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アメリア、そう名乗った彼女はクラスの中心辺りの空いた席に座っている。


この世界では姓を持つのは貴族のみ、だから私たち貴族は姓に誇りを持っている為、名乗らないということはありえない。

つまり彼女は平民だということになるがその容姿がそれを否定する。


小柄な体に携えた金色に輝く髪に翠の瞳、それはこの国の王族もしくはそれに近い血縁にのみ現れるもの。

このクラスの誰もが自ずとその答えを察する。

実際に彼女は夢の通りであれば今は亡き現国王の妹の娘である。



アメリアが生まれた時、王妹殿下は亡くなってしまい彼女は現国王が引き取るはずだったのだがいつの間にか当時の王城で働いていた一人の侍女と共に姿を消してしまったのだ。


だが最近、王宮に一通の手紙が届いた。その手紙の内容はアメリアが今もまだ生きて城下町ですごしているというものだった。

手紙の差出人はアメリアを拐った侍女本人からのものでどうやら病にかかりこれ以上面倒を見ることが出来なくなり自らを告発したそうなのだ。


ちなみにこの事実はまだ今は噂程度にしか出ていないが夢では今から一年後の卒業前パーティで私の婚約破棄を告げられたと同時にそのことを発表していた。


アメリアの元に衛兵が来た時には手紙の差出人の女性は息を引き取っておりなぜ誘拐なんてしたのか理由は定かでは無いがアメリア自身は彼女を実の母と認識しており楽しい日々を送っていたとか。


その時リィーンゴーンと鐘の音が学院中に鳴り響きわたる。


しまった、色々と考えているうちに一限目の科目が終わってしまった。


授業の合間には十分ほどの休憩時間がありほとんどの生徒がその間に次の科目の予習をするか、仲の良いクラスメイトと話をしたりしている。


当然、前者である私は急ぎ次の科目の準備を始めると前の席が賑わい始めている、アメリアの座っていた辺りだ。


どうやら彼女の出自を察しつつも新たにクラスの一員となった転入生への興味の尽きない一部の生徒が話しかけに行っているみたいだ。

人混みの方を何となく見ているとチラリとアメリアと目が合うもすぐにそらされてしまった。


気の所為かな?


夢で彼女の事を知っていた私と違って何も知らない彼女が私を見る理由がない。

授業を始める学院の鐘の音が再び鳴りアメリアの周りに集まっていた生徒たちも自分の席に戻る。

次はちゃん授業に集中しようと意気込んだもののやはり夢の出来事を考えてしまう。


彼女が現れた以上もう私に出来ることは関わらないこと、夢の中では私の意にそぐわず彼女を非難しに行っていたがこれは現実、きっと夢とは違う行動ができるはずだ。


この日は学年が上がり長期休暇が終わってから最初の登校日だったので授業は午前中で終わりそれぞれ自分の寮に帰ったり食堂に昼食を食べに行く者で別れる。

聞き耳を立てた訳では無いがアメリアは既にクラスの何人かと仲良くなったそうで一緒に食堂に行くらしい。


食欲が沸かないので荷物をまとめ帰寮する。

どうせ食堂に行ったとしても冷鉄な人形と呼ばれている私は周りからの視線やヒソヒソと話す声のせいで落ち着いて食事をとることは出来ないのでそれなら自分の部屋で休んでいた方がいい。


傘を広げ寮へと向かう。

雨なんて降っては無いが、淑女たるもの日差しに肌は晒せない。

どうせ長袖を着ているため傘なんて使わなくてもいいのだろうが幼い頃からの父の厳しい教育によりすっかり習慣づいてしまった。



昼時ということもあり流石に人の姿は見えない。

周りには木々が青々と茂っておりチラホラと花も咲いている。


空を仰げば青く澄み渡っていて、大きな雲がひとつ浮かんでいてどこか懐かしさを感じる。

そう言えば周りの景観なんてしっかり見たのはいつぶりだろう。

夢を見る前は父の期待に応えるため、ルーカス様に好いてもらうのに必死で、夢を見始めた頃は恐怖と吐き気で下ばかり向いていたから空を眺めることがなかった。

穏やか空気が流れ銀色の髪が軽く揺れる。

今日までは彼女が本当に現れるのかと心臓に悪い時間が続いたが現れたとなれば私に出来ることはルーカス様を諦めて父に勘当されない程度の相手を見つけるか、平民として生きる術を身につけるしかないので気楽なものだ。


その日の帰り道はいつもより足取が軽く感じたのはきっと気のせいじゃないと思う。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



寮の部屋に帰りつくとすぐに部屋の扉がノックされ「どうぞ」と言えば20代後半の女性が部屋に入ってくる。


「お帰りなさいませお嬢様、昼食は召し上がられましたか?」


「ただいま、学校で食べてきたわ」


本当は食べていないのだがそんなこと言えば彼女は怒るだろうから仕方がない。

しかし、それで納得はしなかったらしく彼女の目付きが細くなる。


「そうですか。ちなみに学食では何を召し上がられたんですか?」


「き、キッシュよ」


「それは昨日の夕飯ですね、下手な嘘つかないでください。馬鹿なんですから」


たしかに急な質問に何も思いつかず、ぱっと思いついたメニューを応えたのは愚策だったけど馬鹿は言い過ぎだ。


「馬鹿だなんて、学院のテストの順位では常に一桁台なんですけど?」


まぁ、お父様は一位では無いことに叱責を受けたけどそもそも能力が並な私が長い時間、教本と向かい合ったところで一位なんて取れるわけが無い。


「はいはい、失礼致しました。馬鹿ではなくて残念でしたね」


「どっちにしろ失礼致しすぎよ」


ここまでハッキリと言えるのは彼女のすごいところだと思う。それが仕える主人への口調でなければだけど。


「それじゃあ軽食をお持ちしますのでここでお待ちください」


そう言い部屋を出ていった彼女はカロリーヌ家に仕えているメイドの一人で名前はユラ。

あんな口調をしているけど実家でお父様から厳しくしつけられていた私の事は誰もが腫れ物を見るようで扱うようで、どこかよそよそしく近づこうとしなかった中唯一私のことを気遣ってくれた人で、この寮にお付のメイドを一人だけ連れていくという話が出た時も自ら名乗り出てくれた。


