書籍化記念SS2「跡地視察」
ミュカレーからそれほど離れていない湖の畔。小さな村と静かな自然が名物の、穏やかな場所。
その一画にある焼け跡に、私は立っていた。
「ホント派手にやったものだねぇ。いや、覚悟の上で使ったんだけれど。まさかここまで更地にされるとはね……」
途方にくれた様子で呟くのはベルウッド領主代理改め、ベルウッド領主だ。この度、数々の政治工作の結果、役職から代理が外れた。
「別荘一つで命が助かったと思えばよいではありませんか。ベルウッド様」
横で微笑みながら言うのはナイレ嬢だ。現在では秘書のような家族のような関係になっているらしい。私はその辺りの機微に詳しくないのでわからないけど、皆がそう言っている。
「なあ、マツサ。なんでここまでやったんだい?」
隣で湖の方を眺めている元弟子、マツサに聞いてみた。
振り返った銀狼種の少女(本人談)が、バツの悪そうな顔をしていた。
「えーと、なんといいますか。久しぶりに先生を見て興奮したといいますか。なんか、色々とこみ上げるものがありまして。主に怒りとか。どうせこのくらいじゃ死なないからいいかなーと、少し強めの火力が出ちゃいました!」
我ながら物騒な弟子だ。
「相手が私だから平気だったけれど、普通なら死んでいるからね」
実際その時もう一人現場にいたわけで、私が保護していなければ今頃墓の下だっただろう。
「そこは先生を信用していましたから! ……えーと、つまりですね」
そう言うとマツサはベルウッド領主の前まで行って、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい! やりすぎでした!」
急に謝罪を受けたベルウッド氏は驚いた後、いつもの柔和な笑顔に戻る。
「い、いや。マツサ殿にはその後お世話になっているからね。実際、別荘一軒分以上のことをしてもらっているよ。……それに、ここは一度も使っていなかったし」
色々と思い出したのか、物凄く暗い顔になった。
「良いじゃありませんか、ベルウッド様。また新しい別荘を建てましょう。今度は私やマナール様と遊びに来れますよ」
「う、うん。そうだね。そのとおりだ。気分を一新して、新しい別荘もいいかな! 資産も増えてるし!」
ナイレ嬢に励まされて、少し前向きになったようだ。割と最近、領主の屋敷で見られる光景である。ベルウッド氏の精神衛生上、彼女の存在の重要性が日々増しているという。マツサなど「外堀が完全に埋まってますね」と評していた。
「なあ、マツサ。一つ、気になることがあるのだけれど」
「なんですか、先生?」
ベルウッド氏が前向きになったのは良いことだ。しかし、問題がある気がした。一応、小声で話しておく。
「仮にベルウッド氏が新しい別荘を作ったとして。遊びに来る時間はあるのかい?」
「ないですね。今日もこの後すぐ引き返します」
王都との政争が終わり、ますます発展するミュカレーの町。当然、領主の仕事は増すばかりだ。
視線の先で、ベルウッド氏が新しい別荘について楽しそうに話している。
「仕事のできる方ですから、建物はきっちり完成するんでしょうね……」
「うん。建物はね……」
ナイレ嬢と楽しく笑うベルウッド氏に、さすがの私も同情した。