第7話:願い
魔術師ミュカレー。偉大な魔術師であり、私の師匠。
幼い私を寒村から救い出し、知恵と知識と魔術を与えてくれた恩人。
それでいて、大変魔術師らしい性格で、弟子と周りを振り回すことで有名な人でもあった。
イロナさんの話が本当ならば、この町は師匠が作った可能性が非常に高い。いや、確実といってもいい。
ヴェオース大樹境のすぐ隣に町を作ろうなんて思いつき、師匠くらいしかやりそうな魔術師は思いつかない。
きっと、何か変なことを考えたのだろう。超危険地帯のすぐ横に町を作り、普通の人々が住めるようにするなんて無茶を実現してでもやりたいことが。
師匠は人間だけれど、今も生存しているだろう。私が第七属性に至り、魔力で編んだ新たな体を手に入れて生きているように、何らかの方法で寿命を伸ばしている。弟子の私にできたのだから、あの無茶苦茶な師匠にそのくらいできない道理はない。
「あの、マナールさん、どうかしたんですか? やっぱり嫌ですか?」
「いえ、面白いものを見たので少々考え事をしていただけですよ」
少し前を歩くイロナさんが振り返り、怪訝な顔で聞いてきたのを軽く受け流す。
師匠のことはまた後にしよう。それよりも大事なことがある。
今、私はミュカレーの町の中を歩いている。
イロナさんの手伝いをした後、今日の宿も決まっていないことを伝えたところ、お礼に自宅へと招かれたのだ。
単なるお礼というだけでなく、私のしたことを魔術師である祖父の指示ということで処理したいという、業務上の理由もあるとのことだった。
また城門を越える方法を考えるより楽だし、食事の方も大変助かるので承諾した。どうせなら、今の時代についても色々聞きたいとも思う。
「面白いですか。マナールさんの住んでいたところとそんなに違いますか?」
「はい。とても。街の様子からして違います」
ミュカレーの町に入って驚いたのは、臭いがしないことだ。私の生きた時代は街に下りると鼻をつく異臭がどこからか漂ってきたものだが、それがない。
魔術師の工房や『塔』が備えていた下水や浄化のシステム的なものが、運用されているのだろう。
城門の向こうに広がっていた町並み自体は、昔のものとそう変わらない。石造りだったり、木組みだったりする住居と、石畳の道。道は広く、高めの建物が多いのが特徴ではある。イロナさんに聞いたところ、ヴェオース大樹境側は町を広げられないので、かわりに建物が高くなったそうだ。
「うちはこちらです。北西地区、四番街。魔術師が工房を構えてるんで、静かなんですよ」
話通り、イロナさんの自宅に向かう内に、だんだん周囲の住居が減ってきた。
やがて見えてきたのは石塀で囲まれた敷地。閉ざされた鉄製の門扉の前に立つと、振り返る。
「ここが我が家です。リーゲット魔術工房へようこそ」
にこやかにそう言うと、ポケットから出した鍵で門を開けて、私を敷地へと誘うのだった。
◯◯◯
イロナさんの家の敷地は広かった。まず、比較的新しい二階建ての家が一軒。木組み部分とレンガ造り部分が混じった建物で、レンガの方は恐らく工房があると思われる。こちらが現在の住居で、それとは別に古い石造りの家が一つ、すぐ隣に建っていた。
周囲は空き地が多く、一部が畑になっている。木製の倉庫もいくつかある。
広いが、あまり手入れが行き届いていない敷地だ。出会ったばかりとはいえ、イロナさんの印象からちょっと離れた様相をしているように感じた。
「殺風景でびっくりしたでしょう? 忙しくて、あんまり庭のお世話とかできないんです」
リビングでお茶を入れつつ、そう教えてくれて疑問は解けた。祖父は魔術師だというが、弟子の姿もない。イロナさんも魔術機士の仕事で忙しいので、家のことまで手が回っていないということだろうか。
「あの、イロナさん、お祖父様はどちらに?」
「その前に、ちょっとだけお話があります」
あくまでにこやかに、イロナさんは言葉を続けた。
「マナールさん、あなた、正規の手段でこの町に来た人じゃありませんね?」
「…………なぜ、そのように?」
笑みを浮かべながら言い放った少女に、私はぎこちなく問い返す。
「わかりますよー。まず、ミュカレーのことを知らないのがおかしいです。それに、遠くの方から来たっていうのも怪しいですね。旅人にしては服の袖なんかが綺麗すぎます。あと、魔術機のことですね。普通なら、ここに辿り着くまでに飽きるくらい見ているはずですよ?」
「…………」
どうしよう、全部ばれていた。我ながら苦しい言い訳だと思っていたけど、騙しきれていなかったわけだ。
「なぜ、その場で今のことを言わなかったんです?」
気になるのはその点だ。この子は話して数秒で私の素性が怪しいことに気づいていたはずだ。にもかかわらず、それに乗った。わざわざ私の話に合わせる意味なんて無いだろうに。
「マナールさんが、本当に魔術師なのか試したかったんです。今のいじわるは謝罪しますね。ごめんなさい」
頭を下げた後、再び元の笑顔に戻って、イロナさんは私を真っ直ぐ見る。
表情こそ笑っているが、その目は真剣だ。私を試した? なぜ? なんのために?
「それで、私が魔術師だったら、どうするのですか?」
念のため、魔術を使う準備をしておく。手荒なことをする人には見えないけれど、何が起きるかわからない。一応、お茶にも手を付けていない。
「マナールさん。あなたをちゃんとした魔術師だと見込みました。……どうか、私のお爺ちゃんを助けてください」
笑顔から今にも泣きそうな懇願へと表情を変えて、イロナさんは私に深く頭を下げた。
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