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「ようこそお越しくださいましたミスアメリア。さ、そんなところに立っていないでこちらにお座り下さい」
「はい、失礼します」
アメリアはぎこちない足取りでオリヴィアの正面に座り、そのタイミングでユラが私たちの前にお茶を置く。
彼女がここに来た理由はわかってる、この前、休憩室で話した内容の返答。つまりは教育係を私から別の人に変えたいと言うものだろう。しかし、だからこそ意外だ。てっきりルーカス様やリーヴェル様辺りに言って又聞きで知ることになると思っていたから、まかさこうも真正面から断る勇気がアメリアにあったとは。
目の前に座るアメリアは緊張こそしているものの、しっかりと私の方を見ている。
もしかしたら以前私が言ったことを気にしているのかもしれない。
「そう緊張しないでください、こちらにいらっしゃったのはこの前の話の返事をしに来たのですよね?」
「はい、さうっ……そうです」
あ、噛んだわね……
緊張をしすぎて噛んでしまったらしい。アメリアはよほど恥ずかしかったのか先程までしっかりと私を見ていた顔は下を向いてしまい髪の隙間から見える耳を真っ赤にして小刻みに震えている。
まったく、緊張しすぎよ……
まぁ、本人からすれば今から本人に向けてあなたじゃなくて別の人に教えてもらいます、と言うわけだから緊張半分、怖さ半分といったところなんだろう。
私としては教育係から外れるのはいいことでしかないのだけど、そんなことアメリアが知るわけが無いし、この反応も仕方ないわね。
アメリアの気持ちも分からない訳ではないし、彼女から言いずらいなら私から言ってあげればいい、その方が話も早く終わるだろうし。
「こほん、ミス・アメリアそう緊張しなくて大丈夫ですよ。あなたの言いたいことは分かってますので」
「へ?あ、はい」
一応、何も無かったようにしたのだが恥ずかしさが抜けきらないようでまだ少し顔が赤いが顔はあげてくれた。
「私も一人の人間、貴方の気持ちは十分理解できますから……ですから、何も言いにくく感じる必要は無いですよ。」
私が取っ付きにくい性格というのは自分でも重々承知している。私だって一緒にいるならキツイ人より優しい人がいい。
「……ほんとですか?」
「ええ」
ここまで言えば大丈夫だろう。後はアメリア本人から別の人に教えてもらうと言質を取れば私としても安心だ。その言葉なしに私が承った教育係を勝手に降りることはリーヴェル様や生徒会自体に対しての反抗と取られてしまいかねない。
まぁ、もうその心配はいらないでしょうけど。
そう思い、新しく淹れて貰ったお茶を飲もうとしたところで急にアメリアの緑色の大きな瞳から涙が零れだす。
え!ちょっと、なんなの!?
「ど、どうしたんですの?どこか痛むのですか?!」
「え?……あ、いやこれは…………」
緊張のしすぎでお腹が痛くなったのかしら……!?
あまりにも突然な事態に思考が追いつかず慌てているとアメリアは両腕で急いで目元を擦り、涙を拭う。
「ち、違うんです……!そのどこか痛むとかじゃなくて……」
痛むわけじゃない?じゃあ一体どうして急に…?
とりあえずユラにハンカチを持ってきてもらい、アメリアに涙を拭いてもらう。
少しの時間アメリアの収まらない涙を拭っているのを待つというなんともいたたまれない空気の中を過ごす事数分、落ち着いたアメリアが話し出す。
「すいません、急にこんな……泣いちゃって。それにハンカチも……ぐすっ」
「いえ、それはいいんですけれど……」
こっちとしてはハンカチの事なんかより、どうして急に泣き出したのかの方が聞きたい。
自分では割と親身にしていたつもりだったが、あれでもまだ普通の人からしたらキツく感じたのだろうか?
