第78話:第七属性
ドラゴン。最大にして最強の魔獣。
トカゲのような頭部と身体、背中には翼を持ち、その鱗は鋼鉄よりも硬い。
何より凄まじいのは体内に莫大な魔力を宿していることだ。その膨大な魔力のため、ただでさえ硬い鱗はより固く、翼の羽ばたきすら魔力を帯びて風の魔術を発動させる。
とはいえ、ドラゴンと言っても色々いる。ワイバーンのような亜種から、人間と意思疎通して言葉をす高度な知性を持つものまで。その存在は多種多様だ。
「それでマツサ。この場合のドラゴンとは、本物のドラゴンで良いのかな?」
本物のドラゴン。この一言には多くの意味が込められている。
これにマツサがどう答えるかで、私の対応は変わってくる。
なぜならば、この問いかけこそが、第七属性の本質に迫るものだからだ。
「はい。本物のドラゴンです。……別の世界から来た」
「そうか。……ではマツサ、君はもう第七属性がどういうものかわかっているんだね」
「はいっ。でも、全然そこに行く気はありません。覚悟もありませんしね」
「だろうね」
にっこり笑って答えたマツサに、安堵しつつも私も笑みで返す。
第七属性とは、魔力の本質に気づくことだ。
それは、私とマツサが語る「本物のドラゴンは別の世界から来た」という話と、非常に近しい性質を持っている。
この世界のあらゆるものに宿る魔力。魔術の根源。
これは、別の世界からやってきた強大な力である。
万物に変化する力であり、生命体と協力してその存在を増し、最終的に別の世界に渡る。
それが、魔力の本質だ。
つまり、私達の住むこの世界には元々魔力なるものは存在しなかったことになる。
魔力によって作り替えられた生命が私達であり、この環境なのだ。
極端な話、魔獣と私達もそれほど違いが無い。魔力の影響で変化した生物で、たまたま繁栄しているかどうかだけの差しかないのだ。
魔力を術として発展し、広めることの出来る知的な生き物と相性が良いのだろう。それゆえに、人間、エルフ、ドワーフ、獣人と言った言語を操り、社会を作り出す程度の知力のある生物が魔力を利用して発展していく。
そして行き着く先が、魔力の本質。魔力の目的、異世界への移動だ。
「本物のドラゴンか。きっと、魔力と共にこの世界に飛来してきた生命なんだろうね……」
世界を超えるだけの魔力の扱いに長けた種族が人間の形をしているとは限らない。あるいは、世界を越える程の力を振るうには人間のような脆弱な肉体では耐えきれないのかも知れない。
本物のドラゴンとは、この世界に移動してきた個体。別世界の第七属性の魔術師なのだ。
その力も、目的も不明。外見だけはよく似ている、その辺のドラゴンとは文字通り別次元の存在だ。そもそも、普通のドラゴンは彼らの影響を受けて生まれた種族なんじゃないかと思う。
ヴェオース大樹境の異常な環境も、それがいるなら納得いく。
世界を変えるほどの存在がどこかに眠る故に、環境が著しくおかしくなっている。魔力による影響を受けているというわけだ。
「大先生が、本物のドラゴンと交信を試みるために魔術を使って眠っています。ドラゴン自体は結界のような場所でずっと眠っておりまして、目的は不明です」
「眠っている……か。次の移動のために休憩しているのかもしれないね」
「それだと良いのだけれど、って大先生は言っていましたね」
もし、目覚めた本物のドラゴンが、いきなり暴れ始めたら大変だ。少なくとも、ミュカレーは終わる。
「ちなみに、先生でも無理な相手ですか?」
「無理だろうね。前にドラゴンにも効くという魔術陣に関わったことがあるけれど、あれで倒せるものじゃないだろう。私と同じく、魔力そのものを好きにできるんだから」
以前、闇の魔術師と出会う切っ掛けになった事件で見た魔術陣は、この世界のドラゴン用だった。残念ながら、効果はないだろう。
「先生の力なら、何とかできると思ったのですけれど。残念」
「何とかなるかも知れないけれど。被害も凄いだろうね」
今の私の体は、この世界と接続している。普段は熟練の魔術師程度の魔力を蓄えており、必要に応じて世界そのものから魔力を吸い上げて使えるという特別製だ。
恐らく、扱える魔力量に関して言えば、本物のドラゴンよりも多いだろう。何なら、『第二の月』や『星の道』の魔力だって借りることができるだろう。あれはこういう時のために、先達が残したのだから。彼らも旅だってしまったけれど。
ただ、莫大な魔力を使った応酬をすれば、周囲はただではすまない。できれば、ことを構えたくないものだ。
「では、とりあえず会いにいくのはどうでしょうか? 一目見れば色々わかるかもしれませんよ? フィールドワークは大事。それがあたし達の一門でしょう?」
「そうだね。見るだけ……調査に行くというのならいいだろう」
「ただし、条件があります」
「なんだい?」
「その光景を見て、先生は他の世界に旅立たないでくださいね?」
マツサの口調は穏やかだが、こちらを見据える瞳は真剣なものだった。
第七属性に至った魔術師は、行方知れずになる。
真相はこうだ。
第七属性に至った魔術師は異世界に旅立ってしまう。
どこかのタイミングで、この世界に見切りをつけた彼らは何かを残して消えてしまうのだ。
ただし、この点についてだけは、今のところ心配は無い。
「大丈夫だよ。私はまだ、やり残したことが一杯あるんだから」
まだこの世界の、それもごく一部であるミュカレーでの生活すら満喫していない。
そんな私が他の世界に行く道理などないのである。