憧れは憧れのままで~私の婚約者は最高です~
子爵令嬢ウラリー視点
アロシュ子爵家のウラリーは、男装の麗人に憧れていた。
物語で読んでからというもの、そういった人が実在するのでは!?と思っていたが、出会う事もなく。
アドモンテ公爵家の公女、グレイシアの誕生会で出会ったベルナールとその年の秋に婚約を交わした。
ベルナールはバルヴィエ伯爵家の令息で、礼儀正しく優雅で優しい。
何より、誠実。
貴族の家に生まれつく人間は大抵美しい。
それはずっと続く結婚という淘汰の末の、恩寵であるともいえる。
藤色の目と髪をしていて、言葉も態度も柔らかい。
激しい恋ではなくても、尊敬と親愛は芽生えていた。
だが、学園に入った時、ウラリーは我が目を疑ったのだ。
焔の様な赤い髪に、宝石の紅玉かと思う程に鮮やかな緋色の瞳、日焼けした肌に中性的な美貌。
スラリと背の高いその御方は、ウラリーの探し求めていた男装の令嬢ルシャンテだったのである。
辺境伯家という家柄もあって、剣も強く、男達に後れを取る事のない雄姿もまた、乙女達の心を釘付けにした。
絵本の中の王子様がそのまま具現化したのでは!?
ウラリーは見かける度にドキドキして、チラチラと盗み見てしまう。
いけない、わたくしには婚約者がいるのですもの。
でも、相手も令嬢だから、浮気にはならないのかしら?
同じように思った令嬢達と、密かに楽しみを共有し合う日々。
婚約者のいない令嬢が、男性だと勘違いをして告白をする事もあったし、優しく断られたその後、記念に夜会で踊って貰えたという噂に、羨ましくため息をついた。
踊るぐらいは良いのでは?
同じ女性ですものね?
でも、ベルナール様は良くは思わないのではないかしら。
だって、逆の立場になったら、それは。
物語の中から出てきたような理想の女性を体現した、女装した男性がいたとして。
同じ性別だから、踊ってもいいだろう?
素敵だよね、と言われたら胸がモヤモヤしないだろうか。
美少年を愛する婚約者。
何だか別の意味でドキドキするのは何故かしら。
ウラリーは新しい扉を開きそうになって、慌ててその扉を閉じて固く封印した。
ともあれ、気持ちが動かされたら、浮気ですわ。
それが恋愛であればだめです!
憧れ、そう憧れに留めておきましょう!
そう決心したウラリーに新しいルシャンテ情報が入ってきた。
最近、カリンという男爵令嬢が噂に上っていたのだが、身分の上下関係なく人の婚約者を篭絡するという噂。
しかも婚約者を無視して贈り物をした挙句、夜会へはカリンを同行する。
カリンへとドレスも宝飾品も贈る方に予算が使われて、正当な婚約者である令嬢には贈られない。
金持ちなら、婚約者へも贈られるのかもしれないが、そうだとしてもあまり良い気分ではないのは分かる。
長年、お互いに交流して、贈り物をし合ってきた婚約者なのだ。
財産によって差異はあれど、信頼関係や愛情を示し、婚約と家同士の繋がりを確固たるものにすることは、貴族の子女の使命であり義務である。
そこにはもちろん、気持ちを伴うものであり、ウラリーもベルナールを大事に思っていた。
だからこそ、裏切られた令嬢達は少なからず心を痛めたのである。
一部の殿方からは、魅力がないからだ、所詮家同士が決めたものだという開き直りと揶揄があり、女性達からはそんな不実な家柄の殿方は敬遠されていく。
だが、そこに、救世主が現れたのだ。
男装の麗人、ルシャンテが蔑ろにされた令嬢達を元気づけ、勇気づけ、ルシャンテの纏う赤い色のドレスを贈って、夜会で踊ったのである。
一番初めにその栄誉を戴いたのは、伯爵令嬢のアリシアだった。
地味で真面目な彼女が、夜会から一転、垢ぬけた美少女となって現れた事は、学園で噂になるほど。
同じ夜会で、夜会よりも前に不遇な扱いをされてしまった令嬢達とも次々に踊ったという。
羨ましい。
え?本当に羨ましいんですけど……?
