激戦の末に
「敵だ!!」
ライオスの叫びとともに、隊列に緊張が走った。
十人ほどだろうか、こちらに向かってくる。
おかしい。ここは極秘の場所で、敵に感ずかれるような場所ではないはずだ。
…いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
前列の騎士が狭い水路で敵の騎士と剣を交えている。
幸い、我々は精鋭揃い。こちらが押している。
「後方から敵複数!!」
後ろから味方の声。
…クソ。挟まれてしまう。
「迂回する!!後退しながら、ついてこい!!誰一人として死んではならん!」
ライオスの声が隊列に響く。
別の道から脱出口を目指す。入り組んでいる水路で、追いにくい構造になっているはずだが敵の数があまりにも多い。道行く道でたくさんの敵兵に遭遇し、一人、また一人と応戦するため隊列から抜けていく。
ーーー三時間ほど経っていた。いつのまにかそこは水路というよりも入り組んだ迷路のような場所だった。そして気づけば五人ほどに。僕も含め、みな疲弊している。何より王女様が心配だ。
「殿下。しばしの辛抱を。もう少しです。」
分隊長からの励みの声。王女様もわずかに安心の表情をこぼす。そのあと、テレジア様は我々に何かを唱えていた。おそらく治癒の類だろう。お優しいお方だ。
テレジア様を囲うように隊列を組み直した。僕はテレジア様の真後ろに配属され、着実に進む。
あと、少しだ…そう思う暇もなく、横から敵兵が飛び出してきた。
敵20…いや30はいる。後ろに…魔術師?何かを唱えている。まずいっ…
途端に魔力の塊が王女様めがけ、前衛のライオスたちを潜り抜けてすごい速度で飛んでくる。
「グレイス!!!」
僕は分隊長の声が届く前に体が動いていた。
「…ゴホ,…いったいな」
視界が歪んでいる。どうやら僕は魔力の塊をもろに受け、後方に吹っ飛ばされてしまったようだ。
目の前では同士が命を懸けている。体が痛い。死にそうだ。
目の前から誰かが必死な顔を見せて走ってくる。
「父様…」
意識が朦朧として、そんな言葉がこぼれる。
「違うわ。私よ。ここで倒れてはダメ。」
テレジア様だ。必死に治癒の奇跡を唱えている。
「ダ…ダメです。他の物の後ろにいてくだい。そ…それに…こんな私に貴重な魔力を割かないでください。」
僕の声はどうやら聴いてはいないようだ。
みるみる傷が癒えて痛みが和らぐ。
王女様の後ろで何かが光る。
「王女様!!!」
今のは敵兵の剣だった。光が反射してくれたので助かった。すかさず王女様を後ろに退けさせ、剣を交えた。
「死ねえええええええ」
敵兵の怒号。激しい鍔迫り合いだ。手の震えが止まらない。これは命をかけた戦いなのだ。
両者睨みあうと、何度も何度も剣を交えた。
「うぇっ」
敵の剣が腹に刺さった。
血を吐く。
けれど、隙ができた。剣が腹から抜けないのだ。
僕はすかさず剣を敵の首にめがけて思いっきり振り切った。。
人を殺すってのはこうも最悪な気持ちなのか。
同時に自分の剣がひかり、何か力が体に入ってくるのを感じた。なんなんだこれは。
腹に刺さった剣を抜いた瞬間、僕はその場で倒れた。他の物は…王女様は…。
すると目の前が光に包まれる。
「光よ、エーデンの神よ、御手を。」
テレジア様だろう。温かい。そうだここでは死ねない。任務をこなして、父様に認められなきゃダメなんだ。
「よかった。生きてる。」
王女様はそう言うと、すぐに味方の治癒に向かって走る。けれど目の前には隻腕になった分隊長と、他の味方の無残な姿があった。敵を一掃したのだろう。死体と血と剣とが散らばっている。
「うえええええ。」
あまりの光景に吐いてしまった。
ダメだ。慣れなければ。
僕はまだ何もできていない。たった敵一人を殺しただけ。それも王女様がいなければ死んでいた。
父様はこんなの、こんなの認めてはくれない。
目の前に誰かの足が映る。
「グレイス。よくやった。進むぞ。」
ライオス分隊長がそこにいた。もう満身創痍なその姿に、僕はただ黙ってうなずくことしかできなかった。
ーーー二人の騎士と一国の王女は出口を目指し、歩み続けた。泣いた後だろうか、王女様の目は腫れていて、胸元のエーデン神様の首飾りをずっと触っている。
「グレイス。お前はここに立っている。すでに立派な騎士だ。」
突如として分隊長が話しかけてきた。
「だから、親父さんのようになろうとしなくていい。」
「え?」
いきなりのことで、変な声がでてしまった。
なぜそれを?
分隊長が続けて話す。
「最初は親父さんみたなすごいのが来ると思ってたんだが、とんだ拍子抜けだった。お前はあまりにも弱くてな。大方、上の奴らの意向だろうと。だから、そうだな、いい気持じゃなかった。」
やはり分隊長もそう感じていたのか。僕は下を向く。
「けどな、俺はお前が四六時中、剣を振っていたのを見ていた。来る日も来る日もな。感心したよ。いつ休んでのかって。」
分隊長が笑顔を見せた。
「なんでそんな頑張るのか。それは親父さんみたいになりたいから?だろ?」
分隊長の声は優しかった。
そうだ。ずっとそうだ。
「そんな勤勉で愚直なお前は、もう立派な騎士だよ。だからな、無理に親父さんみたいにならなくていい。」
なぜそれを…なんだこの気持ちは。なぜ涙が出る。
僕は、今までの僕は…
その時、涙が止まらなかった。
何かから解放されたように感じたからだ。
王女様は横で話を聞いてたらしい。健やかに笑っていた。
ーーー右に曲がるとそこは一本道で出口はすぐそこだ。
ようやく光が見えた。
3人で生き残れる。そう思っていたかった。
「グレイス。お前の剣と、殿下の首飾りを石碑にあてればあの扉が開く。」
分隊長が立ち止まりそう言うと、剣を持ち出した。
いきなりどうしたんだ?
「ライオス…ダメよ。そんなの許すわけないでしょ。」
王女様は泣きながら声を振り絞っていた。
…足音がこちらに近づいてきている。敵か。
こんなところまで
そうか、分隊長は既に気づいていて…囮に?!
「ダメです。私が囮に...」
咄嗟に僕がそういうも、分隊長が背中をむけ言った。
「ハイネスのものでなければあの石碑はあかないのだ。それに、お前じゃもこの数の敵を足止めできないだろう。」
「俺は俺のせいで散っていった仲間に報いらなければならないん。テレジアを頼むぞ。」
分隊長の声はどこか濁っていた。
僕じゃ、足止めにもならないのか。クソ。クソ。
僕は弱い。
なら、今できる最善のことを。
「やだ、やめて!!」
王女様が叫ぶ。
僕は咄嗟に王女様を担ぎ、出口へ走ったのだ。王女様は泣きながら分隊長の名前を叫び、必死に抵抗していた。
その間に首飾りを王女様からとり、出口の前の石碑に僕の剣とともにあてた。
重い出口が開き、すぐに入った。扉が閉まる音を聞いても安心できず、無我夢中で地上へと続くらせん状の階段を駆け上がる。
外の光がみえた。そこは城から離れた山の中腹であった。
一人の騎士と一国の王女は、ただ遠くで燃え盛る城を見ていることしかできなかった。