いくら軽食とはいえ今から用意するとなればそれなりに時間はかかるだろうから夢で見たこれから起こる出来事を時系列順にまとめようとノートを広げる。


現実に彼女が来てしまった以上知りうる限りのことはまとめておいて損は無い。

学校の行事的に最初に起こる出来事は生徒会に勧誘され入会したアメリアが同じく生徒会に所属しているルーカス様と楽しそうに会話をしているところを見た私がアメリアを呼び出し詰め寄るとそこにルーカス様が現れ私を咎める、こんな流れだがこれなら回避するのは簡単だ。

要は呼び出さなければいいだけの話なのだから。

自分から関わらなければ向こうから関わってくることも無いはず。


次に起きることは学年テストだ。

ここではアメリアがテスト勉強のためにルーカス様や他の生徒会所属している生徒と勉強会をするのだがその度にルーカス様との距離が近いアメリアに同じくテスト勉強をしていた私が苦言を言い、それを周りから宥められるというものである。

ちなみに夢の中ではお父様からの命令もあって私は無理やり生徒会に所属していた。


現実にもお父様から手紙で生徒会に入れと来ているのだが夢通りに動くつもりは毛頭ない。


お父様には健闘したが無理だったと手紙を送っておこう、それで簡単に納得してくれる訳はないだろう、もしかしたら実家に呼び戻され折檻されるかもしれないが夢通りに動いて死ぬことに比べたらまだマシなはずだ。


それにしても……


溜息をつきながら上を向いて夢での出来事を考えれば私に対して起こる不利益の始まりは大体私が苦言をアメリアに言うことで始まっている。

夢の中の私もよく懲りずに言い続けたものね……


それから思い出せる範囲で出来事をまとめていると扉がノックされそのままユラが小さなサンドウィッチの乗った皿と湯気の立ったスープの入ったカップを持ちながら部屋に入ってくる。


「勉強は大変素晴らしいですが休息も取らないと体を壊しますよ?」


別に勉強をしていた訳では無いのだが書いてたことを言う訳にもいかないのでノートを閉じて隠す。


「いい成績を取らないとお父様に叱られてしまうからね」


実際それは本当のことなので軽食を食べ終わったらテストに向けて予習しておこうとは思っていた。


「成績なら十分だと思いますが」


「それでお父様が満足しないのは知ってるでしょ?」


「それは……」


「いいの、勉強はそこまで嫌いじゃないし無理はしないわ」


「分かりました……食べ終わった皿は後ほど取りに来ますので」


ユラはそのまま納得いっていなさそうな顔で頭をひとつ下げると部屋から出ていった。

他のメイド連れの生徒は部屋の片付けや体のメンテナンスなど色んなことをしてもらうためほとんど部屋にいるそうだが私にはそう必要ないので基本的に食事の用意以外の時は自由にしてもらってる。

聞いた話では寮母と一緒に寮の掃除を手伝ったりしているとか。

心配してくれるのは嬉しいけれどこれ以上はユラがお父様に叱られてしまう。いくら寮とはいえ、何処からお父様に知られてしまうかわからない。

もし解雇でもされてしまえば貴族に解雇された役立たずと見られ次の就職が困難になるはずだ、そんなことにはなって欲しくないので一定の距離は保たないといけない。


適当な相手と婚姻を結ぶことになっても、平民に落とされることになったとしても……死ぬことになったとしても、どうなるにせよ私はあの家から居なくなるのだからそんな私のためにわざわざユラが酷い目に会うことはない。


「死ぬことだけは回避したいけど……」


つい口にしてしまったがそれが心からの本心なので仕方が無い。

でも、もし平民になるなら仕事はどうしよう?

読み書き、計算はできるから何処かの商店で雇ってもらうのがいちばん現実的かしら?

それも計算ができるからといきなり押しかけて雇ってくれるのかという疑問はあるがそんなことを考え出したらキリがないので未来のことは未来の私に後回しにしてユラの持ってきたスープを飲むと体の中から温まる。サンドウィッチを手に取り口に運ぶと、柔らかいパンに挟まれたトマトとレタスにチーズがさらさらと喉を通っていく。


そういえば昨日、一昨日は今日のことが気になってあんまり食べれてなかったわね。

昨日の晩のメニューにキッシュを出されたが一口食べてそれ以上食べる気が起きず残してしまった。

ユラがいつも以上に心配そうな顔をしていたのもきっとそれが理由の一つではあるんだろう。


ユラの持ってきた軽食を食べ終わった後、体の奥が暖かく感じたのはきっとスープのおかげだけでは無いような気がした。





前話で誤字報告して頂きありがとうございます。

思ってた以上に読んで貰えたので連日投稿させて頂きました。

そんなにストックもないのでゆっくり投稿出来たらいいなと思ってますので気長にお待ち頂けたら嬉しいです。

ブックマークどうしていただけると励みになりますので良ければお願いします。


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