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生徒会での話はその後直ぐに終わり、その日は解散となった。窓から外を見ればいつの間にか薄暗い。
寮に帰りつく頃にはすっかり日も落ちることだろう。
もしこれが帰るのが実家であればお父様から淑女の自覚が足りないと鞭打ちや食事抜きなどを受けるのだろうが寮なのでその心配がないのはありがたい。
ユラから小言は言われそうだけどね……
「ねぇ、オリヴィア嬢にアメリア嬢……ってもう二人は生徒会の後輩だしちゃん付けで呼ばせてもらうわね。良かったら一緒に帰らない?どうせみんな寮なんだから」
「私は構いませんよ」
「わ、私も大丈夫です!」
どうやらアメリアもライラ様も寮に住んでいるため一緒に帰ろうというお誘いらしく別に断る理由もないし、一応学院の敷地内なので一人で帰っても問題は起きないだろうけど、暗い時間に帰るわけなので防犯的にもいいことなので了承しようとしたらそこでルーカス様から待ったがかかる。
「あ、済まない。オリヴィアとは少し話したいことがあるから先に帰っててくれ。帰りは俺が送るから」
「ふーん、わかったわ。オリヴィアちゃんまたね。今度は一緒に帰りましょうね」
「えっと、お先に失礼します。」
「はい、お気をつけて」
私以外の女性陣が帰ってしまったため生徒会室にいるのは残りは私とルーカス様、ポワリエ様にユーベル様となる。
ユーベル様は相変わらずあれから不機嫌そうに明後日の方向を見ている。
話とはなんだろう……?
もしかして今残ったメンバーで話すのだろうか?
そんな風に考えていると、リーヴェル様が席から立ち上がる。
「さて、それじゃあ僕も帰ろうかな。ほらいつまでも変なとこ見てないでユーベルも荷物まとめてよ」
「別に変な所は見てない!」
「いいから早くしてよ。僕も君も朝早いんだから、それじゃあまたねオリヴィア嬢。ルーカスもちゃんと送ってくんだよ?」
「当たり前だ」
「はい、今後よろしくお願いします。」
「また明日なルーカス」
「ああ、また明日」
当然ユーベル様は私に対しては何も言わないので私の方からも特に何も言わない。立場が下のものから話しかけることは出来ないので仕方が無い。
どうやら男性三人に囲まれながら話すということは無いみたいなのでひとまず安心した。
しかし二人とも部屋から出たためいよいよ生徒会室で二人きりになってしまう。
若干気まずい空気が流れる。
別に悪いことは何もしてないのだけどこれからのことを考えると何を話せばいいか分からない、そもそもルーカス様から話があると言われたのでルーカス様が話しかけてくれないと無言の空間が続いてしまう。
どうしましょう……?
「とりあえず俺達も帰りながら話そうか」
「そうですね」
私達は部屋の戸締りをし鍵を警備員の人に渡してから女子寮に向かう。
帰り道は既に日がほとんど沈んでおり代わりに月明かりが道を照らしており、通り抜ける風が少しだけ冷たい。
ところで話とは何なのだろう……?
学院を出るまで何となく考えては見たものの心当たりは浮かばない。
夢とは違いアメリアに対して何かを言ったところを見られてたわけでもなければ、今までの月一であったお茶会の時も近況を報告するだけで大した会話をしたことは無い。
そう考えると自分はほんとにつまらない女なんだと思う。そんなところが彼女との違いなんだろうな……
「アメリア嬢と仲がいいんだな」
最近の癖でつい暗いことを考えてしまっているとルーカス様は突然そんなこと言い出した。
仲がいい?誰と?