でも、婚約者が糞というのは、本当に残念ですわよね。
羨ましいなんて、口に出してはいけない。
心の底から羨ましいけれど。
自分の選んだ愚行の言い訳に、令嬢を嫉妬深いと詰る糞令息も目にした事があるし、泣いて走り去った令嬢も見た事がある。
そんな令嬢達が自尊心を取り戻したのは、良い事だ。
同じ令嬢の身分としては、救いがあって良かったね、と思う。
でも、はて?
カリン嬢の魅力は何処にあるのだろう?
色々な男性達を侍らせて、殿方達は不満に思わないのかしら?
確かに見た目は可愛らしく、夕陽色の目も髪も美しい。
ころころ変わる表情と、気安い態度は貴族というより平民に近いだろうか。
うーん?
平民の皆様も学園にはいるけれど、皆様の名誉のために言っておくとそんな平民はいない。
敬語もきちんと使えて、成績も優秀。
間違っても婚約者のいる異性の貴族に気安く近づいたりはしない。
だとしたら、別の新種の生物なのかしら?
ウラリーはちょっと気になって、ベルナールとのお茶会で訊いてみる事にした。
お茶会と言っても、学園に併設されている学園内の喫茶室で時間制、予約制で利用できる場だ。
学業で時間が取りにくい子女の、交流の場として設けられている。
かつて、この国に短期間留学したと言われている、フォルケン帝国の皇妹であり、グレイシア公女の母でもあるコンスタンツェの発案で造られたという。
「あの、ベル様、少々お尋ねしても宜しいでしょうか?」
「ああ、何だい?」
優雅に薫り高い珈琲を飲みながら、ベルナールは柔らかい笑顔を向ける。
ウラリーは、何て切り出したものかしら、と迷いながら口にした。
「カリン嬢の噂を知っておられまして?ベルナール様は彼女をどう思われますか?」
「ああ、彼女か……」
数拍、思い出す様に視線を巡らせたベルナールは、ふ、と唇に冷たい笑みを浮かべた。
「確かに見目は美しいが、品位のない女性は嫌いでね。君の様に慎ましい女性の方が私は素敵だと思うよ」
「……そうでございますか」
満点の回答を頂いて、ウラリーは嬉しさと複雑さと、残念さに心を揺らした。
ちょっとでも心惹かれていれば、ルシャンテと踊れたりして?などという期待もあった。
ほんの少しだけ。
でも、誠実で素敵な婚約者であるという事には、嬉しさがある。
しかも「慎ましい女性」などと言われては、絶対にあの御方と踊るなどという事は、出来ない!!
トイレでよくある貼り紙「綺麗に使って頂いて、ありがとうございます」と書かれていたら、よし、綺麗に使おうと思うあれではないですか!
「何か、不安にさせたかい?」
心配そうに覗き込まれて、ウラリーは慌てて首を左右に振る。
「いいえ、改めて誠実さを持つ方と婚約できた事に感謝しておりました。わたくしも恥じぬよう努めますわ」
「ふふ、ウラリーはそのままで十分、素敵だよ」
柔らかい笑顔と優しい目を向けられて、胸が高鳴る。
我が婚約者、最高では!?
ほんの少し迷っていた子羊の様な心は、きちんと小屋に戻ってきたのである。
大量脱走していた事実は見ない事にした。
だが、数日後。
友人と話していた言葉に凄く驚かされてウラリーは気になってしまった。
「ベルナール様って、厳しそうですわね。少しの過失も許さないんじゃないかしら」
えっ?
まあ、確かに?
