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部屋に入ると直ぐに鋭い視線が刺さる。
「やあやあ、待ってたよ。
お茶を出すからぜひ座ってくれ。」
目の前で椅子に座り腰まで伸ばした白髪を後ろで一つにまとめ軽い口調でそう話す彼こそがポワリエ・リーヴェル様に間違いない。
すぐには気づかなかったがすぐ近くにルーカス様が立っており部屋の左側にユーベル様とライラ様も立っている。
生徒会が揃っていることにさらに緊張の糸が張りつめる。
「オリヴィア・カロリーヌでございます。お招き頂きありがとうございます。高貴な方々にお目通りいただけたこと嬉しく思います。」
粗相ないように挨拶をし頭を下げたまま後ろにいるアメリアに視線を送れば彼女も急いで頭を下げる。
「……っアメリアです!」
「そう畏まらないでくれ、同じ学生じゃないか」
「それは出来ません。
授業の内ならまだしも今は違いますから」
「まぁまぁ、とにかく頭を上げて座ってくれ。」
その言葉に私がゆっくり頭をあげるとアメリアもキョロキョロしながら頭を上げているのが目の端に映る
「あぁ、授業の内でないと言うならエスコートが必要かな」
「いえ……それは……」
リーヴェル様はからかうような顔でそう聞いてくるが勘弁して欲しい……
こんなに気さくでもいつ何処で機嫌を損ねてしまうか分からないのだから。
私がそのまま返答に困っているとリーヴェル様の横から助けが差しのべられる。
「ポワリエ、僕の婚約者を虐めないでもらえるかな?それに、仮にエスコートをするとしてもそれは俺の役目だ。」
ルーカス様がそう言うとリーヴェル様は肩を竦める。
「わかってるよ、第一エスコートを頼まれたとしても君に任せてたよ。僕にはカティという素晴らしい婚約者がいるからね。浮気を疑われるような行動はしない」
リーヴェル様にはカアルティ・フランキン様という歳が二つ上の婚約者がおりその溺愛っぷりは学院どころかこの国では有名な話だ。
彼の話す恋愛話は何処までが本当かわからないほど物語的で実際ポワリエ様とカアルティ様の婚約に至るまでを題材にした本が売られているとか。
私は読んだことないけど教室でガールズトークが開催されている時小耳に挟んだことがある。
「ポワリエ様……カティ……って……え?」
後ろから小さなつぶやきが聞こえてきた。
そのリアクション的にアメリアは読んだことがあるんだろう。
「オリヴィア急にごめんね?」
「いえ、謝られるようなことでは……」
ルーカス様に真っ直ぐに見られるとつい目を逸らしてしまう。心拍数が少し上がったのを悟られないよう顔を逸らす。
しかし逸らした先で目に入った光景に現実を叩きつけられたような感覚に陥る。
逸らした視線の先にあったのはほんのりと頬を赤くしてキラキラとした目でルーカス様を見つめるアメリアに……
「ほらー、君の婚約者はちゃんと冗談とわかってくれてるぞ!さて、実際もっと気楽にしてそこの席に座ってくれ。話を始めたい。」
しかしアメリアばかり気を取られていられずポワリエ様の言葉に従い生徒会室の右側、フラベテス様とライラ様と対面的になる位置にある椅子に座る。
……あくまで鋭い視線に気づかない振りをしながらリーヴェル様とルーカス様の方を見る。
「それでお話というのは?」
「うんうん、その前に僕らの紹介をさせてもらうよ?オリヴィア嬢は知ってるだろうけど……ね?」
たしかにアメリアは生徒会すら知らなかったんだからここにいる方達のことなんて知るはずもない。
「それじゃあ先ずは僕から、僕はポワリエ・リーヴェル一応次期公爵の予定だよ。好きなように呼んでもらって構わないけどウィレって呼び方だけは彼女のものだから辞めてね?」
「は、はい」
それからポワリエ様が全員分の簡単な説明を始める。
しかも何故か最後に私のことも説明された、始まった途端止めようとしたのだが爵位が上の方の話を遮ることは出来ないので止めるに停めれなかった。
「さて、自己紹介も終わった事だし、今回君たち二人を呼んだ理由なんだけどもね」
ようやっと話の本題に入るようだ。
ここまで来るのに長かった……
「簡単に言うとだね、生徒会に入って欲しいんだ二人とも」
……………………………………は?
ここで考えたまま口が動かなくて良かったと思う。
しかしあまりに突然な提案に頭が回らない……
生徒会に入る?誰が?