「アメリア嬢と仲がいいとはどなたの話ですか?」
「そりゃ君とだよ」
いや、分かってはいたのだが分からなかったのだ。別に彼女とはさほど仲は良くない。むしろ向こうからすればいきなり小言を言ってきた嫌な人くらいに思っているかもしれない。
「なぜ、そう思われたのですか?」
「だって彼女生徒会室に入ってからずっと君の方を見ていたし、君の真似をするように動いてたから」
「それは、挨拶のひとつすらなっていないのでなにか粗相をしないように私の真似をするよう部屋の前で言ったからですよ」
「そうなの?」
「はい、なので別に仲がいいということは無いです。二人で話したこともないですし」
今朝のことや生徒会室に入る前の事は会話と言うには一方的だったし仮に会話だったとしても内容は話せないので黙っておく。
「それじゃあ尚更、悪かったね」
ドロリ……
突然降ってきた謝罪に足が止まる。
隣を歩いていたルーカス様も私が止まったことに気づき一歩進んだところで足を止め振り返る。
「その謝罪は、何に対してですか?」
そんなつもりはなかったのだけども自分でもキツイ声色が出たと思った。
「アメリア嬢の教育係の事だよ、きみに相談もなく勝手に決めてしまった。悪い事をしたと思ってる。」
「仰ってる意味がわかりません、教育係に推薦したこと自体悪いことではございませんし、生徒会役員ではなかった私に相談することでもありません」
胸の内側から言い難い不快感が這い出てくる。
それがより一層私の言葉を冷たくさせる。
「結果君を巻き込む形になってしまった、気遣いも足りていなかった。」
確かに婚約者がいる身でなんの相談もなしに決めるようなことでは無い。
しかし、ルーカス様とアメリアはきっと運命の糸で繋がっているのだろう、私がアメリアとルーカス様に関わらないようにしてもこんな風に近づけられたように運命という強制力があるのだと思う。
それを考えれば彼を攻めることは私にはできない。
チクリ……
「いえ、私にルーカス様の行いをとやかく言う資格はございませんので」
「資格ならあるだろう?婚約者だ。」
「婚約者と言っても爵位が違いますので」
「どうせ結婚すれば爵位は同じになる」
あっけからんと言われたその言葉に私の胸のうちのギリギリの所でで留めていた不快感が溢れ出す。
「……本当にそうでしょうか?」
「え……?」
「結婚すれば私と貴方様の立場が同じになると?」
「そりゃ、君は爵位としては公爵夫人になる訳だから同等だろう?」
そんなもの建前でしかない、実際は自分より高い爵位に嫁ぐしかもそれが当主が相手となれば上下関係は確実に生じる。下手を打てば執事長やメイド長よりも立場が下になることだってある。
「そうですね、そのような家もあると思います…………だからと言って政略結婚である私たちがそうなれるかも分かりませんけれど。」
過去王国の歴史上男性による他家への権利を乗っ取るということはあっても逆は無い。なぜなら実権を握るのは当主であり、そして当主になれるのは男性だからだ。
女性がどれだけ知略に長けようが事業を成功させ功績を挙げようが、素晴らしい伴侶、有能なパートナーと評価されるだけで当主になることは無い。それほどに男女の差というのは大きい。
「それに、私と貴方様はあくまで婚姻の約束をしているだけの関係、私に何かを申し立てれるだけの権利はございません」
しかも私達は爵位に差がある婚約者、向こうからすれば婚姻を結んだところで得られるメリットはなく婚約を破棄して私の家に賠償を支払ってでも他の、例えば王家の血を継いでいるアメリア嬢と婚約した方が得は多いはずだ。そんな状態の関係にどんな夢を見たところで対等なんて望めるはずもない。
「……オリヴィア?」
ルーカス様が少し驚いたような困惑の交じった表情をして私を見ている。
あぁ、失敗した。きつい女だと思われたかもしれない、嫌な女とも思われたかもしれない。
けれど……
「お見送りはここまでで結構です。わざわざここまでありがとうございました。」
これ以上この場で話していたら感情のままに何かを言ってしまいそうで、それに何よりルーカス様から飛んでくる言葉を聞くのが怖い。
そう思い出来るだけルーカス様の顔を見ないよう横を通り過ぎようとしたが直前、肩に手を掛けられて止められてしまう。
「待って、オリヴィア。」
「すいません。無礼なのは承知なのですが……謝意があるなら、今は放っておいてくれませんか?」
あくまで振り向かずそう言うと、肩においてあった手がゆっくりと離れる。
「わかった、また明日話せるかな?」
「ルーカス様がそう望むのであれば当然お時間の用意は致します。」
「そういうことじゃ……いや、わかった。それじゃあ気をつけて帰ってね」
流石にこのまま立ち去るのは礼儀がなっていないので振り返り顔を見ないよう目を伏せたまま軽く会釈をして自分の寮へと向かった。
私が歩きはじめても後ろから足音が聞こえることは無かった。
寮に帰りつくなり備え付けの椅子に座り机に突っ伏す。