眉目秀麗、成績優秀ですし、カリンの時に浮かべた冷笑はヒヤリとしたものね。
もしあんな目を向けられて、嫌いでねと言われたら死にそう。
早速ウラリーは週末に家を訪れるベルナールの為に、クッキーを焼くことにした。
貴族の令嬢が、自ら料理をするという事はあまりない。
あまりないが、やってはいけないという不文律があるわけでもないのだ。
使用人に教わりながら焼き上げる。
当然ながら、失敗したものもあった。
綺麗に焼けた物に、その失敗作も混ぜて、翌日のお茶会に出してみたのである。
相手を試す行動が称賛されないのは分かってはいるが、不安だったのだ。
おずおずとクッキーを差し出しながら、ウラリーは上目遣いでベルナールを見上げた。
「わたくしが手ずから焼きましたの。お口に合うと良いのですが」
「……そうなのか。怪我はしなかったかい?」
「……!はい、何とか」
本当は少しだけ、鉄板に手が触れてしまって赤くなってしまった指もあるが、隠す様にウラリーは手を卓の下に引っ込めた。
「頂くよ……うん、美味しいね」
さくさくと音を立ててクッキーを食べる姿を見守る。
目の前で、少し焦げたクッキーを摘み上げたベルナールが言った。
「これは……失敗したのかな?」
だが、ウラリーが何かを言う前に、ひょいとベルナールはそのクッキーを口に入れて微笑んだ。
「……うん、これは、これで、香ばしくて美味しい。私の為に作ってくれてありがとう、ウラリー」
「し、失敗したのに、怒りませんの?」
「何でだい?私の為に君が作ってくれたのが何より嬉しいよ。大変だったろう?」
怪我の心配もしてくれて、失敗は問わずに褒められるところを探してくれて、感謝もしてくれた。
しかも、大変だったことも察してくれたのである。
もう一度、ウラリーは心の中心で愛を叫んだ。
我が婚約者、最高過ぎでは!?!?!?
「ベル様、お慕いしておりますぅ~~」
「どうしたんだい、ウラリー」
ぽろぽろと涙を零した婚約者に驚きつつも、ベルナールはその肩をきゅっと抱き寄せた。
ウラリーは抱き寄せられながら、その胸に顔を埋める。
憧れは憧れ。
わたくしの婚約者は最高。
これ以上の幸せはございませんわ。
更に翌日、学園にてウラリーは友人にもベルナールの最高さを伝えて、授業を受けた。
今日のお菓子作りは何とクッキーである。
といっても、貴族のご令嬢たちは自分達で作る訳ではない。
侍女や小間使い達を使って、クッキーを作り上げるという調理というよりは、使用人を監督する授業である。
平民の生徒は自分で作るか、貴族の指揮下に入って作業をするかを選択できる。
ウラリーは折角習ったばかりだし、と指示をしながら自分も作るという荒業を行使した。
授業を終えた後、令嬢達はきゃわきゃわとクッキーを持って嬉しそうに歩いて行く。
ちょうど授業を終えたルシャンテや騎士達が通りかかった廊下で、令嬢達は次々にルシャンテにクッキーを差し出した。
「今日の授業で作らせましたの」
「お口にあえば宜しいのですけれど」
「味見はきちんとしておりましてよ」
口々に言いながら、クッキーの入った包みを渡されて、ルシャンテが爽やかな笑顔を浮かべる。
「ありがとう、嬉しいよ」
だが、ウラリーは自分の包みをきゅっと胸に押し付けて手で覆って隠し、廊下の壁際にさっと避けた。
思わずフラフラと捧げそうになった自分への反射的な行動で、逆にルシャンテの目を引いてしまったのである。
美しい顔に見つめられて、段々近寄ってくるその人から目が離せず。
ウラリーは心臓が口から飛び出すのではないかと思う程、胸をときめかせた。
最早、不整脈である。
壁に手を突いて、包みを覆う手の甲を指でつつかれ、美しい顔を寄せてくるルシャンテ。