落ち着くのよオリヴィア・カロリーヌ。
落ち着いて話を進めなければ。
アメリアは私よりもよくわかっていない顔をしているため、私が話を進めるしかない。
「いきなり言われて困惑するのも当然だろうけど君たちとしても悪くない提案なんじゃないかな?」
そうあくまで笑顔で主に私の方に向かって言ってくるが内心笑っていないのは見え見えだ。
この方は一体どこまで知っているのか……
確かに私が生徒会に入ればお父様も一時的に満足し折檻のための呼び出しが減るかもしれない。
それだけ考えればたしかに断る理由は無いのかもしれない。
しかし……
私はアメリアとは、ルーカス様には近づかないと決めたのだ。
生徒会に入ってしまえば夢通り出来事が進み彼らが仲睦まじく過ごす日々を嫌でも見させられることになる。
そんなのは絶対に願い下げよ……
チクリと胸が痛むのを自覚しながら何とか断れないかと考える。
「私達には不相応かと」
「へぇ、どうしてそう思うんだい?僕が聞いた話では生徒会に入る資格は十分にあると思うけど。」
「いえ、爵位にしても成績にしても生徒会に入るには不足かと」
「オリヴィア嬢は伯爵と十分、学業の成績も常に一桁と聞いているけど?」
「カロリーヌ家が落ち目なのはリーヴェル様もご存知でしょう、成績に関しても私より優れた方はいくらでもいるかと」
これに関してはどちらも事実だ、カロリーヌ家はお父様の手腕でなんとかなっているが権威でいえば子爵のと変わらないし、成績もあくまで学業のみ一桁台なだけでそれでも上はいるし他のことも考えれば私よりふさわしい人は多い。
「ふむ、それならアメリア嬢の事も不相応と言ったがそれについては?」
「彼女は先程自身で名乗ったように家名がありませんので爵位は言わずもがな、成績に関しては転入したばかりということもあり、これも達していないと判断しました」
その時私たちの正面側から男性の声が飛んでくる
「ふん!随分と察しが悪いんだな、それとも分かっていてのその愚行なのか?」
部屋に入った時から鋭い視線で睨みつけてきていた男、ユーベル・フラベテス様だ。
どうも彼は私のことが嫌いらしく以前何度かルーカス様と一緒に会ったことがあるが、初対面の時から今のような感じであった。
元々学院に在籍している生徒たちからは腫れ物のような扱いを受けているのだから今更傷つくことは無いのだが。
今彼が言っている愚行というのはアメリアの評価を下げ生徒会に相応しくないという発言のことのはず。彼女が王女であるなら王族以外の何者も彼女の前に立つことは出来ない。進みたい道を進むことが出来る唯一の血筋なのだから。
しかし彼女は今はまだ家名を名乗らず平民として在籍している。それなら私からそれを無視するような行いはできない。
「申し訳ございませんがユーベル様の仰っていることのへの理解が出来ず心苦しいので良ければご教授お願いできますでしょうか?」
あくまでなんのことか分からないとしらを切っているとフラベテス様の目付きがさらにきつくなる。
「ルーカス、お前の婚約者は随分と常識がないんだな?」
私が何を言われようと傷つくことは無いがその被害がルーカス様に及ぶならそれは話が変わってくる。
「ユーベル、彼女を悪くいうのはやめろ。そもそもアメリア嬢は家名を名乗らずにいるんだ、オリヴィアの言い分が正しい」
しかし、そこでルーカス様が庇ってくれる。庇ってくれたという事実に嬉しさを感じずにはいられない。
「うっ、だとしてもよ不相応ってのは言い過ぎなんじゃないのか?」
「それも生徒会に入るとなれば仕方が無いことだ、ここはあくまで実力主義であって、明かしてない身分を考慮することは出来ない」
「…………」
「はぁ、そもそも馬鹿なユーベルがカロリーヌ様と討論しようなんてのが無謀なのよ。ていうか、いい加減そうやってオリヴィア嬢を睨むのやめなさいよ。私まで目をそらされるじゃない」
ユーベル様がルーカス様の言葉に黙り込んだ時、ユーベル様の隣に座ったライラ様が初めて口を開く。
「カロリーヌ様は貴方の数倍頭がいいんだし、その婚約者のルーカスまで敵に回してどうするのよ。」
「………………っち!」
やけに辛口なセリフだがいつもの事なのかユーベル様も顔を逸らし、舌打ちをしただけで怒り出すようなことはしない。
「はは、アメリア嬢はどうだい?難しいことは考えずにさ、生徒会興味無いかい?」
「私は……できるならやってみたいです。」
アメリアが遠慮がちにそう言うとポワリエ様が嬉しそうに頷く。
「そうかいそうかい、じゃあアメリア嬢は決まりだね。オリヴィア嬢も難しく考えなくていいからさ、元々我々から頼んでいるのだから資質だとかは考えなくていい」
彼にここまで言われてしまえば私に断る術はない。ここでこれ以上断ればもしかしたらお父様に知らされてしまうかもしれない、そんなことをされなくてもここにいる方々に不敬と捉えられるだけでも今後の支障は大きい。
既に一名私を敵対視しているのだがそれはもう出会った頃からなのでどうしようもない。
「かしこまりました。オリヴィア・カロリーヌ生徒会員の席ありがたく拝命致します」
きっと彼からすれば私が部屋に入ってきてから今までのやり取り全てシナリオ通りなのだろう。
「それじゃあ二人ともようこそ生徒会へ!歓迎するよ!!」
大袈裟に手を広げ満足そうなポワリエ様、一見笑顔で愛想が良さそうだがいまいち内心が読めないライラ様と露骨に不機嫌なユーベル様、このメンバーとこれから接する機会が増えると考えると頭が痛くなる。
まぁ、どうせルーカス様とアメリアが仲良くする様子なんて見たくないのでそこまで積極的にここに顔を出す気もない、必要最低限の仕事だけすればいいか……
しかし私の願いはことごとく叶わないようでポワリエ様から最悪の頼みを出されてしまう。
「さて、それじゃあ早速なんだけどアメリア嬢、君にはルーカスとオリヴィア嬢二人から教育を受けて欲しいんだ。」
はい…………?