出来れば今後のためにもアメリアとの関係は良くも悪くもないくらいにしておきたいのだが……
「その、知ってるとは思うですけど、私…少し前にお母さんが死んじゃって……そしたら知らない人達が沢山来て知らない場所に連れてこられたかと思ったら、本当の親だって言う人がいて……」
アメリアが話し出したのは学院に入る前に自身に起きた出来事だった。
「そこからはびっくりするくらい広い部屋を貰ったり可愛い服とか、見るからに高そうな装飾品を買ってもらって、とっても美味しいご飯を沢山食べさせてくれたり……」
まぁ、王族の……今の国王さまの姉の忘れ形見の娘が帰ってきたのだからそれくらいは当然だろう。
「新しくできた家族も、この学院に来て知り合った人たちもみんな優しくしてくれて…………恥ずかしいんですけど、物語に出てくるお姫様になったような気分で夢を見てるような感じだったんです」
「はぁ……」
お姫様になったような気分というか実際お姫様なのだけれど…………
にしても、私、なんで泣いたのかを聞いたわよね?なんでこんな浮ついた話を聞くことになってるのかしら……
「今考えると浮かれてたんだと思います。勉強しないといけないことはわかってたんですけど、みんながゆっくりでいいって言ってくれたから私もそれでいいかなって……」
「そ、そうですか」
「でも!……オリヴィア様だけは違ったんです!オリヴィア様は初めて話した時から真っ直ぐ、それこそ同じ目線になって私のことを心配してくれて……!それで、自分が恥ずかしくなったんです。同じ歳でこんな立派な人がいるのに……何も出来ない自分が」
おや?なんだか話の流れがおかしい。同じ目線になって心配したってなんの話?
私のことが怖くて苦手なんじゃないの?
「それで、この前もせっかくオリヴィア様がお茶に誘ってくれたのに上手く話せなくて……怒らせてしまって、私もう嫌われたと思って……」
「嫌うだなんて……」
たしかに夢の中では私はアメリアのことを嫌っていたけど、今の私は……まぁ、多少苦手くらいには思ってるけどそれ以上の気持ちはない。
むしろアメリアの方こそきつく言われて苦手意識を持ってたのではないのか?
「私ここ数日ずっと悩んでたんですけど、やっぱりオリヴィア様みたいになりたいです!だから嫌われてても何とかお願いしようと思って来たんですけど……まさか全てお見通しとは思いもしてませんでした!」
「な、 ちょ…………え……?」
若干テンションが高まってきたアメリアに反して私の体温は徐々に下がる。
待って、この流れは本当に良くない。
私みたいになりたい?つまりアメリアは私に頼みに来たわけで私はそれをわかっていると先回りして答えてしまった。ということは……
「私、一生懸命頑張ります!なのでよろしくお願いします!オリヴィア様」
この日、私はアメリアの教育係を受け持つことが確定してしまった。
な、なんでこんなことに……
そう頭を抱え込んで暫く動けなかったのも無理ないと時々思い返す度に思うことになるとは知りもせずに……
♦
「それで、結局なんで泣いてたんですか?」
アメリアの教育係継続が決まり頭を抱えて早数分、ユラに暖かいお茶を淹れなおしてもらいそれを飲みながら、結局語られなかった泣いた理由を聞けば……
「その、私オリヴィア様に完全に嫌われたと思ってて……でも私の気持ちもわかるからって寄り添ってもらったら、なんか、安心しちゃってつい……」
私に嫌われてなかったことを知って安心したと……
何なのだろう、この展開は。アメリアとこんな関係になるなんて何度も見た夢の中には一度もなかったのに……
しかし、お茶を飲んで冷静になった頭で考えてみればそこまで悪くないことかもしれない。
アメリアに対して時間を使わなければならなくなったのは痛手だが、逆にメリットを考えれば有効な関係を持ち続ければルーカス様に婚約破棄される時も多少の温情を貰えるかもしれない。
一応向こうの都合で婚約を解消するのだからお父様も納得の温情という名のお金をいただければ平民に落とされること自体回避出来るかもしれない。
そうなればどこか適当な貴族の所とあてがわれるだろうけど平民になって死ぬよりはマシだ。
デメリットをあげるならキリが無いけど、どうせもうアメリアの教育係を降りることは出来ないんだから考えていても仕方がない。
「はぁ、前にも言いましたが私はやるからには完璧を目指していただきますから厳しくなりますけど、それでもいいんですね?」
やるからにはしっかりとやる、その覚悟があるのかを聞けばアメリアは今度は顔を逸らすことなく返事をする。
「はい!よろしくお願いします!」
しっかりと自分で考えて悩んで決めたのだろう。彼女の瞳に迷いは見えない、なら私もやれるだけはやりましょう。
「いい返事ですね、それでは今後の予定を立てましょう」
やるならばしっかりと日程を決めてやることを考えなければならない。その日その日で何を教えるか考えていたら効率が悪い。アメリアにルーカス様や生徒会との予定を聞きながら日取りを決めていると、ユラがアメリアのからになったカップに新しいお茶を注ぐ。
