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青く澄み渡った空に時計塔の鐘の音が昼になったことを報せる為に鳴り響く。
いつの間にかもうそんな時間なのね。
少し休憩しようかしら?
開けていた窓から涼し気な風と共に聞こえるその音に、オリヴィアは手に持っていたペンを置くと両手を上にあげ背筋を伸ばす。
アメリアと昼に話してから三日がたった。
今日は学院は週末のため休みなので私は部屋でのんびりとしている。
あの日以降、アメリアもクラスメイトに何か言われたのか私に話しかけてくることは無かった。
私としても余計に目立つのは不本意なのでのんびりと過ごせてありがたい。
生徒会の方にも一度だけ顔を出し、その時はリーヴェル様しかいなかったが体調管理のためしばらくの間、来ることが出来ないと話したら快く許可を出してくれた。
生徒会室に入る前はルーカス様がいるんじゃないかと手に汗を握ったが考えとは裏腹にスムーズにことが進んであっけなささえ感じたほどだ。
だがそのおかげで休日もゆっくり寮の自室で自習することが出来ているのでありがたいことこの上ない。
「もうお昼ですね、そろそろ休憩を入れてはどうですか?」
「そうね、じゃあ準備してもらってもいい?」
同じく部屋で掃除をしていたユラからも休憩を促されたので素直に休憩に入る。
最近は考えることが多くてなかなか勉強に集中することが出来なかったが、この前の熱で学院を休んだおかげかアメリアやルーカス様に言いたいことを言ってスッキリしたのか今日は久しぶりに集中することが出来た。
「それではお茶と茶菓子をなにか持ってきますね」
そう言って部屋から出ていこうとするユラをオリヴィアが止める。
「あ、待って!今日は私がお茶を入れるからユラはお菓子だけ持ってきてちょうだい」
「お茶を入れるのも私の仕事なんですけど?」
オリヴィアの提案に嫌そうな顔をしながら答えるその姿はとても主従関係にあるものでは無かったが、今更そんなこと気にしないオリヴィアは止まらない。
「たまにはいいじゃない、私がお茶入れるのが上手なのはユラも知ってるでしょ?」
「…………はぁ、どうせ何言っても聞かないでしょうし分かりました。美味しいものをお持ちしてきますね」
やれやれと言った顔でユラの方が折れて部屋から出ていくのをオリヴィアは満足そうに見届けるとお茶を入れる用意をする。
実は寮母さんにこの前珍しい茶葉を貰ったためこっそりいれてユラを驚かせようという企みだ。
なんでも東方の島国で飲まれているお茶で、葉を発酵させず青葉を少し乾燥させたものから抽出するとか……
淹れ方は寮母さんが軽く教えてくれたので分かっている。
教えてもらった手順で淹れると確かに紅茶とは全く違った香りがしてくる。
そこで先程出ていったばかりのユラが戻ってくる。
片手にスコーンやジャム、クッキーが並べられた皿を持っている。
「この香りはなんですか?お茶を淹れるのではなかったのですか?」
「お茶を淹れてるわよ、とっても珍しいお茶だけどね」
「珍しいお茶?」
ユラはテーブルにお菓子の並んだ皿を置くと私の手元をのぞき込む。
「なんだか不思議な香りですね」
「でも、何となく落ち着く香りじゃない?お菓子に合うかも分からないから二杯分だけ淹れてるわ」
「二杯?」
「もちろん一杯はユラの分よ、気になるでしょ?」
「そりゃ、まぁ……」
ユラもやはり味は気になるようだが何故か渋っている。新しいものを怖がるような性格じゃなかったと思うんだけど、どうしたのかしら?
その事を聞いてみれば
「普通ご主人様と一緒にお茶を飲むメイドはいないのですが……」
「そんなの今更じゃない?ここでは誰も見てないんだしいいじゃない」
今更すぎる理由だった、普段から従者とは思えない言葉遣いで話してくるものだから無礼とか知らないじゃないかと思ってたくらいだ。
「無礼とか知らないかと思ってたし……」
「口に出てますよ、お嬢様。」
しまった、つい考えてたことが……!
「はぁ、分かりました。それじゃあご一緒しますね」
私の態度にユラは溜息をついてお菓子の置いたテーブルに椅子をひとつ追加してそこに座る。
私もちょうど用意できたお茶をカップに注ぎテーブルに置く。
カップに注がれた液体は透明感のある薄い緑色で見た目だけで判断するならあまり口に含みたくはないものだが、そこから漂ってくる香りは悪いものでは無い。
「なんというか不思議な色の飲み物ですね」
ユラも食慾をそそられない見た目に遠回しな言い方をしているが隠しきれていない。
二人してじっとカップを見続けていても仕方が無いので、まずお茶を淹れた私が率先して目を瞑りながらグイッと一口お茶を飲む。
口の中に苦味や、独特な香りが鼻から抜けていく。
あれ?意外と悪くないかも……?