「教育……ですか?」
アメリア嬢も意味がわからないようで固まっている。
「そ、君の隠している事はこの場にいる全員が察している。そしてそれを踏まえた上であまりにも足りてなさすぎる」
「それは……」
それは率直な意見だった、今の状態では社交パーティどころかお茶会に出ることも出来ないだろう。
「別に落ち込む必要は無い、生い立ちを考えれば仕方がないことだ。これからゆっくり頑張っていけばいいさ」
アメリアはその言葉に少し俯いていた顔を上げる、随分楽観的だと思うがここで悲観的なことを言っても仕方がないのはわかる。
ルーカス様が担当するのも夢で見ていたため知っている。
しかし私がそれに加わる意味がわからない、夢でもそんな展開はなかった。
「お待ちください、アメリア嬢の状況は理解しております。しかしなぜ同学年の私がその任を受けるのでしょうか?」
わざわざ二人の仲睦まじくなっていく様子を近くで見せられるなんてお断りだ。
「それは簡単な話だよ、ルーカスが教育係に自ら名乗り出たことで婚約者である君への配慮のためだ。もちろん君の優秀さを踏まえた上でね」
自ら……名乗り出た……
全ての点が繋がったような感覚だ、私が生徒会に任命されたのはルーカス様の体裁を保つためで、夢の中で生徒会にならなかったのはその話が出る前に私がアメリアに罵声を浴びせた事がルーカス様に知られていたためだろう。
アメリアは今どんな顔をしているんだろう……
先程と同じように頬を染めながらルーカス様を見つめているのだろうか?
ルーカス様はどうなんだろう、彼もアメリアを見ているのだろうか……
どうして自ら名乗り出たのだろう、私がルーカス様にしたようにように一目惚れでもしたのだろうか?
一度悪い事を考え出すと止まらなくなってしまうのが自分の悪い癖だとは分かっているが止められない。
次々に夢の中で見た二人の仲睦まじい姿が脳裏に浮かんでは消える。
誰よりも彼の隣に立てるよう努力はした、後ろ指をさされながらもそれを無視してでもその場所を目指してきた。
それでも足りない…
暗い、深い闇に意識が囚われる。
それじゃあ私は一体どうしたら良かったのか……
何が……まだ私は………………
「オリヴィア大丈夫?」
その言葉と共に眼前いっぱいに大好きな彼の顔が映る。
「…………っは、い!」
「この前も辛そうだったしやっぱり体調が悪いんじゃないかい?」
心配だと言わんばかりの表情でこちらをのぞき込むルーカス様の顔が思ったより近くて声がつっかえてしまう。
「やっぱり今日はもう終わろう」
恋というものは難しくて簡単だ、先程まで暗い気持ちになっていたのが嘘のように胸の中が暖かくなる。
笑顔や心配をしてくれる顔、困った顔でも彼がその表情を私に向けてくれてさえいればどんな気持ちも晴れてしまうのだろう。
「大丈夫です、少し考え事をしていただけです。ご心配ありがとうございます」
心はもう決まってる、彼を好きな気持を消すことは出来っこないけど。
「理由は承知致しました、ご配慮ありがたく」
進む道の先にルーカス様がいなくても……
「私に出来ることは精一杯やらせて頂きます」
席を立ち隣を見ればアメリアが私を見上げている。
最初に見せる手本としてカテーシーをする。
彼が最幸の未来を過ごせるなら……
「アメリア嬢よろしくお願いします」
私は喜んでこの未来を受け入れるわ
「は、はい!よろしくお願いします!」
急ぎ立ち上がって頭を下げるアメリアを見ながら私は破滅への道を進む覚悟を決めた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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