込めない。

 脚本家であるなら、なおさらだ。


(だけど、心が震えないわけじゃない)


 観客が待ち望む“予定調和”。

 それを裏切ることに、快感と同時に恐怖があった。


 もし誰も真実を見てくれなかったら?

 もし、この仕掛けがすべて“自己満足”に終わったら?


(……それでも、やるの)


 この世界の“脚本”が、あまりにも不公平だったから。

 だからわたくしは、悪役の衣装を着たまま、

 舞台ごと、燃やしてやろうと決めたのだから。



---



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