「君は、くれないのかな?」
「ああああ、あぁ、こ、これ、これは…ここ婚約者の……」
言葉が上手く出てこないウラリーは、男装の麗人から目を離せないまま真っ赤に顔を染めている。
「やめてくれませんか」
そこに通りかかったのは、授業を終えたベルナールで、ウラリーは慌ててルシャンテの腕の下をくぐると、ベルナールの背に隠れた。
「申し訳なかった。少し虐めすぎたようだ。謝罪する」
きっちりと、胸に手をあてて、深く礼をしたルシャンテに、少し驚いたようにベルナールは頷いた。
背の後ろにいる、ウラリーを振り返れば、真っ赤な顔をしたまま、ベルナールの胸に両手で何かの包みを押し付けてくる。
「これです!」
「何かな?」
何の説明もなく渡された包みには、クッキー。
甘い香りがふわりと広がった。
「守り通しました!今日の授業のクッキーです!」
「そうか。嬉しいよウラリー」
あんなに真っ赤になって、ルシャンテを好きなのかな?とベルナールも思ったが、彼女は男装した令嬢だと誰もが知っている。
例え憧れにせよ、淡い恋心にせよ、必死で自分への贈り物を死守していた婚約者がただただ愛おしかった。
人前で抱きしめる事は出来ないが、その頭を優しく撫でる。
「大事に食べるよ、ウラリー。有難う」
「はい……!」
ルシャンテの事は確かに憧れてたし、素敵だったけど。
きちんと抗議してくれたベルナールも王子様みたいで素敵だった、とウラリーは幸せな溜息を零した。
その後ルシャンテから謝罪の手紙と観劇の券が送られてきて、ベルナールとウラリーは豪華な箱席から初めての観劇デートを楽しんだのである。
学園を卒業後に二人は恙なく結婚し、その先の未来も共にした。
ルシャンテとも親交をもち続け、王国の為に夫婦で尽力したのである。
年末年始に向けて、短編もペースアップしていこうと思います!
面白かったら★貰えるとひよこ喜びます。
でも、何より嬉しいお雑煮情報、ありがとうございました!!!!!
チーズケーキの新情報も嬉しいです。皆様は神様か何かですか??
実は日光は縁の深い場所なので、神社に行くついでにチーズケーキ買いたいと思いました!
ガトーショコラも美味しそうでした。
銀座千疋屋のシュトーレン(ショコラ)美味し過ぎたのでまだ食べ終わってないのに2本目注文してしまいました。えへへ(・8・)
お雑煮、皆様のお陰で、今年は椎茸がランクイン致しました!!
あと正月だからナルトもいいなぁと……ぐるぐるだし…!
色々な情報の中でも、かつお菜という未知の野菜を教えてくれた皆様、ありがとうございました。
ぜんっぜん知らなかったです。2号も知らないと言ってました。
南の方のお野菜なのですね~結構書いてくれた方がいて、創作のヒントにもなりました!
勉強になります。
あとあん餅雑煮も知らなかったです……未知…!
皆様のご家庭の味、教えて頂けて嬉しいです。丸餅角餅も言われてみれば、角だなぁとか、色々気づきもありました。
実際に食べてらっしゃる皆様のお雑煮のバリエーションめちゃくちゃ多くて、読んでいて楽しかったです。
具沢山もシンプルもどっちもよき…柚子の香りも良いですよね。
餅つきいかれる方もいるのも、何だか素敵だし、人参の飾り切りとか!華やかですね!
ひよこは材料いれてぐつぐつするだけのぐうたらひよこです。
年末年始の短編更新ですが、ルシャンテとレナトも書き上がったので年末に入れる予定です。レナト君は好き嫌い分かれる系男子、ルシャンテは書籍化部分の一部場面も入れていますが、2号曰く重いという話で、陰謀とか帝国関係のお話にも触れます。
ユーグレアス、レクサス、カリンのお話の続きと、側近カップル(破局)も投下予定です。
楽しんで頂けると嬉しいです。




