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第一幕:転生したらクズ脚本だった件

 目を覚ました瞬間、ああ、やっちまったなと思った。


 天井が高すぎる。

 天蓋付きベッドのカーテンが、風もないのにひらひら揺れている。

 手元にはレースのカフスと宝石がちりばめられたブレスレット。

 おまけに、顔の横には女中の顔。見下すような視線でわたくしを観察している。


「お目覚めでございますか、リシアお嬢様」


 あ、これ詰んでる。


 その時点で直感した。というか、“リシア”という名前を聞いた瞬間に確信した。


 (よりによってこの設定か……)


 頭の中が冷水ぶっかけられたみたいに冴えわたる。

 ここがどこで、自分が誰で、これから何が起きるのか。

 理解が早すぎるのは脚本家の職業病である。


 ──わたくしの前世は、春川ナツ。

 なろう系Web小説家。

 20代半ばでようやく売れ始め、コミカライズも決まりかけた。

 でも、なにかが擦り切れた。

 書くたびに読者に気を使い、流行に合わせ、断罪とざまぁを量産していた。


 そんな折、乙女ゲームのシナリオコンペが舞い込んだ。


 コンセプトは、「悪役令嬢を徹底的に断罪する爽快感を」。

 見た瞬間に胃が痛くなったけれど、生活のために書いた。

 ──それが、この世界の原型だった。


 未発表・未完成・しかもデータが飛んだプロトタイプ。


 その世界に、わたくしは転生してしまったらしい。


 よりによって、リシア・ヴァレンティナ・エルノートとして。


 (いや、待って。本当に?)


 半信半疑のままベッドから起き上がると、女中がすぐにドレスを持ってきた。

 胸元には、金刺繍のエルノート家の紋章──バラの十字架。


 完全に詰んでいた。


 頭を抱えたくなる。でも、無駄に冷静だったのは、きっと前世で地獄を見すぎたからだ。


 この物語、元々の設計からして相当ひどい。


 ヒロインは“聖女ミリア”。あらゆる人間から愛される魔法を持ち、無垢で純粋。

 王子は“正義の化身”アルベルト。

 リシアは、そんな二人の“幸福の邪魔をするためだけ”に存在する悪役令嬢。


 その存在意義は、「ヒロインに嫉妬し、権力で圧力をかけ、最終的に公開断罪されて涙を流して退場すること」。

 ──おいおい、それで物語って成立すると思ったか?


 あれは締切直前に「ざまぁ成分足りない」って担当に言われて、やけくそで書いたんだ。

 感情曲線も心理描写もロクに組まないまま。

 ゲーム化どころか投稿サイトに上げる前にクラッシュして、すべて消えていた。

 まさかこんな形で、再会するとは。


 * * *


 1週間後にはすっかり“悪役令嬢のリシア”として生活していた。

 だって仕方がないじゃない。こっちは設定把握済みの原作者よ?


 そしてわかった。

 この世界は、書いたものより遥かに“ひどい”。


 キャラたちが暴走しているのだ。


 例えば──アルベルト。

 まだ8歳なのに、すでに「正義」「断罪」「義務」という言葉を覚えていた。

 昼食の席では、ナプキンを取り落とした侍従に対し、


「粗相は国家の品格にかかわる。今後はそのようなことのないように」


 ──8歳だぞ?


 こいつ、前世で炎上系正義マンだった説、かなり濃厚である。


 次にミリア。10歳。

 初めて会った日の会話を今でも忘れられない。


「あなたがリシア様? やっと会えた……わたし、リシア様と“良い関係”を築きたいですの。ふふっ」


 笑顔の奥に漂う底知れない“自信”。

 その三日後、わたくしの専属侍女だったアデルがミリアの侍女に移籍させられた。

 理由? 「聖女としてのお役目が増えるから」。

 は?


 ──この子、確信犯だ。


 見た目は天使、中身は選民思想の権化。

 なにより、無自覚を装っているのが性質が悪い。


 わたくしがこの先“断罪される”ことも知っているかのように、

 すべてを正義の名のもとに踏みにじっていく。


 だが、彼女は知らない。


 この物語の裏側を知っているのは、わたくしだけなのだ。


 * * *


 鏡の前で、わたくしは漆黒の髪を整える。

 視線の奥にあるのは諦めではない。

 怒りでも、恐怖でもない。


 ──これは“脚本家の眼”だ。


 断罪劇を演じさせられるだけの“悪役”では終わらせない。

 そもそも、断罪という構造自体が不自然すぎるのだ。


 罪を裁く前に、罪を定義したのは誰だ?

 罰を下す前に、罰する資格を持つ者の倫理は問われたのか?


 誰かが「これは悪だ」と決めれば、それだけで吊るされるような世界。

 それが“物語”として成立してしまうのは、わたくしがそういうシナリオを書いてきたからだ。


(だったら責任を取らないとね)


 この世界に転生したのが、“罰”だというなら甘んじて受けよう。

 でもそれなら、物語の構造そのものを正してから終わってやる。


 「ふふっ……」


 笑いがこぼれる。


 鏡の中で、リシア・ヴァレンティナ・エルノートが微笑んでいた。


 その笑みは、かつて脚本家だった女が、

 ようやくペンを取り直した瞬間のそれだった。



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