ゆっくりと味わってみると変わらず紅茶と比べると苦味や独特な香りはするのだが不味い訳では無い。
なんというか甘いお菓子が欲しくなる味ではあるが、どこか落ち着く。
「独特な味ですが意外と悪くないですね」
いつの間にか飲んでいたユラもいける口のようで持ってきたお菓子をつまみながらお茶を少しづつ飲んでいる。
私も皿に盛り付けられたスコーンにジャムを付けて食べると口の中が甘くなるのでそれを流すようにお茶を飲めば先程よりも苦味等は気にならず美味しく飲めた。
「まだ、茶葉はあるけどもう一杯飲む?」
私もユラもカップの中身は既に空になってる。お菓子が余っているのでもう一杯飲もうと思うが、紅茶か緑茶どちらを飲むか悩む。
飲みなれた紅茶を飲むか、もう一杯緑茶を楽しんでみるか……
少し考えて、自分では決められそうにないのでユラにおかわりを聞きながらどちらが飲みたいか聞いてみることにする。
「次は私が淹れます。私が選ぶなら紅茶を入れますがよろしいですか?」
自分では選べなかったためユラに選んでもらおうという策はどうもバレてしまっているようだ。
「えぇ、私も紅茶にしようかと思ってたのよ」
ユラが疑うような視線送ってくるが気にしない、お茶を淹れてもらってる間クッキーを齧っていると、ふと夢を見る前にしたルーカス様とのお茶会を思い出す。
色とりどりの花が周りに咲いた場所にテーブルと椅子、大きな傘をさしてそこで飲む紅茶の味。
元々口数の多くない私にぽつりぽつりと当時の進捗を聞きながら話をするルーカス様。
会話の数こそ多くはなかったがのんびりとした空間にわたしは確かな幸せを感じていた。
最後にしたのはどれくらい前だったかしら?
最後のお茶会から学院の年度が変わり長期休暇に入り、そこから色々とあったせいでかれこれ二ヶ月くらい経っている。
アメリアが現れ、この前の私の無礼な行いもあって、もう今後お茶会をすることは無いと考えると寂しさを感じてしまう。
ルーカス様の事は諦めると決めたし、幸せにするのは私ではなくアメリアだと理解したのに未だに寂しさを感じるなんて私も随分としつこい女だと思う。
きっとこの先私に明るい未来は待っていない、それでも明るくないなりに少しでも良い未来を掴むためには綺麗さっぱり未練は切り捨てるべきなんだけどなかなか簡単にはいかない……
「ほんと、人生ってままならないものね」
自分の気持ちくらい自分で決めさせて欲しいのにそれすらも上手くいかないなんて他の人達はどうやって制御しているのだろう?
「何か悩み事ですか?」
淹れたての紅茶の入ったカップを私の前に置きながらボソリと呟いた私の言葉にユラが反応する。
「悩みという程のことではないわよ、なかなか上手くいかないことだらけで難しいなと思ってね」
実際、悩みと言うよりは嘆きに近い。悩んだところでどうにかする方法もないことはわかっているため話したところで心配をかけるだけ、それなら何も言わない方がいい。
「あまり無理はしないでください」
心配そうに言いながらもそれ以上は何も聞いてこないユラの気遣いを感じながら淹れたての紅茶を貰い一口飲む。
ユラの家事能力や気遣いにはつくづく感心させられる。自分には勿体ないほどで、その腕前なら公爵家や王宮付きのメイドでも通用するわよと進めたこともあったし、何度かお父様と交易を持っている他家から勧誘されているところも見た事がある。
中にはカロリーヌ家より爵位の高い所もいくつかあった。
しかしユラは私の勧めも含めて全ての誘いを即答でお断りしたようでそのおかげで我がカロリーヌ家のメイドの忠義は高いと一部の貴族からは言われているらしい。
私としてはうちで働くよりもっと位の高いところで働いた方がユラのためになるんじゃないか程度の考えだったのだが、ユラからすると私に言われたのが余程、嫌だったようでその後一週間ほど口を聞いて貰えなくなったのでそれ以降は言ってない。
そういえば、もし私が庶民に落とされた時はユラはどうなったんだろう?
夢では自分の事しか見れなかったのでユラのその後のことは知らない。まぁ、他家からもお誘いが来るぐらいなのだし、順風満帆な人生を送るに違いない。
私とも長い付き合いだからきっと庶民に落とされたことはかなりの心配をかけてしまうだろうけど、きっとユラなら上手く気持ちを切りかえて何とかするだろうから大丈夫よね?
「まだ飲まれますか?」
ポットを持ったユラに聞かれて、自分の手にあるカップが空になっていることに気づく。いつの間にか飲みきっていたようだ。
もう十分楽しんだので追加の紅茶は断り、テーブルの端に閉じて置いていた教本を手に取る。
「もう十分よ、また勉強するから夕飯の時に声をかけてくれる?」
「かしこまりました、なにかご入用の時は呼んでください」
ユラはそう言うと先程まで使っていたカップなどを載せた台車を引いて部屋から出ていく。
ユラはきっと大丈夫。
そこにはなんの疑念もないけれど……
でも残り少ないユラとの時間は大切にしなきゃね……
庶民に落ちてしまえばきっともう会うことは出来ない。ユラは大丈夫でもきっと私は寂しく感じてしまうだろう。だから、そのためにもその時が来るまで沢山話をしておこう。
……もしかしたら私はそのためにあの夢を見たのかもしれないわね。
私はもう未来に期待はしていない。だから…だからこそ……結末は変えられなくても、そこに行く道筋くらいは神様も許してくれるわよね?
オリヴィアは開けた窓から青く広がる空を一瞥すると再び考えることを辞めるように手元に寄せていた教本を捲り始める。
空を一瞥した時のオリヴィアがどんな表情でどんな気持ちを抱えていたかは誰も本人すらも知ることはなく……
その後、夕飯の用意ができたユラが呼びに来るまでの間、部屋からは時折ほんのページをめくる音と何かを書き写す音だけが鳴っていた。
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