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第74話:おはようからおやすみまで

「おはようございます、先生。ごはん出来てますよ」

「ああ、ありがとう。いつもすまないね」


 朝の目覚めはいつも通り快適だった。マツサがカーテンを開けた窓から差し込む光が心地よい。季節の移り変わりか、少し日差しが強くなったかな。夏になる前に何か対策を考えた方がいいだろうか。


「お着替え、そちらにありますからね」

「悪いねぇ……」


 エプロン姿のマツサが鼻歌と共にドアの向こうに消えていく。手早く着替えてリビングに行くと、テーブル上には朝食が並んでいた。

 マツサの作る朝食はだいたい決まっている。パンとスープ、それと温めたミルクだ。たまにパンが流行りの変わったものになったり、スープによくわからない肉が入っていたりする。

 けれども、全て美味しい。なので、穏やかな気分で椅子に座り、朝食は始める。


「いただきます」

「はい。お口に合うとよいのですけど」


 一緒に食べ始めるのもいつも通りだ。ああ、美味しいな。今日のパンはくるみ入りだ。香りも良いし、ちょっと硬いのが良い。


「…………」

「どうですか、先生?」

「いや、なんでマツサが起こしに来てご飯を作っているんだい?」

 

 あまりにも慣れた生活すぎて疑問を持つまで時間がかかってしまった。

 ここはミュカレー、今の私はマナール。つい先日、ようやく『沈黙の塔』と話がついて、ミュカレー領主代理のお家騒動に決着がついたところだ。


 この朝の光景も何十年も繰り返してきたものだけど、ミュカレーにおいて起きる事象じゃない。


「何をおっしゃいますか。あたしが来た以上、先生のお世話をするのは当然じゃないですか!」


 腕組みして自信満々で言い張るマツサ。これはどうしたことだろうか。そもそも、私の家の鍵はどうやって開けたのか。あと、結界はもっと強化して置いた方がいいな。簡単な警報だけじゃすり抜ける魔術師がいる。眼の前とかに。


「おはようございます! マナールさん、ご飯できてますよ、うぇぇえ! なんでマツサさんが! しかもご機嫌な朝食を一緒に!」


 ノックなしでイロナさんが現れた。これもいつも通りなので問題ない。ないのだけれど、どう説明したものだろうか。


「おはようイロナさん。状況を説明すると、いつの間にかマツサが家に入り込んで、勝手にご飯を作って私を起こしたんだ。更にいうと衣類など家具類の中身まで一瞬で把握された可能性がある」

「こわっ。不審者じゃないですか……」


 イロナさんがマツサを見る目が、言葉通り不審者へのそれになった。そうだね、本当に怖いね。自然に受け入れた自分も怖い。


「不審じゃありませんっ。あたしは先生の弟子です。弟子が先生のお世話をするのは当たり前じゃないですか。おはようから夜のお供まで、それがあたしです」

「夜のお供っ! なんていやらしい……」

「いや、そんな事実はないよ」

 

 私は即座に否定した。さりげなく誤情報をイロナさんに吹き込むのはやめて欲しい。


「むぅ……。とにかく、マナールさんは今後マツサさんにご飯を作って貰う話になっているんですか?」

「いや、そんな話はした記憶ないけれど。そういえば、二人は顔見知りだったのかな?」


 普通に会話してるから気づかなかったけれど、この前の事件でイロナさんとマツサが面識を得る機会はなかったはずだ。


「マナールさんがいない時にご挨拶にいらっしゃいました。お弟子さんだそうですね」

「行きました。引っ越しも終わったのでご挨拶に!」

「私の知らない間に人間関係ができているな……」


 いつの間にか、面通しが行われていたらしい。まあ、険悪な雰囲気もなさそうだから良いとしておこう。


「せっかく先生に会えたんですから。ちょっとくらいお世話しても良いじゃないですか。あたしの生き甲斐だったんですよぅ」

「マナールさん。本当にマツサさんはただのお弟子さんなんですか? ただ事じゃない関係の気配がしますけれど……」


 イロナさんが凄い冷たい目でこちらを見て来る。怖い。


「ただの弟子だよ。色々と悪いことはしてしまったけれどね。あー、今日の朝食はこちらでとるよ。この件はあとでちゃんと決めよう。マツサ、勝手に侵入してくるのはやめてくれ」

「仕方ありません。先生の言うことですから受け入れましょう」


 やれやれ、と言いたげに首を振りながらマツサが席に戻る。それをずっと見つめていたイロナさんが、こちらを見た。


「マナールさん。これから業者さんが来ますけれど。大丈夫ですか?」

「問題ないよ。なんなら、マツサにも手伝ってもらおうか。私の弟子を名乗るならね」

「お任せを! あたしに出来ることなら何でもお手伝い致しますよ!」


 本当になんでもしそうで心配だな。ちゃっかりミュカレーに居着けるように仕向けたのも私と過ごすためだろう。慕ってくれるのは嬉しいけれど、その執念がちょっと怖くもある。

 とはいえ、悪い子ではないのだ。居てくれるのは頼もしいのも事実。せっかくだから、イロナさんの指導役でもしてもらおうか。


 色々考えていると、マツサがこちらを覗き込んで聞いてきた。


「それで、何をなさるんですか?」

「庭に花壇を作るんだよ。錬金術の素材を育てたいからね」


 厄介事に巻き込まれて先延ばしにしていた、ささやかな花壇作り。それがようやく実行できるようになった。

 あるべき日常に戻れたと、そう喜ぶべきだろうね。


 ちなみにこの後、イロナさんはぶつぶつ言いつつも、自宅に戻っていった。

 私の分の朝食まで用意してくれていたのに、申し訳ないと思う。

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― 新着の感想 ―
面白いけど主人公が強すぎて盛り上がりは低かった物語にヤンデレ達が!?かと思ったら一人なんですね。 大師匠、師匠、弟子達って感じだったので似たようなのが数人は居てわちゃわちゃになるのかなと。
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