「あ、すいません。ありがとうございます」
アメリアはユラに対して何気なく謝罪とお礼を言う。
……アメリアはなんとも思ってないのでしょうけど、こういうのも指摘しないとよね。
「ミスアメリア。私が正式に教育係として最初の指摘をさせていただきますが今の発言はあまり宜しくないですね」
いきなり指摘をされたアメリアが少し驚いた顔をした。
「す、すいません。なにか言葉遣いとかがダメでしたか?」
「いえ、それ以前の話ですね。」
「それ以前……ですか?」
なんのことか分からなさそうにアメリアは戸惑っている。今まで平民として生きてきたのだから分からないのも無理はない。
「えぇ、まず大前提として従者のする事に一々礼を言う必要はありません。ましてや謝罪なんてもってのほかです」
「お礼も謝罪もダメ……、でもどっちも言われた方が嬉しくないですか?」
「それで舐められて、足元を見られるのはご自身ですよ」
自分に普段使えている従者、それに対して謝罪や礼を一々言うということはその人物は自分よりも立場は下だ、そう考える貴族は少なくない。今のように一体一で向かい合っているような空間ならまだしも大勢の前でそんな事をすればそれを嘲りの種にされ、夜会やお茶会の度に遠回しな嫌味を言われることは想像にかたくない。
しかし、平民として育ったアメリアにそんなことを理解できるはずもなく反論をしようとしてくるが言葉をかぶせて遮る。
「でも……」
「でも、ではありません。ミス・アメリアそれがルールですから、貴方がどのように考え感じているかは重要では無いのですよ。」
「……」
「あなたが飛び込もうとしているのはそういう世界です。誰もが隣人を尊重して生きる、そんな考えとは真逆と言ってもいいですね。もしこの世界に異議申し立てたいのなら全てを完璧にこなせるようになってからになさい。でないと、未熟者の見苦しい言い訳にしかなりませんよ」
これで納得はしないだろう、自分でもずるい諭し方だとわかっている。完璧にできるまで努力した人間が自分の行ってきた努力を否定するようなこと言うはずがない。それがわかっていながら、貴方が完璧になってから言えと私は責任を丸投げしたのだ。
不服そうな顔をしているのだろうと、そう思っていたのに、アメリアから帰ってきた表情と言葉は全く予想していなかったものだった。
「…………やっぱりアメリア様はお優しいです」
えへへ、と笑いながらそう言ったアメリアに対して思わず耳を疑ってしまった。
今日は自分の耳を疑ってばっかりね。
「……聞き間違いでしょうか?私がなんですって?」
「オリヴィア様は優しいですよ。だって普通だったらそんなに丁寧に教えてくれないですもん。」
そんなことは無い、私相手ならいざ知らずアメリアに親切をしない人はいないはずだ。
「そんなことはありませんよ。このくらい誰だって言います。」
「言われないんです…………新しくできたお父様やお母様も、学校のクラスメイトとか生徒会のみんなそんなこと教えてくれませんから」
アメリアの表情に少し影が落ち、声も小さくなる。
私の知る限りアメリアはクラスメイトとも仲良くやっていたはずだ。なのに教えてくれないとは一体どういうことなのか?
「そんなはずは……」
「……授業で分からないことがあれば友達は答えは教えてくれます。どうして貴族にこんなに位があるのか、皆同じじゃダメなのか聞いたらお父様とお母様はそれはいいわねって褒めてくれました。自信が無いって相談したら生徒会の人達はのんびり自分のペースでいいよって言ってくれました。」
淡々と、今まであったことを述べるアメリアの姿が小さな子供のように映るのはなぜだろう。
しかし、彼女の言いたいことがわかってきた。その問題点も。
「みんな、私のこと大事にしてくれてるんだなって凄く伝わってくるんです。もちろんそれはとても嬉しいです。だけど……私…怖いんです。この先どうなるのか…………」
それは甘い毒のようなものだ。
じわり、じわりと一生をかけて身体を蝕む毒。
地力を失った花は優れた土地でしか育てない、枯れた土地では生きられない。
「だから、どんなに怖くて辛い未来でも丁寧に教えてくれるオリヴィア様はすごく優しいんです」
そう言ったアメリアは不安な顔を押し殺して作ったような笑みを張りつけていた。
変わっている……
ずっとおかしいとは思っていた。生徒会に入ることになったことも、知り合うはずのなかったジョルジュと出会ったことルーカス様と真正面から話したこと、アメリアが自分の未来に不安を感じていること、全てが夢にはなかった出来事だ。
幾度も見てきた夢の内容が確実に変わっている……
今回も読んで頂きありがとうございます。
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すいません……しばらくお休みします……
しっかりと最後まで進めたいのでそのためにもしばしお待ちください。申し訳ないです。
m(_ _)m