今日は色々とありすぎて心身ともに疲れてしまった。
生徒会員への加入に、アメリアの教育係への就任、そしてルーカス様との口論……
いや、あれは口論と言うより私が一方的に話しただけだった。
もしかしたら、今日のことで気を悪くしたルーカス様が生徒会室でのことは無かったことにするかもしれない。そうすれば彼らの仲良くなる過程を見なくて済むなぁ、なんて現実逃避を始めてしまうくらいには疲れてしまっている。
どうせ、一年以内には解消される婚約関係なのだからもう私がいちいち彼からの見られ方を気にする必要はない。
先程のやり取りだって自分の意見を真っ直ぐ伝えただけでもう何も気にしなくてもいいはずなのに……
まったく…どうしてこんなに胸が痛むのかしらね……
いや、本当はわかってる………
彼を諦め、彼が最良の未来を歩くためならと身を引く覚悟を決めはしたが、だからと言って今までの長い…長い時間、抱えていた恋心をすっぱりと断ち切れる訳では無い。
頭では諦めていても心がそれを否定してしまう……
「まぁ、なんにせよしばらくルーカス様とは顔を合わせられそうにないわね」
アメリアへの教育係の件もあるから会わない訳には行かないが、今日の明日で会う気にはなれない。
どうしようかと机に突っ伏したまま考えていると、扉がノックされ「はい」と返事をすればユラが扉を開け入ってくる。
「お嬢様、今日は随分遅いおかえりでしたね。先に夕飯にされ……お嬢様?」
なんだか起き上がる気になれずそのままの姿勢でいると、ユラが心配そうな声を出してこちらに駆け寄る音がするので何とか気力を出して起き上がると、思ってた以上に距離の近いユラと目が合う。
「お嬢様失礼します」
するとそのままユラは私のおでこを触ると目を見開く。急な表情の変化に驚いてしまった。
なんなの?
「すごい熱ではないですか!?頭痛はありますか?食欲は?吐き気は!?」
どうやら自分では気づかなかったが熱があるらしい。
通りでいつもであればなんとも思わないところで声を荒らげたり普段では言わないようなことを言えたわけだ。
吐き気や頭痛等はないのだがユラによる怒涛の質問によって少しクラっとする。
「ユラ落ち着いて、熱に気づかなかったくらいにはなんともないわ」
「だとしても今日はもう休みましょう、食欲はありますか?」
「わかったわ、あまりたくさんは食べれなさそうだから少しだけいただくわ」
聞かれてふとお腹に意識を向ければそこまで食欲は無かったのだがそのまま伝えてしまえばユラがさらに心配しそうだったので少しだけ食べることにした。
「元々お嬢様が沢山食べる日なんてありませんよ。直ぐにお持ちしますか?それとも先に入浴しますか?」
今すぐには動く気になれなかったし、ご飯を食べた直後に寝るのは少し抵抗感があったので先に食事を頼むとユラは急いで部屋から出たかと思うと直ぐに湯気のたったスープの入った皿を持って戻ってくる。
今の数瞬で部屋を移動したのも驚きだけどそもそも今の時間でどうやってスープをそこまで温めたのかが不思議だ。
聞いても急ぎました。とかしか言わなさそうなので今更聞いたりはしないけど……
テーブルに置かれた皿からはいい香りが漂う。そういえば色々ありすぎてすっかり忘れていたけど学院に行く前に食べたいものの話をして美味しいスープをと言ったのを思い出した。
「そういえば、スープを頼んでいたんだったわね」
「忘れていたんですか?美味しいスープをとの事だったのでミネストローネにしました。味はさっぱり目にしているので今の体調でも食べやすいかと」
スープの中には様々な野菜が小さいサイコロ状に切られたものが入っている。
まず、スープだけ飲んでみるとトマトの酸味に野菜から出た出汁が甘く疲れきったからだに栄養を運ぶように感じ、たくさんの具材をスプーンで掬って口に運べば歯で噛む前にホロホロと崩れる。
たしかにユラの言う通り食べやすい。
「ほんとに美味しいわ、いつもありがとね」
「そう思うならおかわりして頂いてもいいんですよ?」
私の無表情も大概だけどユラも相当だ、こういうところは主従で似ているなと我ながら思う。
私はもう一杯分だけおかわりを頼みスープを堪能したあと既に用意されていた湯船に浸かる。
湯船に浸かってのんびりしていると頭が痛み出したのでそこで改めて自分の体調の悪さを自覚できた。
湯船から上がり髪を乾かしてもらった後、直ぐに寝台に寝転がる。
ユラが何かあったら呼んでくださいと小さなベルとコップとピッチャーに入った水を置いていったがこんな小さな鈴の音で気づけるなんてユラこそ休んでいるのかしら?
そんな疑問も体を横にした途端頭の隅に追いやられ私の意識はプツリと切れた。
その後、五日間に亘って高熱によって学院を休むことになるとは思いもしなかったけど……
今回も読んで頂きありがとうございます。
誤字報告してくださる方ほんとに感謝しかないです
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